第16話 驚くことは続けてやってくる
文化祭当日。無事にお化け屋敷を完成させることができた。
裏方の私は受付を担当したり、宣伝に出たりと意外と暇な時間はなく過ごす予定だ。同じ裏方の川井ちゃんとは休憩時間が被らなかったので、ひとりで過ごすことになりそうなのが残念ではあるが。
「行村さん」
「ん? ……ヒッ!」
廊下で受付の準備をしていると、名前を呼ばれて振り返った先にいた人は血だらけだった。その見た目に思わず悲鳴を上げて顔を背ける。
「あ……ごめん。大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
一瞬見えただけだったが、その人は白い服が血まみれだった。冷静になればお化け屋敷のお化け役の人だとわかったけれど、ホラー耐性のない私には直視はできなくて薄目でしか見れない。のっぺらぼうと血まみれ、どっちもホラーだろうという意見もあるかもしれないが、私にとってはまったくの別物なんです!
ビクビクしながら足元の方から見ていくと見慣れたテロップが出ているのに気づく。
「……ってあれ? 矢吹くん?」
「うん。よくわかったね」
「あー……うん、なんとなく」
テロップの通り、目の前にいるのは矢吹くんであった、らしい。テロップ万能だけど、むしろ一発でわからないような姿になっててもわかりそうで困る未来が見える。髪を前に垂らして顔がまったくわからない状態にされてもたぶん判別できてしまうし、そっくりな双子とかもわかってしまいそうだ。
そして普段の母のメイクの変化はわからないのに血のりはわかるという新しい発見をしてしまった。もしかして母が薄化粧だったからわかんなかっただけ? それとも奇抜なメイクじゃないとわからないとか?
発見と疑問が両方出てきて頭を悩ませた。
「行村さんもメイクしてるんだ」
「そう、少しだけね」
メイクと言っても顔に血のりを付けてるだけで、服装も制服まま。そう変化はないので、このまま学校の中は移動できそうである。
「お化け役頑張ってね」
「うん」
結局矢吹くんの顔の方をしっかり見ることはできずに別れた。……見てもお顔わかんないし、見れないものは仕方ないじゃないか!
***
「休憩入っていいよ」
「あ、うん。ありがとう」
顔に付けた血のりを落として廊下に出ると、そこにはいろんな声が飛び交っていた。呼び込みをする声に楽しそうに笑う声、そしてお化け屋敷の中から聞こえる悲鳴……ちょっと怖いから早く離れよう。
少し歩くと飲食物を取り扱うクラスもあり、楽しそうに食べている人達を見かけた。目についたのが2人組の女の子で、私も誰かと回ったらもっと楽しいと思ったのかなと考えると物悲しい気持ちになりそうで、それを振り切るように止めていた足を動かした。
「あっ。これって……」
特に目的もなく歩き回っていると、科学部の展示を発見した。矢吹くんが科学部に所属してることを思い出し、誘われるように中に入っていく。よくわからないながらも見ていると、女学生が近づいてきた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
彼女にはなぜか『向坂先輩』というテロップがあった。果たして知り合いに、ましてや先輩にそんな名前の人はいただろうかと記憶を探ってみると、ひとり心当たりがあった。たぶん矢吹くんの部活の先輩だ。
実は濱砂さんと矢吹くんの話が聞こえていて、その女性の名前を1度耳に入れていたのだ。それによってテロップ発動したということか。
納得はできたものの、なにを話したらいいかわからない。突然名前を呼ぶのも怪しまれそうだ……むしろなにも話さない方がボロが出ないのか?
「簡単な実験もできますから、興味があれば声をかけてくださいね」
「あ、はい……」
頭の中でこねくり回している間に会話という会話がなく終わった。
それから長居していられなくて足早にその場を去るが、教室へと帰る途中の廊下で驚くべきことが起きた。
「あの……」
「……はい?」
「お化け屋敷ってどこでやってますか?」
目に飛び込んできたのはその人の顔だった。濱砂さん達のように、目も口も鼻もある人。本来は当たり前の光景なのだろうが、私にとっては普通じゃないことで、体は勝手に硬直してしまう。
「……あの?」
「……ここをまっすぐ行ったら途中にありますよ」
「そうですか! ありがとうございます」
そう言って背中を向けて去っていくその人をぼんやりと見つめた。
──あっぶなー!! え、あの人はなに? 誰なわけ?
