第21話 大庭兄弟、会談すること




   二



 ――大庭館の大広間で、兄弟は会見した。

 景親が茶をて、所作も美しく差し出した。


「ほう、すばらしいうつわじゃ」

 珍しい茶碗であった。

 黒々とした釉薬ゆうやくつやめきは、星を散りばめる天球の景色……そのなかに、ぬるくてた茶が泡立ち、乳白色の浮花を浮かべている。


 景義は、茶碗に見つめ入った。

「この景色は、……いうてみれば、鎌倉の星月夜よのう」

「なるほど……おもしろい見立てです」

「茶のほうは、京の茶か。豪勢なものじゃ。すっきりした、よい香りじゃ。寿命が延びるよ」

 ありがたやありがたや、と、景義はのように天を仰ぎ、喉首に流しこんだ。


「……いえ、、ではなく、茶でござりますれば」

 ごほと、景義はむせ返った。

「なに、宋? ……うつわもか」

如何いかにも」

 もう一度しげしげと黒茶碗を眺めてみれば、そこらの焼き物にはない気品が見え、手ざわりも言いようもなく滑らかである。

「なんと、唐土もろこしの星月夜であったか」


 すると景親は、涼を呼ばうように、一遍の詩を吟じた。



銀河澄朗ちょうろうたり 素秋そしゅうの天

また見る林園 白露はくろまどかなることを



 その優雅な朗詠に、景義の胸には、たちまち異国への憧れが湧きあふれ、目には遠い唐土もろこしの花園が浮かんできた。

 慣れぬ茶の味さえも、いっそう味わいぶかく、まどかに感じられるようであった。


「……様子を探りにきたのでしょう」

 広い聡明なひたいを傾け、景親は茶道具を退けた。

「ふむ、まあ、そんなところじゃ」

 互いの顔が、急に真剣味を帯びた。

 景義の最たる感心事は、五月さつきに畿内で起こった『以仁王もちひとおうの乱』であった。

 景親は、平家方の当事者である。

 問われるままに、包み隠すことなく、事件の顛末をすべて語った。


「……その以仁王殿下――今は降籍してみなもとの以光もちてるという名に変りましたが――討たれ果てました」

「なに、お討たれ申した? それは確かか?」

「確かです」

 むむ、と景義は、低く唸った。

「景親よ。とにもかくにも、以仁王殿下の令旨が各地にもたらされ、いよいよ平家討伐の兵があがらんとしている」

 景義は、平家政権がこの先長くないこと、鎌倉一族は先祖以来の主従の約束を守り、源氏を助けるべきこと、などを力説した。


 これを聞いた景親は、綺麗に切りそろえられた口髭をなでながら、論じた。

「ふむ。まずは甲斐の武田源氏。これは少々警戒しておりますが、局地的なもの。平家に勝ることはありますまい。

 次に、伊豆には工藤をはじめ、源仲綱の残党ども……これはすでにわれらが手で、急襲いたしました。ほとんど戦にもなりませんでしたがね。工藤は平家への恭順を誓いました。

 そして、兵衛佐ひょうえのすけ頼朝。これも問題にもなりませぬな。しゅうとの北条など、あまりに小者。挙兵したとて、たいした人数は集まりますまい。

 ……今はまさに、平家の世。平家に非ずんば、人に非ず。日本秋津嶋は六十六カ国、このうち半数を超える国々が平家の知行国。到底、これにたちうちできる勢力はございませぬ。今のような平家全盛の世に兄上のような妄言を吐けば、人々は嘲り笑うことでしょう」


 景親は、いかにも可笑しそうに笑った。


「……何度も申すようですが、平家の繁栄はゆるぎない。この東国にも、平家の恩を受けてきた者たちが、どれほど多いことか。われら鎌倉一族もこの二十年、平家とともに固く手を携えて歩んでまいりました。御先祖のことはどうあれ、今となっては平家こそ、恩ある主筋。

 私はこのたび、平清盛入道から直々に、東国鎮撫の総大将を拝命いたしました。坂東諸氏を率いて、その大任を果たします。兄上には平家の侍大将として、わが一翼を担っていただきたい。恩賞は、望みのままです。大庭平太の名をふたたび世に轟かす、絶好の機会ですぞ」


 待て、と、景義は手のひらを大きく開いて見せた。

「わしは、清盛に同心することはできぬ」

「これほどの好機を逃すのですか?」

「いかにも」

「……ならば……道を違えましょう」

「和殿は平家に。わしは、源家に」

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