第42話 浄蓮、波多野の女たちに会うこと




   二



 東対の広廂ひろびさしには、綺麗な高麗端こうらいべりの畳が敷かれ、それぞれに三人の女が座して、にこやかに、談笑の余韻をただよわせていた。


 ――波多野尼はだのあま京極局きょうごくのつぼね、そして、佐奈田さなだの尼君であった。


 空薫からだきの、えもいわれぬ香りがたちこめてくる。

 こちらの庭にも、紅梅、白梅、枝垂しだれ梅、いずれも花盛りで、一輪一輪が肥えふくらんでいる。


「佐奈田与一殿の、ご妻女ですか……」

 紹介された浄蓮は、驚きの目で、佐奈田尼をまじまじと見つめた。「与一殿のお話は、かねがね、兄たちから伺っております。私の兄、加藤太光員みつかずと加藤次景廉かげかどは、治承じしょう四年の旗揚げの折、佐奈田殿と親しくさせていただいておりました。今でも兄たちは、与一殿を武人のかがみと敬い、心服しているのですよ」


「そう言っていただけると、亡き夫も喜ぶと思います」

 つつましやかに言って、佐奈田尼は睫毛を伏せた。

 ……この人は与一の妻で、岡崎千太郎や千次郎の母、そしてなおかつ、波多野五郎義景の娘であった。


 この波多野一族の三人の女たちは、有常や千鶴が隠遁の身であった頃から、緊密に連絡をとりあい、息子たちが恩赦を得るために、陰から手を尽くしてきた。

 波多野尼は四十代、京極局と佐奈田尼は三十代。

 今でもこうして機会をつくっては集まり、交流を深めあっていた。


「今日は、歌会とか?」

 浄蓮が尋ねると、波多野尼は文台に乗せた高麗こま産の、華やかな色紙を取りあげた。

 円熟味を感じさせる美麗な文字で、そこには歌がしたためられていた。

「ええ、聞いてくださるかしら」

 三人がそれぞれに、自作の歌を一首ずつ詠じていった。


「浄蓮坊殿は、どれが一番よいと思われます?」

「ハハハ、私は高名なる西行法師とは違い、歌はまったくわかりかねます。ですが……どれもが素晴らしいと思いました」

「あら、そう……」

 波多野尼はさしてこだわる様子もなく、微笑んでから、見るともなしに、みおのほうを見た。


 みおは先ほどまでのざっくばらんな格好とはうって変わり、髪を長く垂らし、宝草たからくさ御前につくろってもらった綺麗な浅葱あさぎ色のうちきを着て、すっかり御前さまらしく変化へんげしていた。

 ……けれども、まるで自分を卑しむように、有常と浄蓮の後ろにちぢこまっている。


「本当に、今日は浄蓮坊殿がおいでくださって、ちょうどよかったわ」

 波多野尼が言って、三人の女たちは意味ありげに顔を見あわせた。

「今日はね、有常。あなたにぜひ、引き合わせたい人がいるのです」

「どなたですか?」

「先ほど、素晴らしい琴のを披露してくださったのですよ。西の対のほうにも聞こえましたか?」

「ええ、私たちにも聞こえました」

「どう思われました?」

「雅やかで、心が澄まされるような音色でした」

 母尼は、にっこりと笑った。


「本当に、素晴らしいお手前でした。姫御前ひめごぜ

 尼が猫なで声で呼ぶと、奥の御簾があげられ、そのむこうに、ぱっと一陣の炎がひらめいた。


(あ、樺桜かばざくら――)


 美しい、緋色のうちき――浄蓮が先ほど、馬から下りる姿をちらりと見かけたのは、この姫であった。

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