第29話 ふところ島、月見の宴、二

 童たちのはしゃぎ声、大人たちの調子っぱずれの蛮声、いたるところで弾けるけたたましい笑い声……まわりの声がうるさければうるさいほど、自分の話し声もそれ以上に大きくなって、酔いどれ騒ぎは、わんわん唸るほどに高まってゆく。


「それにしても本当に酷い」

「なにが?」

 縁頬えんがわには、景兼、有常、秀清の三人が、雑談に興じていた。


 景兼が、いかにも悔しそうにして言った。

「……私だけ、葛羅丸が河村殿だと知らされていなかったのだから」

「またその話かい?」

 と、有常は呆れたように言った。「まあそう怒るなよ。大おじ上の深謀だよ」


「秀清はいつ知ったんだい?」

「私は奥州合戦から帰ったとき、大庭殿から教えていただいたのです。最初は私も、教えてもらえなかったのです。けれど、私が怒って悶着を起こしてしまったので、

固く口止めされた上で、教えてもらえたんです。

 大庭殿が、鎌倉のすべてを敵に回して、兄のことを守ってくれたのだと知って、なんてすごい人なんだろうと、心がふるえました。大庭殿を兄の仇だと決めつけた自分を、心から恥じました」

「そうだったのか……」


「兄上が生きてらっしゃると知って、私は本当に嬉しかった。それに、あの奥州の戦場で私を助けてくれたのが、兄上だったなんて……」

 あの合戦のことを思い出し、秀清は感動に瞳を輝かせた。


 弟の秀清でさえ知らされなかったのだと聞いて、景兼はすこし、安堵した。

「有常にいは、いつ知らされたんですか?」

「私は早い頃から知らされていたのだよ。けれど十年のあいだ、河村殿と言葉を交わすことはなかった……」

「え? なぜです?」


「河村殿は、いざ自分が葛羅丸になると決めたら、けして言葉を口にせず、葛羅丸でありつづけたんだよ。自分で自分に言葉を禁じたのさ。すごいお人さ」

「へぇ……」

 秀清も景兼も、敬服のため息をもらした。

「河村殿は、自分自身がたいへんな状況だったにも関わらず、いつも私や千鶴を気づかって助けてくれていた。ほんとうに頭があがらないよ」

 有常と秀清がうなずきあうのを見て、景兼は消沈のため息をついた。


「ともかくも、最終的には、私だけが知らなかったわけだ。悔しいなァ……」

 秀清は笑いなだめた。

「そんなことよりも、はやく庭に行きましょうよ。藤沢の四郎丸たちと相撲をとる約束をしたのです」

 まだまだ烏帽子のなじまぬ秀清の顔を見つめながら、景兼はつくづく、ため息をついた。

「子供だなぁ、千鶴せんづるは……」

童名わらわなで呼ぶのはやめてください。ささ、とくとく」


 宴席の方が、どっと盛りあがり、手拍子とともに、女の力強い唄声が聞こえてきた。

 どきりとしてふりかえった有常は、その様子を見るなり頭を抱えた。

 そこには頭の芯まで酔っ払ったみおが、調子っぱずれな田植え唄を、大声で奏でていた。


「しまったッ。酔っ払うといつも、ああなんだ」

 有常がため息をつく暇もなく、対の屋の方から、けたたましい悲鳴があがり、雑仕女が急を告げに来た。


 有常は真っ青になって、息子の太郎丸を止めに行ったが、もはや遅い。

 ……嵐の庭の雪ならで……

 美しかった屏風びょうぶは、無残にも骨と化し、紙屑の雪が、床いっぱいに散り乱れていた。

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