第20話 毘沙璃、景義をたしなめること

 景義は共感をこめて、深くうなずいた。

「女子供が犠牲にならぬよう努めるのが、つわものの役目であると、わしは思うておる」


 そんな言葉を聞いても、毘沙璃のため息はとどまらなかった。

「戦にかかわる男たち兵たちのすべてが、あなたのような分別あるつわものであればよいのですけれど……。ですが、実際にはそうではありません。

 男であれ、兵であれ、自分を律することを知らぬ心弱き者の方が、圧倒的に多いのです。かれらの悪心を解き放つのが、戦です。戦が始まれば、そのどさくさに紛れて多くの悪逆非道が行なわれることを、わたしは知っています」


 景義にも、それはわかっていた。

「わしら弓矢取りは、戦をなりわいとするのが定め。、せめてそのような非道が行なわれぬよう、精一杯努めるのみ」

 言ってから景義は、ハッと、自分の失言に気づいた。

 毘沙璃が、恐い顔をしてこちらをにらんでいる。

「やはり、そうでしたか。性懲しょうこりもなく、いくさしに行くのですね……」


 ……どうも毘沙璃といる時は、普段の調子が狂ってしまう。

 こうなっては仕方がないと、景義は、ひらきなおった。


「左様。間もなく大きな戦がはじまる。戦がはじまったならば、どうか毘沙璃殿におかれましては、神館から一歩も出歩かれぬように。

 ましてや、兵に立ち向かったり、啖呵たんかを切ろうなどとは、どうかくれぐれもお考えなさらぬように……」

「お黙りなさい、平太殿」

 と、毘沙璃はぴしゃりと遮った。

「先の戦で失った左脚の痛みを、もうお忘れか?」

「いいえ、けして、けして……」

(次は左脚のみでは、済みませぬぞ)

 毘沙璃は悔しげに、言葉を呑み込んだ。


 世の流れのままならなさ……なぜ人々は戦をせずにはおられぬのか……毘沙璃はしばらくの間、どうにもならぬような怒り顔を見せていた。

 しかしやがて、ふぅとため息を吐き、景義を許すように、そして力づけるように、袖を触れ合わせた。


「わかっています。あなたを信じますよ。そして神仏を……。わたしたちは今、大きな潮目に立っている。大きな海鳴りのような音が、わたしの耳にはっきりととどろいています。

 その恐ろしい音が、あなたの耳にも聞こえているのでしょう。おそらくこれから、想像もつかぬほど多くの戦乱が生じ、際限なく大きな嵐が国じゅうに吹き荒れるのでしょう。


 あなたは真のつわものとして、自分を見失わぬよう、天から与えられた自分の使命を、しっかと果たしてください。そしてどうか願わくば、千人の女たちの思いを忘れないで……宇宙静謐うちゅうせいひつ干戈永収かんかえいしゅう……わたしたちの願いは、ただそれのみ……」


 毘沙璃が憂いに満ちた瞳を伏せた時、雨雲はいっそう黒くなり、どこか遠くの地平からおどろおどろしい遠雷が、低く低くとどろいてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る