第81話 決戦前夜

「五十層も景色はそんなに変わらないけど……星々が近いな」


 元々宇宙が目の前に感じる景色から一変して、空を見上げると惑星というか星というか、巨大な姿が空を埋め尽くしている。今にも落ちてきそうなくらいに。


「さて一度五十層にたどり着いたけど、残念な知らせがあるよ」


 三人娘は首をかしげる。


「必要な経験値はここで貯まり終わったから、一旦ダンジョン攻略はここまで」


「え~」


 誰より先に落胆する先輩。


「先輩? 一番の目的はダンジョン攻略じゃないですよ~戻ってきてください~」


「うぅ……」


「いいんですか? ――――白の騎士団ヴァイスリッターが待っているんですよ」


 その名を口にすると、さすがの先輩でも目の色が変わった。


「今度こそ彼らを止めないと、日本が大変なことになりますから」


 僕達は日本ダンジョンを後にした。



 ◆



 姉さんの案内で向かったのは、少しボロいビルの上にあるバーだ。


 中は少し薄暗い雰囲気でバーテンダーがいるカウンター部分だけが明るく、酒と思われるいろんな色の瓶が照らされていた。


 カウンターに一人の女性が酒を飲んでいて、入った僕達に視線を向ける。


「ん……ん!? 漆黒の翼!?」


「入江美彩さんだな?」


「……ほお。意外な人が私を知っていてくれるとはびっくりよ。どうぞ」


 彼女の隣に四人並んで座る。


「何か飲む?」


「この後仕事があるので酒以外なら」


「マスター。彼らにオリジナルを。ノンアルコールでね」


「あいよ」


 マスターが何やら飲み物を作ってくれている間に話を進める。


「何の用?」


「軍艦島に入りたい」


「理由は?」


「聞く必要があるのか?」


「念のためよ。貴方の口から言ってくれないと」


「……すまなかった。白の騎士団ヴァイスリッターを討ちたい」


「勝算はあるの?」


「これを」


 黒い鱗を一つ彼女に渡す。


「私でも初めて見るものね」


「それは日本ダンジョンで獲れたものだ」


「日本ダンジョンで……? ふざけないで。こう見えても、日本ダンジョンから獲れる素材は全て記憶しているわ。こんな鱗なんて見たことも聞いたこともない」


「ああ。それを見たことがあるのは我々四人だけだ。なんせ――――四十九層で獲れるものだからな」


 ガバッと起き上がった美彩さんは、鱗と僕達を交互に見つめる。


「……ありえない。セグレスでも超えられなかった壁を」


「信じるも信じないも貴方の目次第。それが欲しいならあげよう」


「ええ。いただくわ。あとから返せって言わないでよね」


「ああ。飲み物代にはなるだろう」


「これが本物なら飲み代どころかこのビル丸ごと買えるわよ。それはいいとして……」


 落ち着いたように座ったタイミングで、僕達に飲み物が配られた。


「お待たせしました。オリジナル『黒の騎士』です」


 黒い液体にひときわ目立つ赤いチェリーが浮かんでいる。


 一口飲んでみると、甘すぎないチョコレートのコクのある美味しさとミントの香りが口の中に広がる。


「美味しい」


「ここのマスターは凄腕だから、今度普通に呑みに来なさいよ」


「そのときは全額奢ってもらおう」


「あの連中に勝てたら奢ってやるわ」


「それは楽しみだ。いつなら入れる」


「……いつでも行けるわ。本当はセグレスからの連絡を待っていたんだけど……あの子、心が折れてしまったようだから……」


「彼女はずっと最前線に立ち続けた者だ。これ以上、彼女に頼るのは酷というものだ」


「それは知ってる……だから引退するって止めなかったわよ。でも……今は国が傾きかねないの。日本最強戦力でも止められなかった。神器を三つも全部奪われてしまって……それが海外に流れるとおしまいよ」


「それはないだろう。彼らはあくまで日本という地にこだわっているように見える」


「……そうね。よく調べているみたいね。さすが、最初に彼らと接触しただけのことはあるわ」


「やられた分はやり返す性格でな」


「本当? 漆黒の翼の噂でそんな風には見えなかったのにね」


「好きに判断してくれて構わない」


「そういうことにしておくわ。ふふっ。日時は明日ならいつでもいい。昼くらいにしとく?」


「いや、明日の夜だ」


「夜?」


「我らは漆黒の翼。闇夜から訪れる者だ」


「ふふっ。わかった。そういうことにしておくよ。じゃあ、明日の日付が変わる前頃に、西部湾に集合ね」


「わかった。明日はよろしく頼む。飲み物ご馳走になった」


「いいのよ。ではまた明日」


 美彩さんに挨拶をしてバーを後にした。


 マスターもかなり強い探索者のようで、ずっと気を張っていたのがわかる。


 その日は一度解散してそれぞれの時間を過ごす。


 先輩と紗月はそれぞれ家族と過ごすみたい。


 すっかり紗月も家族と時間を過ごせるようになって良かった。


 僕と姉さんは家でのんびり過ごす。


「姉さん。何か食べたいものない?」


「ん~鍋がいいな~!」


「鍋!? 紗月じゃあるまいし!」


「ふふっ。誠也の鍋は本当に美味しいから!」


「わかった。じゃあ、今日は魚介系の鍋にしようか」


 それから買い物に出かけて食材を購入して、美味しい鍋を作って一緒に食べながらニュースを眺める。


 ニュースではやはり白の騎士団ヴァイスリッターについての番組が多く、軍部の無能さについて言及する番組ばかりだった。


 危険な状態だというのに、世間はこうも政府を叩くだけ。


 白の騎士団ヴァイスリッターがどういう力があって、それがどれだけ異次元な力なのかをいっさい説明せず、ただただ叩くだけ。


 得意げに批判するコメンテーターを見ていると、姉さんはボソッと「なら自分が救えばいいのにね」って話して、思わず苦笑いが込み上がってきた。


 鍋を食べ終えて、いつものデザートにアイスクリームを食べた。


「誠也。お願いがあるの」


「ん?」


「一緒に風呂入ろう~♪」


「またか! 絶対嫌だ!」


「え~ちょっとくらいいいじゃん!」


「いやいや! 僕、もう高校生だよ!」


「知ってるよ? 誠也は永遠に私の弟だよ?」


「それはそうだけ――――」


 姉さんが僕の胸に飛び込んできた。


 少し震えている姉さんは、小さい声で「おねがい……」と呟いた。


 仕方なく姉さんと一緒に風呂に入ることになった。


 ベッドに入っていると、姉さんがもぞもぞと僕の体に抱き付いた。


「えへへ~」


「姉さん。もしかして、さっきのは全部芝居……」


「へ!? ち、違うわよ! ほ、本当に怖いの……」


 いや、全然そうは見えないんだが……。


 はあ……まあいいか。


 姉さんの頭を優しく撫でてあげる。


「姉さんは一人じゃないからな。明日は絶対に勝てるよ」


「……うん」


 姉さんの温もりを感じながら、僕は眠りについた。


 そして、翌日の夜。


 ――――僕達は遂に白の騎士団ヴァイスリッターとの決戦に挑む。





――【あとがき】――

 長崎にある軍艦島とは違う存在として見ていただけたらと!

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レベル成長限界【1】無能探索者のダンジョン攻略~最弱確定でもチートスキルで成り上がる~ 御峰。 @brainadvice

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