末章二 鎌倉追放 (かまくらついほう)

第47話 鎌倉、大火のこと

第四部 絆 編


末章二 鎌 倉 追 放




   一



 三月やよい四日――



 鎌倉が、大火に包まれた。


 真夜中のことである。

 東の大路から出た失火の炎はまたたくまに燃え広がり、あたり一帯の屋敷、数十宇を焼き尽した。


 折りしも南風のはげしい季節であった。

 烈風に煽られて火は北上し、幕府御所までをも丸呑みにした。


 取る物も取りあえず逃げ惑う人々の頭上に、火の粉が噴きあがり、雨あられと飛散した。

 焼け焦げた建物が、ぐわらぐわらと恐ろしい音を立てて、次々と炎のなかに崩れ滅びていった。


 今や、地獄の門は大きく開かれた――


 解き放たれた、恐るべき化け物……全身が腹であり、全身が舌でもあるこの貪欲な化け物は、真っ赤にただれた赤い舌を伸ばし伸ばし、飢えきった巨大な腹を満たすまで、侵略の手を休めなかった。


 ついに火は神域を侵し、馬場元の五重塔に燃え移った。

 まだ新築といってよい、美しいばかりの威容を誇る摩天の塔が、一塊の巨大な松明たいまつと化し、天を黒々といぶした。

 あれよあれよというまに気がつけば、本殿までもが丸呑みにされていた。



 ――大火が終息したのは、ようやく二日後のことである。


 あの美しく光り耀いていた鶴岡八幡宮が、真っ黒な瓦礫の山と化し、礎石のみが残る無惨な姿となりはてた。

 頼朝は呆然と膝を落とし、むなしい焼け野原を前に、思わずも落涙した。


 景義もがっくりとうなだれ、力なく杖に寄りすがった。

(あの時、毘沙璃が予言したのは、こういうことじゃったか……)


 誰もかれも頭のなかが真っ白になって、ものを言う気力も失せはてた。

 幕府御所、鶴岡八幡宮、鎌倉の街々……

 十年のあいだ築きあげてきた、多くの栄光、かけがえのない思い出の数々……

 凶火はすべてを無情に呑みこみ、無残にも奪い去って行った。



 不幸中の幸いは、鎌倉の西半が難を免れたことである。

 若宮大路が、防火の役目を見事に果たしてくれていた。


 頼朝一家は、藤九郎の甘縄屋敷に入った。

 もともと鎌倉一族の迎賓館であったこの屋敷地は、鎌倉殿の代理御所とするに耐えうる由緒と規模をもっている。

 この場所が、復旧までの仮御所と定められた。

 屋敷の主人である景義の娘……甘縄御前は、驚きあわてるとともに、接待に、炊事に掃除に洗濯にと、忙殺されることになった。


 一大事を聞きつけて集まってきた近国の者たちも含め、屋敷地はつめかけた御家人たちであふれかえった。


 人々を前に、真っ先に拳をふりあげたのは悪四郎老人である。

「こういう時じゃ。こういう時こそ、われらが力を問われる時じゃ」

 たちまち、賛同の声が飛び交った。

 ……古い御家人のなかには、あの北条での旗揚げの日を想起した者も多かった。


「みなみな一致団結して、一日もはやく、一刻もはやく鎌倉を復興しようぞ」

「応ッッ」

 戦がはじまるかのような鯨波ときのこえが、どよめきとなって屋敷地をふるわせた。

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