第49話 景義、弾劾されること




   二



 風が強い時、草原の草々はみな同じ方向へ、一様になびく。

 だが吹く風が弱まれば、草の穂はあちらこちら、てんでばらばらな方向にしなうものである。


 奥州合戦の勝利は、御家人たちに多くの恩恵をもたらした。

 しかし同時にそれは、日本全国が平定し、武力で戦うべき敵がいなくなったことをも意味していた。

 もてあました力はやむをえず、内側へと向かう。

 鎌倉は御家人どうしの、激しい闘争のちまたへと化しつつあった。


 大庭景義ほどの者でもまた、例外ではない。

 かれが得意げに保元の物語を披露し、喝采を浴びていたその裏側で、羨望とやっかみに反感を強めるものたちも確かに少なからず、いたのである。


 ――そのことに、景義は気づかなかった。





 事件の発端は、鎌倉一族、香川五郎景高という男である。


 治承の頃、大庭景親に従い、平家方として石橋山合戦に参加した。

 鎌倉府の発足後、どうにか罪を許され、景義のもとで静かに暮らしていた。


 やがて源平の戦に参戦し、頼朝の弟、源義経に親しく交わり、その幕下で働いた。


 ――源義経は、希代の名将であった。

 その人物に心服した景高は、義経から直接に「経」の一字を戴き、「経高」と改名した。

 のみならず、ふたりの息子の元服に際して、「経景」「義景」と、どちらにも義経の字を与えた。

 それほどに、義経に心酔していた。


 義経が頼朝に反逆し、滅びゆくのを見て、おおいに悲しんだ。

 ……とはいえ幸か不幸か、与同する機会もなく、あいかわらず景義の由比屋敷の周辺に暮らし、不遇をかこっていた。


 景親の与党、かつ、義経の与党――香川五郎が権五郎に近い血筋であるにも関わらず、出世を阻まれていたのは、逃れようもない、この経歴のためであった。

 一族の末座にも位置する宇佐美実正が、頼朝の近習となり、一軍の将にまで昇りつめた大出世に比べれば、はるかに不遇というべきだろう。



 いつの頃からか、この香川五郎のもとに、義経の残党が集まってきた。

 景義が有常や千鶴丸、河村義秀の復帰に奔走している間、気づかぬうちに、かれの屋敷地に隣接した香川家が、義経残党の巣窟となっていたのである。


 残党の頭株が、右兵衛尉うひょうえのじょうたいらの康頼やすよりという男であった。

 この男は義経の義弟、源有綱ありつなの家人である。

 主人の仇である北条時定ときさだに、特に恨みを持っていた。


 北条平六時定――北条時政の甥で、山木挙兵からの重鎮である。

 この年、四十七歳。

 非常に優秀な武官で、都にも慣れていたから、時政からも幕府からも重用され、御家人たちからも一目置かれる存在であった。

 数年前に、源有綱を幕命によって滅ぼしている。



 ふとしたことから、梶原景時配下の幕府密偵が、平康頼と一味を発見し、十一月しもつき十四日、由比の隠れ家を急襲した。

 康頼はついに北条時定の襲撃計画を白状し、十二月しわす六日、梟首刑となった。


 この危険な男が、景義の由比屋敷近くで見つかったことが、御家人たちのあいだにたいへんな憶測を生み、讒言ざんげんを呼んだ。


 ここぞとばかりに敵対者たちは、牙をむいた。

「大庭平太に幕府への反逆の意志あり」

「北条への宿意あり」

「大庭平太を誅せよ」


 自分が狙われていたと知った北条時定は、激怒し、景義を誅殺することを幕府に厳しく要求した。

 多くの御家人が、この弾劾に加わった。

 景義を滅ぼせば、その権益を自分が奪うことができる……そう考える者が多かった。

 それほどに鎌倉一族の総領たる景義は、この鎌倉に様々な利権を有していたのである。


 侍所では連日、厳しい詮議が行なわれた。

「香川五郎の関与は明白である。だからして大庭平太も、必ずこの企てに関与していたはずである」


 これを聞いた景義は、逆上した。

「わしも香川五郎も、関与は一切しておらぬ」


「反逆の者どもが貴殿の屋敷地近くに見つかったのは、どういうわけか?」

「由比には、さまざまな浮浪の輩が満ちあふれておる。そのすべてを把握するのは、不可能じゃ」


「なぜ香川を擁護する?」

「五郎はわしの息子にも等しい。だからこそ、隣屋敷に置いていたのだ」


「ならば大庭平太、御辺も連座して責任をとらねばなるまい」

「大庭平太に死罪をッ――」

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