第21話 大庭兄弟、会談すること
二
――大庭館の大広間で、兄弟は会見した。
景親が茶を
「ほう、すばらしい
珍しい茶碗であった。
黒々とした
景義は、茶碗に見つめ入った。
「この景色は、……いうてみれば、鎌倉の星月夜よのう」
「なるほど……おもしろい見立てです」
「茶のほうは、京の茶か。豪勢なものじゃ。すっきりした、よい香りじゃ。寿命が延びるよ」
ありがたやありがたや、と、景義は
「……いえ、京の、ではなく、宋の茶でござりますれば」
ごほと、景義はむせ返った。
「なに、宋? ……
「
もう一度しげしげと黒茶碗を眺めてみれば、そこらの焼き物にはない気品が見え、手ざわりも言いようもなく滑らかである。
「なんと、
すると景親は、涼を呼ばうように、一遍の詩を吟じた。
銀河
また見る林園
その優雅な朗詠に、景義の胸には、たちまち異国への憧れが湧きあふれ、目には遠い
慣れぬ茶の味さえも、いっそう味わいぶかく、
「……様子を探りにきたのでしょう」
広い聡明なひたいを傾け、景親は茶道具を退けた。
「ふむ、まあ、そんなところじゃ」
互いの顔が、急に真剣味を帯びた。
景義の最たる感心事は、
景親は、平家方の当事者である。
問われるままに、包み隠すことなく、事件の顛末をすべて語った。
「……その以仁王殿下――今は降籍して
「なに、お討たれ申した? それは確かか?」
「確かです」
むむ、と景義は、低く唸った。
「景親よ。とにもかくにも、以仁王殿下の令旨が各地にもたらされ、いよいよ平家討伐の兵があがらんとしている」
景義は、平家政権がこの先長くないこと、鎌倉一族は先祖以来の主従の約束を守り、源氏を助けるべきこと、などを力説した。
これを聞いた景親は、綺麗に切りそろえられた口髭をなでながら、論じた。
「ふむ。まずは甲斐の武田源氏。これは少々警戒しておりますが、局地的なもの。平家に勝ることはありますまい。
次に、伊豆には工藤をはじめ、源仲綱の残党ども……これはすでにわれらが手で、急襲いたしました。ほとんど戦にもなりませんでしたがね。工藤は平家への恭順を誓いました。
そして、
……今はまさに、平家の世。平家に非ずんば、人に非ず。日本秋津嶋は六十六カ国、このうち半数を超える国々が平家の知行国。到底、これにたちうちできる勢力はございませぬ。今のような平家全盛の世に兄上のような妄言を吐けば、人々は嘲り笑うことでしょう」
景親は、いかにも可笑しそうに笑った。
「……何度も申すようですが、平家の繁栄はゆるぎない。この東国にも、平家の恩を受けてきた者たちが、どれほど多いことか。われら鎌倉一族もこの二十年、平家とともに固く手を携えて歩んでまいりました。御先祖のことはどうあれ、今となっては平家こそ、恩ある主筋。
私はこのたび、平清盛入道から直々に、東国鎮撫の総大将を拝命いたしました。坂東諸氏を率いて、その大任を果たします。兄上には平家の侍大将として、わが一翼を担っていただきたい。恩賞は、望みのままです。大庭平太の名をふたたび世に轟かす、絶好の機会ですぞ」
待て、と、景義は手のひらを大きく開いて見せた。
「わしは、清盛に同心することはできぬ」
「これほどの好機を逃すのですか?」
「いかにも」
「……ならば……道を違えましょう」
「和殿は平家に。わしは、源家に」
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