第7話 「また明日」

 足りなくなった文房具を買いにモールへとやって来ていた今日は日曜日で、家族連れや友人同士なのか学生も多くおり、混雑していた。

 土曜に来ていたらまた違ったのかもしれないが、あいにく所用があり今日となったのである。


 修正テープに、シャーペンの芯。ついでに消しゴムも買っておこう。

 さっさと必要なものを買い、もうひとつの目的地である書店へと歩き出す。


 やはり今日来るの止めておけば良かったかと、今さらながらそんなことを考える。午前中に用事を済ませればいいと浅い考えをしていたが、思ったよりも人が多い。

 顔が見えないということから、幼い頃から大人数が集まるような場所は苦手だった。のっぺらぼうの人に囲まれている光景は異様で恐怖をあおる。だから満員電車ではほとんど下を向いてやり過ごしているのだが、こういった場所は顔を上げなければぶつかってしまうし、目的の場所にもたどり着けない。


 本当は体育祭のような行事もあまり好きではないし、実咲に誘われてもライブは行きたくない。体調が悪くなるのが目に見えているからだ。

 それでもこういった場所が嫌いな訳ではなく、様々な店舗があるため便利ではあるし、ふらふらと立ち寄ったお店に好みのものがあったりもする。

 だから、嫌いではないけど場合によっては自分を苦しめてしまう場所だった。


 もう帰ってしまおうかと思いながらも、足は書店へと進んでいく。その途中で横から声をかけられた。


「あれ? 行村さんじゃない?」


 ある程度仲の良い人には呼ばれない呼び方に少し警戒しながら振り向く。


「やっぱり! 行村さんだ!!」


 そこには嬉しそうな笑顔の濱砂さんがいて、その後ろには仏頂面の遠間くんが立っていた。

 目に見えているのに、もう少しなのに、思わぬ人に遭遇してしまったこの状況どうしてくれる。

 学校では席が離れたことで関わりが少なくなったのに、どうして休日に会ってしまうかな!


「偶然だね! どうしてここに?」

「文房具を買いに」

「そうなんだ! 私達は部活で必要なものを買いに来てたの。まさか行村さんに会うとは思わなかったなぁ」


 適当な相槌を打ちながら、話が長くなる気配を感じて汗がじんわりと出てくる。このまま彼女のペースに飲まれたらしばらく離してもらえないかもしれない。

 なんとか話を終わらせて、ここから退散しないと。


 というかこれ何かのイベントだったりしますか?

 このふたりで買い物に行くって、何かしら重要なことが起こったりするのではないかと思うのです。

 そう言う訳で、邪魔者は退散させていただきますゆえ私を解放してくださいませ!!


 そんな願いが通じたのか、その瞬間は急に訪れる。


「濱砂」


 話に加わることなく彼女の後ろに佇んでいた遠間くんが口を開いたことで、私の緊張感が増していく。何を言われるのか定かではない。


「行くぞ」

「あ、うん」


 遠間くんは私を見ることなく彼女に声をかけると歩き出した。

 またね、と手を振って彼の後を慌てて着いていく濱砂さんと、最後にこちらをチラリと見て視線を反らして行った遠間くんがどこか対照的だった。


 た、助かった……


 先ほどの彼らを思い出してため息をこぼす。あまり関わりたくないと思っていた本人に助けられてしまった。

 遠間くんの考えていることはわからないが、しきりに私を気にする濱砂さんより、私が目に入っていないような遠間くんの態度の方が私にはありがたかった。


 遠間景昭かげあきは濱砂結衣、天草佑一と同じテニス部に所属しており、彼もまた私にとっての要注意人物である。濱砂さんと天草氏は普段からにこやかな表情をしているが遠間くんはいつも仏頂面で、それがクールでかっこいいとか、漢って感じがしていいと話しているのを聞いたことがある。身長も高くがたいが良いことがその理由だろうが、一定層は怖いという印象をもつだろう。私はそっち。にこりともしないんだよ? 怖いでしょ。

 別に悪くないよ、近寄らなくていい口実になるから。私に遠間くんを心配している余裕はないのだ、自分と周りにいる人でもう手一杯。


 やはりフラグが立ってしまったのか、結局遠間くんとも遭遇してしまった、なんたる不運。

 今まで接点という接点がなかったが、ここから増えるなんてことはない、よね?


 ……考えてみれば、話しかけられることもないということは、これは私にとっては幸運なことなのでは? お互いに関わろうとしなければ、必要最低限な会話で済む。

 そうじゃんラッキーだよ! そんな警戒する必要ないってことだよね! 警戒する人が3人から2人に変わるって大きいことなはず! やったぞ!!


 嬉しいことに気づいて気分が急上昇したことで足取りも軽くなり、無事に目的の書店へとたどり着くことができた。並べられた本を見ながら気になるジャンルの棚へと進む。


「行村さん?」


 なんだかデジャヴを感じながらも、声のした方に顔を向けると顔のない人が立っていた。


「……矢吹くん?」


 その人の名前を口にしたのは数秒遅れてのことだった。それもそのはず、いつもはないメガネをしていたから。

 記憶の限りでは矢吹くんはメガネをかけてなかったはずだけど……


 それにしても、今日だけでクラスメイトに3人も会うなんて、知り合いに会う相でも出てますでしょうか。

 複雑な気分にもなったが、精神的に疲れた後に矢吹くんに会ったことで少し安心感も得ていた。


 ただ気になるのは、メガネだけが浮いたようにかけられていて、違和感がすごい。メガネかけている人みんな違和感あるんだよね。いまだに慣れないどうなってるの。


「まさか会うとは思わなかった」

「私も。……学校だとメガネ、かけてないよね?」

「ああ、学校ではコンタクト着けてるからね」


 目の前の人は細いフレームの丸いメガネにそっと触れていた。

 この人が本当に矢吹くんなのか半信半疑であったが、この名前を表示してくれるテロップみたいなものがないと誰なのかわからないのは事実。私はこれに頼るしかないのが現状だ。


 矢吹くんはゲーム雑誌を読んでいたらしく、どれか気になって聞いてみると教えてくれた。あまりゲームはやらないので、こういう雑誌も初めて見た。

 しばらく話をした後、矢吹くんは用事も終わったことなので帰るらしい。


「僕はもう帰るけど、行村さんはまだいるの?」

「うん、もう少しだけ」

「そっか、気をつけてね。顔色も少し悪いみたいだから、早く帰った方がいいかも」

「……そんなに?」


 確かに書店に着く前に人混みで体調が悪くなった気がしたけど、今はもう良くなったと思っていた。矢吹くんがわかるくらいなら、良くなった気がしていただけなのかもしれない。


「少しだけ。明日は学校があるし、早く休みなよ」

「わかった、そうする」

「うん。……じゃあ、また明日」

「……また明日ね」


「また明日」。初めて矢吹くんに言った気がする。

 別れの挨拶には種類があるけれど、「また明日」は特別な言葉だと思う。「またね」はいつかという不確定な言葉で、「また明日」は明日でしかない。そして会えることを当然としているような言葉だ。

 席が近いから会うのは当然で、その言葉に深い意味はないのかもしれない。それでも、1度失ってしまった私にはそれが愛おしいものに思えて仕方ないのだ。

 実咲と初めてその言葉を交わした時は胸がいっぱいになったのを覚えている。またそうやって言い合えることが嬉しかった。

 そして、片方だけじゃなくてお互いにそう言えたなら、ある程度仲が深まっているような気がしたから。


 少し明るくなった気持ちのまま、目的の本を探すためにまた歩き出した。

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