第13話 ポップコーンはキャラメル味
エンドロールが終わり、照明が灯る。
ざわめく周りとは対照的に、私は余韻に浸るようにしばらくぼーっとしていた。
「そろそろ行こうか」
「……そうだね」
隣に座っていた矢吹くんが立ち上がり、私に話しかけた。
***
とある休日、私と矢吹くんは映画を見に来ていた。といっても、以前話していた実写化されたものではなくアニメ映画である。
お互いにこの映画が気になっていたことがわかり、トントン拍子にふたりで見に行くことが決まった。
そんなわけで現在映画館のロビーで矢吹くんのことを待っている。そこで流れる予告映像が1周した頃に手持ちぶさたになり、自分の服をちらりと確認する。どんな服装がいいか迷って時間をかけたものの、直前になって変じゃないか気になってきた。
気合いを入れてきたわけでもないが、ほどほどにおしゃれをしてきたので少しそわそわする。モールで会った時も私服だったし気にしなくていいとは思うが、偶然会ったのと待ち合わせして会うのは意味合いが全然違う気がする。
でも本当はそわそわしてしまう1番の理由は別にあって、それは自分の似合う服がわからないこと。自分の顔が見えないことで困ることは他にもあったけど、自分がどんな顔をしているのか1度も見たことがないから、顔の系統すらわからない。幼い感じなのか大人っぽい感じなのか、それだけで似合う服も違いそうで着る服に困っている。
もちろん好きな服を着たらいいと思う。でも自分が1番似合う格好を知りたいとも思うのだ。自信を持っていられる格好を知っていたい。まあでも結局、自分が好きな系統を着てしまうのだけれど。
ちょっぴり大人っぽい服が好きで、色も落ち着いた色を好んで着ている。高校生の私には少し背伸びをした格好かもしれないけど、これがいい。
でも前に矢吹くんと会った時、カジュアルめの服装してたから私もカジュアル寄りにしたらよかったかなと、また考え出してしまってため息をついていると、こちらに人が近づいてきた。じっと見てて違う人だと困るから、名前のテロップが出てくるぐらいの距離まで少し下を向く。
「ごめん。待ったよね」
「ううん、大丈夫。そんなに待ってないよ」
矢吹くんの名前が表示されているのを確認して返事をしたが、お顔がいつも通りなのに気がついた。服装は今日もカジュアル寄りだ。
「あれ、今日はメガネしてないんだね」
「誰かと会う時はコンタクトにしてるから」
なるほど? 前に偶然会った時は誰かに会う予定はなかったと。
メガネもコンタクトもしていない私にはそういうものなんだなと頷くのみであった。
「チケット発券しに行こうか」
「そうだね」
お互いに前売り券を買っていたこともあり、ネットですでに席は取ってあった。
最近は事前に前売り券買っておけばネットで座席を指定できるものになっていて、当日の朝早くにチケット売り場に行かなくてもよくなったのはずいぶん楽になったなと思う。あの紙の前売り券も大きさといい手触りといい好きだけど、もうほとんど見ないなぁ。
チケットを発券し、売店の近くで立ち止まる。
私達が見る映画の開場まで、まだ時間はありそうだったが売店で何か買うのなら並んだ方がいいだろう。
「何か買う?」
「ポップコーンとジュースは買うかな。行村さんは?」
「飲み物だけ買おうかな」
「ポップコーン、あんまり好きじゃない?」
「ううん、好きだよ。でもそんなに食べられないから」
映画館のポップコーンって何であんなに美味しいんだろう。映画を見ながら食べるから?
