第11話 未来とはわからないもの
「あっつ……」
夏休みに入り、夏本番とでも言うように日差しは容赦なく照りつける。
そんな暑い外に出てきたのは何も自分を苛めたい訳ではなく、アイスを買うためだった。
「いらっしゃいませー」
足を踏み入れたのは家から少し離れた和菓子屋。近くのコンビニではなくわざわざ和菓子屋にしたのは、美味しいと聞いたアイスを食べてみたかったから。
その名もくず餅バー。名前の通りくずを使用したアイスで溶けても垂れてこないのだと言う。
アイスが並ぶショーケースの前に立つ。
初めて食べるものだから王道そうなのがいいと思っていたが、案外種類が豊富で困ってしまう。和菓子屋のあずきと抹茶は美味しいだろうし、ももやみかん、いちごも捨てがたい。
悩みに悩んだ末、ももに決めた。果物の中ではももが好きという単純な理由で。
店先に長椅子が置かれており、そこに座らせてもらって食べることにした。早速包装を取ってまじまじと見つめてみる。見た目は特に変わっているような感じはないような……でもコンビニで売っているアイスよりは手作りした感じがする。
見た目はともかく大切なのは味だと思い、ひと口食べてみると、桃がしっかりと入っていて桃の果肉を感じた。そして何よりも外はシャリシャリ、中はもちっとした食感に目を見開いた。不思議な感じだけど美味しい!
さらに食べ進めていくと、シャリシャリな食感が溶けるにつれてぷるぷるに変わる。くずを使用しているからか食べ応えもあって満足感もある。そして本当に溶けて垂れてくることもないのがいい!
初めての食感に驚きと感動がこみ上げ、黙々とそして味わいながら食べ続けていたが、1度食べるのを止めて残り数口となったアイスを見た。
「あ」
「……ん?」
また食べたいから、何個か買って帰ろうかなと思っていたところで耳が声を拾った。
「行村さんだ」
「え、矢吹くん! 何でここに!?」
「祖父母の家が近くて、ばあちゃんにここのアイス美味しいって聞いたから」
なるほど。ちらりと手元にあるアイスを見てひとり頷いた。
「アイス、食べなくていいの?」
「あ!」
垂れないからと言っても、早く食べた方がいいのは変わらないと思い、ひとまずひと口食べた。うん、やっぱり美味しい。
「今日、お祭りがあるんだね」
「そう、花火も上がるよ」
「出店も?」
「うん。ここの通りも出店が並ぶから、もう準備してる所もあるみたいだね」
すぐに準備ができるようにだろうか、空き地のところにはもう机などが置かれている。
「行村さんは行くの?」
「もちろん!」
「僕も着いていってもいい?」
「え?」
えっと……?
少し理解が追い付かなくて口ごもる。
「あ、誰かと約束してる?」
「いや……今年はひとりです……」
中学の同級生である
「お、お家の人は?」
「行かないと思う。去年も家にいたし」
ここら辺に住んでるならどこからでも見られそうだしなぁ……
「言ってみただけだから、ダメならいいよ」
「─だ、ダメじゃない! 一緒に行こ!」
反射的にそう口にしてしまって、自分の言った言葉に固まった。
いや、本心じゃないとは言わないけど、やっぱりなんかこう、ニュアンスが違ったような……
「ん。じゃあ連絡先教えて」
「そ、そうだね。連絡できないと困るよね」
複雑な心境に陥るが、そんな私の様子には気づく様子もない矢吹くんはスマホを取り出していていて、連絡先を交換することになった。
「また連絡する」
「わかった!」
そう言って店内に入っていく後ろ姿を見送った後、息を吐き出した。なんでこうなったんだろう……
「お、お待たせ……」
「……浴衣」
「お母さんに着せられたの……」
待ち合わせをしていたコンビニには、もうすでに矢吹くんの姿があった。相変わらず表示される名前は夜であってもきちんと見える。暗闇でも関係なく機能されるそれは見るからに浮いていたが、他の人には見えないのでその異質さは私にしかわからない。
前世で大人になるにつれて控えめな柄の魅力を知っていった私は、高校生としては少し背伸びしたような色と柄の浴衣を着ていた。
元々ひとりで来る予定だったし別に浴衣じゃなくていいって言ったのに、楽しげに着付けしてくるものだから最終的に諦めた結果がこれだ。
「印象変わるね。髪もいつもと違うし」
普段下ろしている髪はお団子にして
そんな気合いの入った私の装いとは対照的に、矢吹くんは昼と服は変わっているものの洋服であった。
やっぱり着てくる必要なかったじゃん!!
