第48話 景義、酒宴を司ること

 御所も、鶴岡八幡宮も、十年前の新築の折には、戦時の多忙にあって、一月ひとつきほどの急ごしらえで造営された。


 この度の新造にあたっては、これをよい機会ととらえ、設計も建築もじっくりと練りこまれた。


 実際、瓦礫がれきの撤去作業だけでもたいへんなもので、結局のところ、新御所の完成には五ヶ月、新八幡宮の完成には八ヶ月あまりの月日を費やした。

 御家人たちはみずから汗水流し、労働し、采配をふるい、私財を投げ打って、鎌倉の再興に尽くしたのである。


 七月ふみつき二十八日、いよいよ新御所が完成した。

 新御所への移徒は、神事を伴うため、夜に行われる。

 神事はおおよそ、夜に行われるのが通例である。


 夜中……亥の刻を待ち、頼朝一家は待ちわびた思いで入御した。

 新築の白木の香りが心地よく匂って、誰も彼も、胸躍る思いであった。





 八月はづき一日、ひとまわり広く大きくなった侍所さむらいどころで、御所の完成を記念する酒宴がひらかれた。

 この酒宴を取り仕切ったのは、景義である。


 料理はいて華美にせず、旬のすずきなど、新鮮そのままの五種類の魚を、味と素材にこだわって調理し、質実剛健な武人たちの好評を得た。

 見てくれの華々しさよりも内実にこだわる――料理もそうであったが、新築の御所もまた、この精神のもとに建築されたのであった。



 老臣たちが集まったこの宴で、頼朝は昔日の逸話を聞きたがった。

 それで老臣たちは各々土器かわらけ片手に、若かりし頃の秘話を披露した。

 なかでも景義の保元合戦の物語は、もっとも人々の心を動かした。


 当代無双のつわもの、源八郎為朝との弓あわせ……

 智恵と勇気の限りを尽くし、為朝とわたりあったこと……

 為朝の百発百中の強弓を、辛くもはずれさせたこと……

 膝を砕かれはしたが、命冥加に生き延びたこと……


 ……いつものことながらこの老人の淀みない話ぶりに、聴衆は聞き惚れた。

 為朝というのは、いまや伝説の武人であった。

 人々は話を聞きながら、その剛弓の無類の精度、そして凄まじい破壊力に、あらためて驚愕した。


 その一方で、坂東武者の代表として、堂々わたりあった景義の存在もまた、人々の目には生ける伝説と映った。


 為朝の弓矢が大きすぎると見抜いた、眼力――

 そこから勝つための秘策を一瞬で組み立てた、機知――

 そして策を実現してみせた、操馬技術――

 為朝の射程圏に身をさらしながら死角へ飛び込んだ、権五郎ばりの勇気――


 勝った西国武者の為朝よりも、敗れはしたが坂東武者らしく健闘した景義にこそ、御家人たちは好ましい共感をおぼえた。

 かれは――坂東の誇りであった。


「……であるからして、勇士というものは常々、騎馬の技をこそ磨いておかねばなりませぬ。お集まりのつわもの方々かたがた、どうか老人のたわごとと嘲りなされまするな。この一節、しかと耳の底にとどめおきくだされよ」


 そう締めくくるや、宴席には惜しみない賛辞と喝采が湧き起こった。



「……さてさて、驚くべきかな。あの炎の化け物に負けもせず、春から貯めておいた氷室ひむろの雪が残りましてな。『盛夏に消えざる雪、月を蔵してふところに入る』。この雪こそ、われらが火災にも負けなかった、まさに勝利の証。二品様よりの有り難きおふるまいでございまする。今年最後の分でございます。けぬにお召しあがりくだされよ」


 雑色たちが運んできた大皿には、白濁した雪氷の山がずっしりと盛られていた。


「この季節に雪見酒とは、信じられぬ」

「ありがたいことじゃ」

「はよう、まわせ」

 宴席はおおいに盛りあがり、雪氷の塊も、その冷たい融け水も、次から次へと取りわけられて、あっという間に平らげられてしまった。





 十一月しもつき二十一日には鶴岡八幡宮が、その姿を大きく変えて完成した。


 背後の裏山を開削し、その山上に、新たな八幡宮が造営された。

 元の八幡宮は山のふもとに再建された。

 この時より、鶴岡八幡宮は「上下二宮」となったのである。


 ――鎌倉は日々刻一刻、以前よりも力強く、華々しく、再興を果たしていった。

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