第31話 ふところ島、月見の宴、四

 人々のにぎわいから遠ざかり、厩の端に腰かけて、ひとりぼんやり月を見あげている童がいる。


 歳のほどは十二ばかり。

 ……宇佐美の小平次丸である。

 父の実正さねまさを失って、まだいくらも経っていない。


 ため息をついた小平次は、後ろに人の気配を感じ、ふり返った。

 千鶴せんづる……秀清が心配そうな顔をして立っていて、思わず小平次は目をそらした。


「あのさ」

 と、秀清が声をかけた。

「?」

「これ」

 差し出されたのは、綺麗な蒔絵まきえの小箱である。

 小平次は、わけもわからず受け取った。


 秀清は、燭台を近くに引き寄せた。

 小平次が膝の上で蓋をひらくと、なかから金鷲羽が輝き出た。

「お護りなんだ。とっても効き目のある……。大昔に、御霊さまが奥州から持ち帰ってきたものなんだ。阿津賀志あつかしの合戦の時も、秀清を護ってくれた。だからとっても大切にしてるんだ」


「へぇ」

「これ、あげる」

「え?」

 顔をあげ、小平次は秀清の顔を見つめた。

「平次殿が欲しがってたから……」

「父上が?」


「それを持ってたら、大っきな鷲みたく、自由に天を駆けることのできるつわものになれるんだ。最初は御霊さま。次は、娘の星月夜ほしづくよ御方おかた。御方から、大庭平太殿。それから、娘の甘縄あまなわ御前。……そして御前が、ひとりで悩んでいた私を見て、くださったんだよ」


 金細工のこまやかな美しさに、小平次は見惚れた。

 ふかい光沢がある。

 それぞれの時代の持ち主が抱いた、前の主への思い、後の主への思い……

 その重みを、少年は本能的に感じとった。


「奥州には、でっかい鷲がいるの?」

「うん、たくさんいるよ。鷹よりもでっかいのが」

「ふぅん」

 と言って、まだ躊躇ためらいがちに見つめている。

「ほんとにいいの?」

「うん」


 小平次は急に思い出したように、小箱を脇によけ、腰の袋をもぞもぞと探った。

「これ、あげるっ。俺の宝物」

 袋から取り出したのは、拳に握れるほどの大きさの球体で、宝玉のように輝いていた。

 裏返せば、波の形に、ぎざぎざのついた口が開いている。

 ――めずらかな、純白の宝貝たからがいだった。


 燭台の火にかざせば、表面がすきとおるほどにつやめいて、玉虫色の光を投げ返す。

 少年たちは、胸を高鳴らせた。

「すごいな、これ」

「宇佐美の海で拾ったんだ」

「いいのかい?」

「うん」


 秀清は片目をつむり、宝貝を高々と月光にかざした。

「お月さんみたいだ」

「ほんとだ」

「お月さんがふたつだ」

「あはは」

 目を見合わせて、ふたりは笑った。


「あっちで相撲をやってるんだ」

「俺、相撲は得意だ。父上も褒めてくれた」

「じゃ、行こうよ」

「うん」

 ふたりはそれぞれ、新しい宝物を握りしめて、元気いっぱいに駆けていった。 

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