第4話 わかるからこその恐怖心
「ーー止め」
チャイムと共に教師によりテスト終了を知らされ、徐々に生徒達の声が騒がしくなっていく。
1学期の中間考査が終了した。
既に経験したことではあるが、何度やってもテストというものに慣れる気配がない。
記憶の奥底に眠っているのか、もう欠片も残っていないのかはわからないが、既視感のない内容ばかりであった。
あいにく、それを確かめる術はない。どちらにしても、その時思い出せないのなら結果は同じことだろう。
相変わらず苦手なものは苦手なままで、もはや苦手意識が残っていることが問題な気もしていた。
ホームルームも終わると、解放感からか教室は普段よりも喧騒に満ちていた。
今日は部活もなく、普段よりも早く帰れるとあって気分も上がっており、これから会う実咲と何を話そうか考えを巡らせながら帰りの支度をしていた時に、横から声をかけられた。
「行村さん、お疲れさま」
「わっ、……濱砂さんも」
ここで油断していたつけが回ってきたのか、声をかけてきたのはお隣さんだった。
彼女と話すより、早く帰ってゆっくりしたいという気持ちが湧き上がるが、極力表情には出さない。
「テストどうだった?」
「……まあまあかな」
こちらから質問を投げかけることはせず、ただ聞かれたことに答えるのみ。
話を切り上げればいいのだが、思ったよりも疲れが溜まっているようで上手いこと話を終わらせることができないでいた。
「ーー濱砂さん」
鶴の一声と言うべきか、彼女の話は遮られ一瞬静寂が訪れた。
「あ、天草くん! どうしたの?」
「部活、ゆっくりしてると始まっちゃうよ?」
「そ、そうだった!」
濱砂さんは慌ただしく準備を整えると、勢いよく立ち上がった。
その様子を見守り、待っていた天草氏。彼が不意にこちらを一瞥し、目が合う。それはほんの一瞬の出来事で、それでも確かに衝撃が走った。
ほんのり口角の上がった微笑みと、何を考えているのかわからない瞳。
「行村さん! また明日!」
去っていく後ろ姿を見送って、心拍数の上昇した胸を押さえる。
間違っても、恋のときめきなんかではない。これは恐怖だ。
……なんなのあれなんなのあれ! 胡散臭さが天元突破ぁ!!
ひぃぃぃ!! あの笑みを思い出しただけで寒気がするんですけど!!
ときめきで爆発するんじゃなくて凍えそうだわ!!
凍てつく視線を向けられた訳でも、背筋が寒くなるようなことを言われた訳でもない。
だからこれは彼を怖いと思う、恐怖心からくる寒気なのかもしれない。
それにしても、さっきまでの私、口がひきつっていたりしなかっただろうか。
頬を何度も触って確かめてみたが、それは意味のないことだと悟り、顔から手を離す。
今はもう、早く帰りたいという気持ちも萎んでしまい、ただただ力なく机に突っ伏した。
彼の名は天草
確かテニス部で、濱砂さんはそこのマネージャーらしい。
基本的にいつも微笑みを浮かべていて、物腰も柔らかいと聞く。女性人気の高そうな王子様タイプと見た。
同じテニス部である
なんせフラグというものが立ってしまう危険性があるのだ。遠間氏の説明はまた別の機会へ。いっそ訪れるなそんな機会。
それはさておき、彼は私の苦手なタイプ。というか、お顔があることでより苦手になったと言うべきだろうか。
今まで顔以外の情報からその人の表情やらを推測していたのだが、彼については顔と声音のずれを感じるのだ。
表情と声は笑っているのに、瞳は笑っていない。そんな場面に遭遇したことがある。
「ありがとう」
その言葉を口にした彼の顔を見た時ゾッとした。
それは声を大切な情報源としていた私にしか感じられないことだったのかもしれないが、私には違和感しか感じなかった。
あの時天草氏は何やら手紙を渡されていたようだった。状況から察するに、渡されていたのはラブレターというものだろう。渡していた女の子がそわそわとしており、友人と思われる他の女の子と盛り上がっている様子だった。
入学して1ヶ月くらいでラブレターは早過ぎないかと思ったのだが、もしかしたら彼女が天草氏を認識したのはもっと前だったのかもしれない。それに一目惚れというものも存在すると聞いたことがあるため、ラブレターかどうかも定かではないこの状況で、そこをつつくのは野暮というものだろう。
そんなこんなで、天草佑一のことが本当に苦手で怖くてたまらないのだが、それを解消しようと思わない。濱砂さんは彼に比べたら素直そうではあるものの、どちらにしても関わりたくない存在であることに変わりはないのだ。
それに、関わらなければいけない訳でもないはずだ。
もう今後一切の接触を断ちたいくらいだが、同じクラスの人間だ。難しいだろうことはわかっている。
だがしかし、関わりを断つのが難しいのなら。
私の願いも難しいことなのだろうか。
私には何かになりたいなんて夢はない。あるのはぽつぽつと浮かんでは消えるような願いばかり。
その中で今、一等叶えたい願いは平穏な日々を送ること。時折非日常があるくらいつまらないものでいい。
突然終わりを迎えた命に、神の
変化するものを受け入れはする。でも、終わりへと導くのかもしれない彼らに近づこうとは思えない。
それは防衛本能といってもいいのかもしれない恐怖によるもの。
私はただ、彼らが怖いだけの臆病者だ。
***
「テスト終わったぁぁ!!」
道に実咲の声が響き渡り、あまりの声の大きさに耳を塞ぐ。
「声が大きい」
「それはごめん! ……なんか機嫌悪い?」
「機嫌が悪いと言うより疲れてる」
「なるほど! テストが終わって疲れがどっと来た感じかな!」
実咲の言うように、ここしばらく続いたテストの日々で疲労が溜まっていた。それに加え、お顔のあるふたりに遭遇したことが私を想像以上に疲れさせていた。
先ほども実咲が教室まで迎えに来てくれるまで、あのまま抜け殻のように放心状態になっていた。
「実咲は楽しそうね……」
「これで心置きなく好きなことできるからね~」
顔色を
「テスト期間に限って何かにハマっちゃうのなんでだろ……推しのMVとかいろいろ見ちゃったよ」
「実咲はいつもでしょ」
「まぁね!」
そこで自信満々に胸を張られても。
「我慢したから今日は思う存分推しを摂取するぞー!」
「摂取って言わないでよ食べ物みたいじゃん」
「推しでしか摂取できない何かがある!!」
「拳を握りしめて言うことなのそれ」
やはり推しのことになるとネジが1本どころか部品をどこか置いてきてしまったのかと言いたくなる変わり様。
口からこぼれ落ちる言葉から、どうやら実咲もテストで疲れていることを察した。もしかしたら変にテンションが上がっているのやもしれない。
「そうだ! 真由の家Blu-ray見れたよね!?」
「……そうだけど?」
「この前注文したライブのBlu-rayがちょうど届くはずだから見よ! 推し活じゃあぁぁぁ!!」
「だからうるさいっての!」
叫んだ後、走り出した実咲を咄嗟に追いかけるが、どんどん離れていく距離。
いや、元気すぎないか。
「ちょっと! 待ってよ!」
大きな声で呼び止めても止まる様子がなくて焦燥に駆り立てられる。
それに私はまだ、推し活に付き合うと承諾した覚えはない。
「私の家で見るの!?」
それでも、実咲といると退屈する暇もなくて、振り回されている間に悩みも影を潜めてしまうから、結局毎回付き合ってしまうのだ。
でもその後、ライブを見終わる前に途中で寝落ちしてしまったのは許してほしい。
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