第48話 景義、酒宴を司ること
御所も、鶴岡八幡宮も、十年前の新築の折には、戦時の多忙にあって、
この度の新造にあたっては、これをよい機会ととらえ、設計も建築もじっくりと練りこまれた。
実際、
御家人たちはみずから汗水流し、労働し、采配をふるい、私財を投げ打って、鎌倉の再興に尽くしたのである。
新御所への移徒は、神事を伴うため、夜に行われる。
神事はおおよそ、夜に行われるのが通例である。
夜中……亥の刻を待ち、頼朝一家は待ちわびた思いで入御した。
新築の白木の香りが心地よく匂って、誰も彼も、胸躍る思いであった。
◆
この酒宴を取り仕切ったのは、景義である。
料理は
見てくれの華々しさよりも内実にこだわる――料理もそうであったが、新築の御所もまた、この精神のもとに建築されたのであった。
老臣たちが集まったこの宴で、頼朝は昔日の逸話を聞きたがった。
それで老臣たちは各々
なかでも景義の保元合戦の物語は、もっとも人々の心を動かした。
当代無双のつわもの、源八郎為朝との弓あわせ……
智恵と勇気の限りを尽くし、為朝とわたりあったこと……
為朝の百発百中の強弓を、辛くもはずれさせたこと……
膝を砕かれはしたが、命冥加に生き延びたこと……
……いつものことながらこの老人の淀みない話ぶりに、聴衆は聞き惚れた。
為朝というのは、いまや伝説の武人であった。
人々は話を聞きながら、その剛弓の無類の精度、そして凄まじい破壊力に、あらためて驚愕した。
その一方で、坂東武者の代表として、堂々わたりあった景義の存在もまた、人々の目には生ける伝説と映った。
為朝の弓矢が大きすぎると見抜いた、眼力――
そこから勝つための秘策を一瞬で組み立てた、機知――
そして策を実現してみせた、操馬技術――
為朝の射程圏に身をさらしながら死角へ飛び込んだ、権五郎ばりの勇気――
勝った西国武者の為朝よりも、敗れはしたが坂東武者らしく健闘した景義にこそ、御家人たちは好ましい共感をおぼえた。
かれは――坂東の誇りであった。
「……であるからして、勇士というものは常々、騎馬の技をこそ磨いておかねばなりませぬ。お集まりのつわもの
そう締めくくるや、宴席には惜しみない賛辞と喝采が湧き起こった。
「……さてさて、驚くべきかな。あの炎の化け物に負けもせず、春から貯めておいた
雑色たちが運んできた大皿には、白濁した雪氷の山がずっしりと盛られていた。
「この季節に雪見酒とは、信じられぬ」
「ありがたいことじゃ」
「はよう、まわせ」
宴席はおおいに盛りあがり、雪氷の塊も、その冷たい融け水も、次から次へと取りわけられて、あっという間に平らげられてしまった。
◆
背後の裏山を開削し、その山上に、新たな八幡宮が造営された。
元の八幡宮は山のふもとに再建された。
この時より、鶴岡八幡宮は「上下二宮」となったのである。
――鎌倉は日々刻一刻、以前よりも力強く、華々しく、再興を果たしていった。
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