第四章 月の冠 (つきのかんむり)
第28話 ふところ島、月見の宴、始
第四部 絆 編
第三章 月 の 冠
一
大地に
庭に開け放たれた大広間では、男も女も老いも若きも、夕べの
縁側に敷かれた
大豆、芋、栗、柿などの収穫物……
「わしは絶対に、月は見ぬぞぉ」
すでに酔っ払った奇声を張りあげているのは、悪四郎老人である。
「悪四郎どん、今夜はみな、月見のために集まったのでござりまするぞ」
「いや、見ぬぞ」
「なぜでござる」
景義と豊田次郎は、問い詰めた。
すると、悪四郎の孫の千次郎が、賢げな顔で答えた。
「先月の十五日が、鶴岡の放生会のお祭りでしたから、爺さまは昼間からしたたか酒を召されまして、月を見る前に眠ってしまわれたのです」
「そう、わしは
「やれやれ、そういうことかよ」
「『
人々は呆れたように、ため息をついた。
岡崎家では、千太郎も千次郎もすでに元服を迎えた。
千太郎はすでに、佐奈田の領主である。
あえて父の名を冠して、『与一太郎』と名乗っている。
「あの石橋山の与一」と言えば、鎌倉では誰ひとり知らぬ者はいない。
弟の千次郎のほうは、悪四郎のもとで鎌倉に暮らしている。
兄よりも利発と見込まれてのことである。
旗揚げの頃には幼童にすぎなかったふたりが、まだまだ年少とはいえ、いまや烏帽子姿の立派な御家人であった。
女主人の宝草御前みずから、女たちを従え、料理を次々と運んでくる。
お膳の上には、
今の今まで水に跳ねていた、活き魚の刺身。
秋の収穫物をふんだんに盛りこんだ煮物、汁物、漬物……。
豊富な海の幸、山の幸が、入れ代わり立ち代り運ばれてくる。
宝草の娘のように、甲斐甲斐しく手伝っているのは、みおだ。
「おう、みお姫や、こっちへ来て、一杯やれ」
悪四郎が好色な顔で、裾をひっぱった。
元気者のみおは、どこへいっても大人気。
たすきがけした袖をひるがえし、大きな
宴席には、豊田の人々、岡崎の人々、波多野の人々の姿も見える。
藤九郎と
「新五、新六、こっちへ来い」
隅の方に隠れるように縮こまっていた長尾兄弟を呼び寄せ、悪四郎は自分の左右に座らせた。
「遠慮なんぞするな。和殿たちは、わしの息子に変わりない。さ、飲め飲め」
と銅鑼声でわめき、快活に笑いながら、土器いっぱいに酒を満たしてやった。
河村義秀は縁側に出て、その大きな体に似合わず、器用に小刀を繰って、
萩の花の咲きこぼれる庭に、
力いっぱい駆けまわっている子らもいれば、ひとりで庭の隅の土をほじくり返している子もいる。
甘縄姫の子……弥九郎丸は、すでに九歳になった。
父の藤九郎に負けず劣らず利発で、眉目秀麗、武人としての先行きが楽しみな男子である。
景義の末娘、
父に似て愛嬌があり、まわりを明るくしてくれる性格だ。
男の子と一緒にはしゃぎまわっている姿は、まだまだ童である。
有常の子の太郎丸は、はや三歳のいたずら
大人たちがいない場所にひとりで入りこんで、高価な
この静かなる、幼児の蛮行に、大人たちは誰も気がつかない。
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