第43話 かがり姫、現れること

 姫は一座の注目を集めながら、ゆっくりと大人しやかな様子で有常の前にかしこまり、一礼した。

 全体に小作りで、色白で、都ふうの瀟洒な雰囲気が、物腰に漂っている。


「かがり姫……」

 有常の口から、姫の名がこぼれ出た。

 かれはすでに、この姫を見知っている。

 大叔父、波多野五郎義景の娘――佐奈田尼の妹である。

 今更、なぜ改まってこの姫を紹介されるのだろうか……有常は戸惑うばかりであった。


「母上、どういうことです?」

「和殿がぐずぐずしているので、姫はみずから決めてくださいました。こんなにめでたいことはありません」

「?」


「有常、この方が、あなたのきたかたとなられるのです」

「……」

 有常も、みおも、口をぽかんと開き、唖然とした。

「ちょっと待ってください。私は――」


「有常」

 と、波多野尼は厳粛な顔をして、息子の言葉を制した。

「この婚儀は、父上の御遺志だとお思いなさい。お父上は、あなたが領地を受け継ぎ、立派な領主となられた暁には、教養ある雅な姫君を正室に迎えることを切望しておられました。この姫こそ、まさにお父上のお望みにふさわしい方です」


 すぅっと蒼ざめてうつむいたみおを横目にかばい、有常は言った。

「私には、みおがおります。正妻の儀は、不要です」


「いえいえ、お聞きなさい。私は、みおにできないことを無理に求めることはいたしません。みおにはみおのできる仕事があります。御亭の掃除、台所の仕度など、みおはよく働いてくれております。そうですね? みお?」

「は、はい……」

 みおは、口ごもりながら返事をした。

「かがり姫には、かがり姫の仕事をしていただきます」


「ちょっとお待ちを……」

「有常」

 口答えを許さぬ厳しい顔つきで、母尼は息子を見た。

 母尼にとって、有常とみおが並んでいる姿は、童がふたり並んでいる様にしか見えていない。


「この婚儀の重要な意味が、あなたはわかりませんか。この婚儀が決まれば、波多野五郎殿が義父となってくださり、あなたは正式に、波多野家へ戻ることができます。

 先の流鏑馬で、あなたは波多野を捨てる覚悟をお示しになられましたが、無事、御家人にとりたてられた今となっては、波多野の家に戻ることは、負い目でもなんでもありません。それどころか、あなたの責務です。

 この婚儀によって、あなたは波多野のご先祖さまにも、ようやく顔向けができるというものです。これは父と母の切なる願い、これを聞き入らざれば、私はあなたを勘当せねばなりません。それほどの覚悟で、私はこの話をしているのです」


「……」


「ここにおられる佐奈田の尼ぎみも、京極局どのも、あなたが罪人であられた時に、なにくれと心を砕き、力を尽くし、あなたの復権に協力してくださった、深い恩あるお方ばかり。この御前ごぜん方も『ふたりをぜひ夫婦めおとに』と申されておられます」


 言葉を受けた佐奈田尼は、居住まいを正し、やわらかな口調で、有常に説きかけた。

「わたしはご存知のとおり、夫を戦で亡くしました。佐奈田与一義忠という高名なる武者の妻として、わたしは今日まで、このおととを厳しくしつけて参りました。

 波多野の娘は幼い頃から、宮づとめのふるまいも教わります。実際、かがり姫は数年前まで父とともに京に暮らし、さまざまな宮中のしきたりを学んでまいりました。

 この姫は、けして、あなた様に恥をかかせるようなことはござりませぬ。それどころか、松田という立派なお家のますますの発展のため、力を発揮してくれることは疑いありません。どうかお心を安んじて、わが妹を、よろしくお願いいたします」


 姉の言葉を追い風に、かがり姫は凛とした様子でいざり寄ると、丁寧に頭をさげ、お辞儀した。

「背の君、みお御前、末永く、よろしくお願いいたします」


 ――浄蓮は、一部始終を黙って見守っていたが、ふと気がつけば、有常がこちらにむかって一生懸命に視線を送り、助けを求めている。

(……むむ、これはえらいところに居合わせてしまった)

 合戦も合戦、弓矢の用意もせぬうちに、突然、戦場に飛び込んでしまったようなものであった。





【作中・略系図】



◆ 鎌倉一族 ◆



┌ 大庭平太景義  

└ 宇佐美御前 ――┬ 平太正光 

          │

          ├ 平次実正

          │

          └ 波多野尼

             ∥

             ∥ ― 有常

             ∥

┌【大波多野】義通 ― 義常

│         

├【河村】秀高 ――――――― 三郎義秀

│     ∥

│     ∥ ――――――― 四郎秀清(千鶴丸)

│     ∥

│    京極局         

│              

└ 五郎義景 ―――――┬ 佐奈田尼

            │

            └ かがり姫



◆ 波多野一族 ◆

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