そう訴えたくとも今この場所に母はいない。いても困るが。
「は、早く行こ! 立ち止まってるのもあれだし!」
道に沿って並ぶ出店を見ながらふたり歩く。たいして話題もなかったが、それも嫌ではなかったし最近は教室でも話すようになったから沈黙に焦りとかはなかった。
「そう言えば、踊りとかはないの?」
「今年はもう終わったよ」
「終わった?」
顔は見えないけど、たぶんきょとんとした顔をしているんだろう。声が不思議そうだった。
「数日前にね。でも花火は今日だから安心して」
「分かれてるんだ」
お祭りに詳しくはないから何とも言えないが、2日連続あって踊りと花火が別日になっているお祭りは見たことある。何日も空くのは珍しいのだろうか。
すぐに答えの出る問いではなかったので、ひとまず保留にすることにした。帰る頃にまた思い出すことがあるかは別として。
それからはレモンとブルーハワイのかき氷をそれぞれ買って食べたり、ちょっとした空き地に射的があったから試しにやってみたりした。全然当たらない私と余裕で当てていく矢吹くんの違いは何なのか。単純に私が下手なのかもしれない。ちょっぴりしょんぼりしていると、目の前に景品となっていたお菓子を差し出された。
「あげる」
「え、悪いよ」
「そんなにお菓子は食べないから食べれるならもらって」
「……じゃあもらうね。ありがと」
ありがたくもらうことにして、小さなバックにそれを押し込んだ。
きゅうりの1本漬を食べる矢吹くんの隣で、ベビーカステラを食べながら道を進んでいく。
少しずつ人が増えてきた。花火が始まる時間が近づいてきたから仕方ないのかもしれないが、人混みが苦手な私はだんだん足が重く感じるようになっていた。
気分も少し悪くなって、矢吹くんに声をかけようとした時、突然手を引っ張られた。痛くはない力で引っ張ってくる人の背中は、今日何回も見たもので抵抗することもなく着いていくしかなかった。
「ごめん、痛かった?」
「……大丈夫」
本通りから1本外れた道に入った途端、さっきまでの人混みはなくなり喧騒も遠く聞こえるようだった。
「少し休憩しようと思ったんだけど、声かければ良かったね、ごめん」
「いや! 私も休みたかったし気にしないで」
たぶんあそこで立ち止まったら邪魔になるだろうし、この格好では後ろからぶつかられたら踏ん張るのも難しい。
それでも気まずい空気が流れていた時、矢吹くんはぼんやりと光るものを指差した。
「あれは?」
「確か、
川沿いの遊歩道には、木のわくに紙をはって箱形にしたものに灯りをともされた万灯が並んでいた。暗い夜道に浮かぶやわらかな光は美しく、それでいてどことなく寂しさも感じた。
灯籠流し、1度は聞いたことがあるだろうか。
死者の魂を弔い川や海に灯籠を流す。詳しく聞いたことはないが、万灯まつりもそういった意味を持つものだろう。1度死を迎えた自分には、少し近寄り難いものに見えた。
そうしている間に時間が過ぎていたのか、花火が打ち上げった。
「綺麗……」
「……そうだね」
隣に立つ矢吹くんを横目で盗み見る。
昨日の今頃の私は、この人の隣で夜空を彩る花火を共に見ることになるとは少しも考えていなかった。でも案外悪くないと思う自分にちょっぴり笑いながら、次々と打ち上がる花火を眺めた。
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