第4話

翌日、太陽がすっかり顔を出した頃。とある屋敷は大騒ぎだった。令嬢が忽然と姿を消したためである。


「あの小娘、我が家に、この血族に、泥を塗るような真似を……!」

「ああ、せっかく人間と歩み寄ってきたというのに!人間に近い者になるための努力もしてきたのに!」

「我々の積み上げてきたものが……!相手方になんと申し開きをするというのか!」

「また、またあの歴史が繰り返されるのか……」

「もうおしまいだ!」


屋敷の者たちはこの世の終わりとばかりに嘆いていた。


***


そこから少し離れた森では、王を失い混乱した動物たちがいた。誰を、何を、食べていいのか、食べてはいけないのか?誰も決められない。


一緒に行ってしまった。

いなくなってしまった。

これからどうしようか。

家族みんな食べられちゃう。

獲物みんな食べ放題。


森なりの平和があった世界から、弱肉強食な世界でしかなくなったそこでは、緑や恵みが潰える未来への扉が開かれた音がした。



***



ごく小さな村で。可愛らしい少女と健康的な少年が暮らしていた。


「今日から僕らは生まれ変わった」

「今日から私たちは自由」


普通の恋する若者たちのように、お互いを愛し、愛され。愛の言葉を囁いて、抱き合い、幸せを分け合う。頬や額や唇に甘くて優しいキスを落とす。それは正しく美しい愛の形であったろう。



「君はもう、生贄にならなくていいんだ」

「家族が殺されるかもしれなくても?」

「ああ、自分たちの命可愛さに君に人の形を真似させて、差し出そうとする奴なんか忘れてしまえ」


「それなら、あなたはもう王の役目を果たさなくていいわ」

「森の秩序が壊れるかもしれないよ?」

「彼らは殺しの免罪符が欲しいだけ。それをあなたに押し付けてるだけだもの。本来あるべき姿に戻るのだから、何も間違ったことはないのよ」


恋人たちはお互いを赦しあう。単なる誤魔化しか、暗示か。二人の愛の世界に入ってくる異質で邪魔で不必要な感情を排除しようとしているのか。



しかしながら、理由などどうでもよい。少年と少女はこれからも愛を育み続け、成長し、大人になり、人より少し長い寿命を終えていく。そういう未来だ。責任だとか、義務だとか、罪の意識だとか、そんな堅苦しいものはこの二人の『愛の世界』に必要ない。それは二人が決めたことであって、他に何の力も働いてはいない。二人は自分たちで作り上げた『愛の世界』に幸せに暮らしていくのだ。


――愛、喜び、自由、幸せ。甘美な響き。二人の世界にはそれだけでいい。それだけが必要だ。それ以外の邪魔は、あってはならない。

だけど心配はいらない。


少女の鋭い牙と、少女の体を流れる血が。


少年の鋭い嗅覚と少年の体に備わる力が。


『愛の世界』を守り通すだろう。



     ~HAPPY END~


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愛の世界に 藤間伊織 @idks

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