ずっと友だち
尾八原ジュージ
ずっと友だち
子どもの頃に使っていた勉強机を整理していたら、抽斗の奥から封筒がいくつも出てきた。
可愛らしいレターセットだ。封筒に印刷された虹と雲のイラスト、それから宛名の文字と1から10までの手書きのナンバリングを見て、ずっと忘れていた女の子の顔を思い出した。
小学生の頃の友だちだ。大の仲良しだったのに、大人になった今の今まですっかり忘れていた。なるほど、大事な親友からもらった手紙を捨てられずにとっておいたのか――そんなことを考えながら、抽斗から封筒をまとめて取り出した。
一度記憶の蓋が開くと、思い出はどんどん脳裏によみがえる。ずーっと友だちでいようねと言い合って泣いたっけ。私たち永遠に親友だよって。永遠なんてものはありっこないのに、いかにも子供らしい約束だ。
どうして今まで忘れていたのだろう。そんなことを考えながら、ふと未開封の封筒が多いことに気づいた。どうしたんだろう。親友からの手紙なんて、いの一番に開けそうなものなのに。
開封済みのものがひとつ、未開封のものがここのつ。
まずは開封済みの一枚を取り上げた。1、と数字が書かれている。封筒の口を開けて、中に入っていた便せんを取り出す。
『やくそくのプレゼントあげる。ひとつめ』
その言葉と、私と友だちの名前だけが書かれた便せん。
封筒の中身はそれだけだ。プレゼント? 何か同封されていたっけ。それより変な手紙だ。普通なら近況のひとつやふたつ、書き添えそうなものなのに。
「プレゼントって何だろ……」
思わず声に出してつぶやく。どうしてこの手紙を、大部分は開封すらせずにしまい込んでいたんだっけ? この子、友だち、そうか。離れ離れになったのは、そうだ。
記憶が蘇る。
恐怖が胸の奥にざわりと沸き立つ。
そうだった。あの子亡くなったんだった。病室にお見舞いに行った。痩せ細った指で私の手を握って、「ずっと友だちでいようね」って言われて涙が止まらなかった。葬儀の後、大人に「■■ちゃんは虹の向こうの国に行ったんだよ」なんて慰めを言われた。黒いワンピース、まっすぐに上っていく火葬場の煙。全部わざと忘れていたのだ。怖いことがあったから。
この手紙が届き始めたのは、あの子が亡くなった後からだった。
私の手はいつの間にか「2」と書かれた封筒を手に取っている。長いこと止まっていた時間が動き始めたような気がした。封を切る。なにか怖ろしいことが起こるはずなのに、衝動を抑えることができない。
『プレゼント ふたつめ』
部屋の外で、ギシッと音がした。
廊下を踏みしめる音だった。
家には私ひとりしかいないはずなのに。
『プレゼント みっつめ』
ギシッ。
さっきよりももう少し近いところで、廊下が鳴った。
短い廊下だ。おそらく子供の足でも、十歩以内にこの部屋までたどり着けてしまう。
私は4の封筒を探す手を必死で止めた。半ば目を閉じながら封筒をかき集め、もう一度抽斗の奥に押し込んで閉めた。
捨てるのは駄目だ。きっとあの子を本気で怒らせてしまう。こうして未開封のまま、しまっておくのがきっと、一番安全だ。これまでもずっとそうだったのだから。
これで安全なはずだ。
もう廊下から音はしない。
今のところは。
ずっと友だち 尾八原ジュージ @zi-yon
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