第41話 有常と浄蓮、語り合うこと

「そのとおり。西方浄土の灯火ともしびです。


 最初は簡素ないおりを自分でこしらえようと思っていたのですが、大庭殿にその話をすると『それならば立派な寺堂を建てて進ぜよう』と、おっしゃってくださいました。……そうそう、あの折は、和殿もいらっしゃいましたね」


 浄蓮はなつかしそうな目になって、その頃の様子を思い浮かべた。


 有常も、ため息なしには語れなかった。

「初めてお会いしたのが、あの時でしたね。今から思えば、夢のようです。あの時分、私は罪人であり、人足のひとりだったのですから……」


「あの時のこと、私はたいへん申し訳なく思っているのですよ。山上へ材木を運びあげる苦労といったら、本当にたいへんでしたでしょう。『あそこに庵を』などと、私が言い出したことだけに、実際にあの作業を見て、人足のみなさんへの申し訳のなさに、ッと顔が蒼ざめました」


「まことまこと」

 と、有常は笑いながら、幾度もうなずいた。

「あれは本当に、たいへんな作事でした。あの時ばかりは、浄連坊殿をお恨みしましたよ」

「本当に申し訳ない。いくら感謝しても、感謝したりぬほどです」

「ハハハ、いえいえ、恨むなどと……戯言ざれごとです。私としても、よい思い出になっております。

 ……それに今にして思えば、大おじ上はそんな機会を作って、罪人の私に故郷の空気を吸わせてくれたのです。大おじ上にも、そして御師様にも、私こそ、感謝しなければいけない」


「大庭殿は、大きな方ですな」

 と、浄蓮がしみじみと言って、有常もうなずいた。

「大きくて、ふところが深い……私も大おじ上のような領主になりたいと思っています」


 そうして語り合っているところへ、「殿」と、縁頬えんがわから女の声がかかった。

「なんぞ。来客中であるぞ」

「申し訳ありません、尼御前さまが、どうしても、お呼びをと」

「母上が?」

「ぜひ御坊様にご挨拶なさりたいとか。殿とみお姫も、ご一緒にと」


 ふたりは顔を見合わせた。

「では、私は母尼君にご挨拶させていただいて、それから寺に戻るとします」

 と、浄蓮はいそいそと仕度をはじめた。

「すみません。ご足労を。おと……みおに、すぐ着替えるように言っておくれ」

「はい」

 言いつけると、有常は浄蓮のほうに向きなおった。


「ぜひ、都の話をお聞かせ願いたいものです。ご迷惑でなければ、明日にも西明寺のほうへうかがわせていただきます」

「なに、ご足労でしょう。私からこちらへ出向きましょう」

「いえいえ、私も桃源郷の住人になってみたいのです」

 と言って、有常は微笑した。


「なるほど、では、お待ちしております。十六日には西行師のために、法事を営みましょう」

「必ず」


 東の対屋たいのやのほうからは、雅やかな音曲おんぎょく音色ねいろ琅々ろうろうと、春の日差しにまたたく花びらのように舞いこぼれてくるのであった。




※ 西明寺 …… 現存せず。神奈川県足柄上郡松田町に「最(西)明寺史跡公園」として遺る。絶景スポットで、特に桜の季節は美しい。

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