第17話 重ねた手
── 文化祭から矢吹くんの様子がおかしい。
おかしいと言っても、冷たい態度をとられたりとかじゃなくて、よりいっそう優しくなったというか、甘やかされてるような、何を思ってかわからない行動が増えたのだ。
今も矢吹くんのところに行くと、待ってましたと言わんばかりにお菓子を渡された。私もらってばっかりなんだけど……お返し持ってきた方がいいよね?
こうして矢吹くんからお菓子のお裾分けと言う名の餌付け(?)など、何やら行動がおかしい日々が続いているのだが、特に驚いたのは、カップケーキが6個入った袋を渡された時だった。濱砂さんから逃げてきてすぐに渡されたので、さっきまで濱砂さんのことでいっぱいだった頭が真っ白になって強制的に考えられなくなったくらい。
だってカバンからそんな大きな袋が出てくると思わないよ!? 矢吹くんのカバンは四次元ポケットかなんかなのかな!? ちゃんと他に荷物入ってたのかしら……
それにミニとかじゃなくて、なかなかのサイズのカップケーキだよ!? 私そんなに食べるように見られてたのが驚きなんだけど!!
全部あげるって渡されたけど、最終的に矢吹くんと分けました。その時気づいたんだけど、カップケーキの味みんな違ったのね……私にあげるお菓子にお金を使うんじゃなくて、自分に使って……不思議そうに首を傾げないでお願い……
まあそれはさておき、驚いて矢吹くんを見上げると、眼鏡越しに見えるはずの瞳は私には見えなくて、どんな感情が込められているのか推測することすらできなかった。もちろん口元も見えないので、笑っているのかもわからない。
そこまで鈍感ではないので、もしかしたら好意を持ってくれているのかもと考えはするものの、そこから踏み出せない私がいる。顔がわからないことの弊害ばかり考えてしまうのだ。
そしてふいに思った。
私には、私をいとおしいと思ってくれる瞳も、その反対に冷たい瞳も永遠にわからないのかな……と。
これから何度も考えるだろう。どんな表情で私を見ているのか、大切な人であればあるほど気になって、見てみたいと願う。
私にしか見せない表情も、私には見ることはできないのだ。それがひどく悲しくて、残念に思った。
***
「……前髪切った?」
「あ、やっぱりわかる? 切りすぎちゃったんだよね」
ある朝、登校後すぐに矢吹くんに話しかけられた。バレないといいなと思っていたけれど、やっぱり無理だったらしい。
自分で前髪を切ったら思いのほか短くなっちゃって、いつもなら隠れてる眉が丸見え状態。引っ張ってみても、すぐに元の位置に戻ってしまう。
「短めなのもいいね」
ほらこうやって。前髪を気にする私に優しい言葉をかけてくれる。そんなことを言うから私は恥ずかしくて仕方なくなるのだ。
「その人はたらしなの?」
「やっぱりそう思うよね……」
お昼頃、何度抑えてもふわりと持ち上がる髪は諦めることにして、矢吹くんのことを実咲に相談をしてみると想定内の返事が返ってきた。
矢吹くんって案外人たらしなのかな……もともと優しいのもあるし、そういう要素は持ち合わせていそうではあるよね。
そんなことを考えながら、ごはんをまた口に運び
「でもあんまり女の子と話してるところ見ないんだよね……」
「じゃあ距離感バグってんの?」
「そうなのかなぁ……」
仲良くなったら距離が近くなる人もいるからね。そのタイプなのかな。比較対象がいないからわからないけど……
「ていうか、現実にありえるんだそんなこと……オプションとかじゃなくて」
「お、オプション……?」
「私も推しからなにかもらいたい……でもやっぱり貢ぎたい……」
「貢ぐ……」
早口で話し始めた実咲を呆然と見つめた。たまに何を言っているかわからないことがあるが、大抵は返事がほしいわけではなく、独り言らしいので放っておいている。返事ができないのもあるけど。
それに、実咲は推しに関わると深刻そうな口調で話し始めるので一瞬びっくりする。知らない言葉がいっぱいだぁ……
それにしても、貢ぎすぎて破産しないようにしてね……
解決の糸口は見つからず、そんな矢吹くんの様子に少しずつ慣れ始めていた頃。前回と同様、テスト勉強をするために教室で居残りすることになった。
前は席が近かったから自分たちの机でやっていたが、今回は離れてしまっているので矢吹くんが天草くんに許可を取って使用している。
こうして見ると、矢吹くんが右隣の席にいるのが新鮮で変な感じ。隣から見る矢吹くんはいつもと少し違って見えるような気さえした。
それから黙々と勉強を続け、集中力が切れた私は机に突っ伏した。
「きゅうけいする……」
「じゃあ糖分あげる」
「ありがと……」
先に休憩していた矢吹くんはグミをもぐもぐ食べていて、その袋ごと手渡される。ありがたく頂戴し、口に入れるとほっと息をついた。グレープおいし……勉強した後の糖分はしみるわ……
そのままぼけーっとしていると、机に置かれて矢吹くんの手に目が止まった。
そういえば、頭の上に置かれた手、大きかったなぁ……
「矢吹くんの手、大きいね」
疲れた頭は、そうたいして考えることなく言葉がぽろぽろと口からこぼれ出る。
「そう? そんなこと思ったことなかったな」
両方の手のひらをじっと見つめる矢吹くんは、不思議そうな顔でもしているのだろうか。
その様子を何も考えることなくぼんやりと見た。
「行村さんの手は?」
「私?」
「うん」
矢吹くんに
「……へ?」
「下の方を合わせたら、比べられるかな」
少しだけ冷たい手のひらは、やっぱり私よりも大きくて。でもそれに驚くよりも、手を重ねられたという事実の方が衝撃的だった。ぼんやりとした頭が覚醒するが、理解が追いつかない。
「え……え?」
「行村さんの手、小さいね」
そう言ってそのまま指をずらしてきゅっと握ってくる。
「え、ま、え?」
「それにあったかい」
展開に着いていけなくて、言葉にならない声があふれた。
え、なにこれ。これってすごく浅い恋人繋ぎみたいじゃない?……え?
「でもあんまり触ってると、行村さんの手を冷やしちゃうか」
その言葉を最後に、矢吹くんの手は離れていった。
それから勉強を始める矢吹くんを視界に収めたけれど、集中できるはずもなく、その日はたいして勉強になっていなかったと思う。
……どういうこと?
私の頭の中は疑問でいっぱいだけど? というか、さっきのは冷やすとかの問題じゃなかったのでは?
聞くタイミングも逃し、矢吹くんの行動の意味はわからずに時間は過ぎていく。
そうして矢吹くんとあまり話すことなくテストを迎えるのだった。
***
待ちに待った席替えは、前と同じ席ではあったものの、あの3人とは距離ができて私としては満足いく結果だった。
なにやら名残惜しそうな視線など私は知らない。気にしたら負けだ。
そして珍しく近くの席になった私の避難所、川井ちゃん。嬉しくてちょっぴりにやけてしまいそう。
そうして浮かれていた私は、この後川井ちゃんが落とす爆弾を予想もしていなかった。
「矢吹くんのところに行かなくていいの?」
「……え?」
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