あの3人以外にも出会ったことあるけど! そうそうないから油断してたよ!
文化祭というイベントに、そういう人が現れないとは言えない。というか実際に来てたし。そこまで気を回す余裕がなかったというのは言い訳にしかならないだろうか。
でもなんで話しかけられるかな! 話しかけやすいオーラでも出てる?
まあそれはさておき、その人は見た限りだと歳もそう変わらないようで、他校生のようだった。以前からこの世界がなにかしらの作品の中なんじゃないかという推測をしていたが、登場人物に他の学校の生徒もいるのではないかとも思うのだ。たとえば部活が同じで、練習試合や大会で会う人同士とか。どちらにしても確かめる術はないのだけれど。
そんなことを考えてぼんやりと立っていれば通行の邪魔になるわけで、人にぶつかってしまって我に返った。
「あっ! もう時間ないかも!」
先ほどの出来事を頭の端に追いやって、急いで教室へと向かった。
1日はあっという間に過ぎ去り、先生の解散の合図で席を立つ。教室から出るその途中、後ろから声をかけられた。
「行村さん!」
「ん? ……矢吹くんだ。どうしたの?」
「いや、途中まで一緒に帰ろうと思って」
「そうなの? じゃあ一緒に帰ろっか」
いつも矢吹くんと帰る時は廊下に人がいないから変な感じがする。
「それで、なにか話したいことでもあった?」
「……どうして?」
「なんとなくだけど……違ったならごめん」
少しだけ雰囲気が違ったように思ったが、気のせいかもしれない。文化祭の後の興奮冷めやらぬ雰囲気が伝染して、私も変になってるのかも。
「……廊下で男の人に話しかけられてたけど、知り合いだった?」
「えっ、と? ……誰のこと?」
「ちょうどここら辺で話してた」
「……ああ!」
あの他校生(仮)! いつか(仮)がなくならないことを願う……
「まさか見られていたとは……」
「うん、ばっちり」
「あ、別に知り合いじゃないよ? 道、いや、お化け屋敷の場所聞かれてただけだから」
「そっか……」
言葉とは裏腹に、どこか腑に落ちていないような声色。
「それがどうかしたの?」
「いや、……なんでもないんだ。ちょっと気になっただけ」
「そう?」
それでもなにも言われないのなら私から話すことはないな。望んであの人のことを話したいとは思わないから。
「やっぱり、気になるから聞いていい?」
「……どうぞ?」
「さっき言ってた人のこと、気になる?」
「ん? え、それはどういう意味?」
なにか聞きたいことあるのはわかってたけれど、質問の中身まで想定はできないので戸惑いを露にしてしまう。
「だから! ああいう人が好きなのかなって……」
「へ!? ないないない! 好きとかじゃないよ! ……むしろ好きになる確率0%じゃないの……?」
「最後の方なんて言ったの?」
最後にぽつりと呟いた言葉は矢吹くんの耳までは正確に届いていなかったらしい。
「ううん! 気にしないで! ひとりごとだから!」
「そう……」
「というか、なんでそんなことを?」
「それはまあ……その……」
口ごもる矢吹くんの様子にひらめいた。
「あ、もしかして私変だった!? なんかこう、見てるのも気に
「いや! そんなことないよ」
「それならよかった……」
目つけられてたら大変なことになる。よく考えてみれば、連れがいたかもしれないし、万が一、億が一にもその他校生(仮)が私に興味を持ったりなんかしたら地獄!
それから濱砂さんに話がいってあの3人と関わらざるを得なくなって……それから……
そんな思考のドツボにハマっていく私を隣で歩きながら心配そうに見つめていた矢吹くんの様子に、私が気づく余裕はなかった。
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