何か特別なものでも入ってそうなくらい美味しいけど、映画に集中して食べるのを忘れがちだからあまり買わない。
でも飲み物は欲しいので矢吹くんと一緒に売店に並ぶ。
「……ポップコーン、僕はどっちかというとキャラメルが好きだけど、塩かキャラメルどっちが好き?」
「キャラメル!」
「即答だね」
あまりにも勢いがいい返事だったせいか、矢吹くんが唖然としてそう。見えないけど。
私としてはポップコーンといえばキャラメル。でも異論は認めます。家族がキャラメル食べてたから必然的にキャラメル食べるようになって、今や食べるならキャラメルばかりです。
注文を済ませ、商品を受け取ると自然と端の方に寄る。そこで矢吹くんの手元を見ると、思ったより大きめなキャラメルポップコーンを持っていた。
「大きめだ」
「良かったら行村さんも食べて」
「え?」
たくさん食べるんだなぁと感心していたら思わぬ言葉を耳にした。
「たぶん余るから」
「それなら小さくしたらよかったんじゃ……?」
「それじゃ足りないと思う」
……やっぱり不思議な人だよ矢吹くん。私と思考回路が違いそうだ。でも言葉にない優しさも感じる気がして、まだ人となりが掴めない。
もしかしたら、いつまでたってもわからないのかもしれないな。一緒にいたら、知らない側面に毎回驚かされてしまいそう。
そんなことを想像し、差し出されたポップコーンをお礼を言ってからつまむ。久しぶりに食べたけれど、相変わらず美味しいまま。このしっかり味がついてるのがいいんだよね。
心なしか口角が上がっている気がして、変な顔になっていないか少し考えた。そんな私をどんな顔で矢吹くんが見ていたのか、私には見えなかった。
座席につき、予告が流れ始める。相変わらず実写のものはどうも面白みも感動も湧いてこないので苦手だ。日常生活でも、表情がわかるってこんなに大切なことなのかと度々思う。
矢吹くんは実写の作品に興味があるのか疑問に思い、隣を見たけれど……そうでした。見てもわからないんでした。笑顔なのか無表情なのか私には判別できる目を持っていないのだった。
というか、暗いとのっぺらぼうが余計怖く感じるのどうにかならないかな。ある意味ホラー映画見てるみたいだと若干失礼なことを考えた後、照明が消えて真っ暗になった。
そして映画の上映の後、ポップコーンは見事に無くなっていた。あれ本当に食べたんだ……ほとんど矢吹くんが食べてたんだけど、やっぱりあれは矢吹くんの優しさだった……?
宇宙を背負った猫みたいな顔にはならないけど、なかなかの衝撃が走ったのは確かである。
「そうだ。グッズ見ていい?」
「いいよ」
矢吹くんに了承を得て、グッズ売り場に足を進めるとたくさんのグッズが棚にずらりと並べられていた。
思い出に何か買っていきたいが、あれこれ買っても結局使わずになんで買ったんだっけとなるのがあるあるなので、買うかどうかは慎重に決めている。おこづかいの範囲内だしね。
そうなると、文房具系が今のところ頻繁に使いそうだな。
棚にはシャープペンやボールペン、ふせんにメモ帳といった普段使いするものが並んでいる。クリアファイルは1枚1枚は薄いが、だんだん使いきれなくなるし、かさばるようになってくるので私はあまり買わなくなった。
飾ることもないので使ってさよならするのが私なりのグッズの使い方。だから使い道のなさそうなグッズは買わないように心がけてる。買って満足した結果売りに出して全然お金にならなかった苦い記憶がよみがえる。1回開けたもの多かったからだよな……
若干遠い目になりながら、中でも使いそうなメモ帳をよく見るためにしゃがむ。イラストがまあまあ大きくてメモの1/3くらい占めてそう。でもこれくらいならいいか。
他のグッズも見ようと、ふと横を向いたら矢吹くんがいた。同じようにしゃがんでいて顔が思ったより近い。驚きのあまり固まった私に、矢吹くんは気にする様子もなく話しかけた。
「いいのあった?」
「う、うん」
矢吹くんがこちらを向く瞬間に顔を前に戻す。何だか顔だけじゃなくて体も距離が近い気がするんだけど!?
動揺を悟られないようにメモ帳を持ち上げた。
「……いいね、メモ帳」
矢吹くんが私と同じようにメモ帳を取った。その時ぐっと近づいた矢吹くんから、ふわっとせっけんのような香りがした。
「大丈夫?」
今度こそ固まって動かなくなった私を心配する声は、遠く聞こえた気がした。
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