第17話 景義、青年の命を救うこと

(この回は、第一部と重複しています。第一部をお読みの方は、読み飛ばしてください)



「そなたを助けるには、そなたの身柄を鎌倉軍から引き離す必要があった。そこで景親の処刑を口実にして、軍中から遠く連れ出したのじゃ。


 景親とわしは最後の最後に兄弟合力して、ひとつの策略を打ったのじゃ。景親はそなたを生かさんが為に、国府から片瀬川までのあの長い道のりを、恥を忍んで大庭の領民に顔をさらしたのじゃ。

 自らが滅びることもかまわず投降したのも、同じ一心……そなたのような将来ある若者たちを救いたいという、強い一心のため。景親の心がわかるか、義秀。


 義秀の心中に、尊敬する景親への、追慕の念がどうしようもなくあふれてくる。

 かれは喉をひきつらせながら、息もたえだえに言った。

「……たとえ生きるにしても、罪人となり、鎌倉府をたばかって、この先どのように生きるというのでしょう。死より他に、私には見当もつきませぬ……」

 哀れに弱気になっている姿を見れば、この大男も年相応に、幼げに見える。


 景義は声をひそめ、耳元に囁きかけた。

「聞け、義秀――。わが郎党に葛羅丸という名の男がいる。幼き頃に火事に遭うてな、ひどい火傷を負った。心にも傷を負い、言葉を失うてしもうた。顔は見分けがつかぬほど焼けただれたゆえ、いつも覆面を被っておる。義秀、そなたは覆面を被り、言葉を失くして、葛羅丸になりすますのじゃ」


 荒唐無稽なこの申し出を、どう考えてよいかわからずに、おどろに渦巻く黒雲を、義秀はぼんやりと見つめた。

「しかし、本物の葛羅丸はどうなりましょうか」

「そのことは考えずともよい。本物の葛羅丸は……」

 景義は、しばし、言葉を詰まらせた。

「……葛羅丸は、戦傷が悪化し、つい先ごろ、命を失うた。わしは奴を誰よりも可愛がっておった。奴も奴で、まるでなつこい愛馬のように、最期までわしになついてくれた。

 葛羅丸という男はのう、顔にはふた目と見られぬ傷を負っていたが、この世でもっとも美しい瞳をもつ男じゃったよ……」

 そう言った景義の目が、真っ赤に充血していた。


「いつか必ず、わしがそなたを立派な御家人にしてみせる。それまでわしの郎党、葛羅丸になりすまし、身を隠し潜めよ。河村の者どもはみな、わしがひそかに養う」


 坂東の荒れ野に響きわたるその声で、景義は叫んだ。

「生きよッ――」


「……」

 義秀は力尽きて、言葉も出ない。


 景義は、むずかる赤子をあやすように、やさしく言い含めた。

「わしの大切な郎党、葛羅丸が、そなたを生かしてくれる。……かずらというのはの、力強い草じゃ。刈り取られても刈り取られても、幾度も甦り、はびこってくる。義秀よ、どうかその名を受け継ぎ、力強い葛となって生き返っておくれ」

 景義は懇願するように目を閉ざし、頭を垂れた。


 天にあおむいた義秀のびんから、熱い液体がこぼれ落ち、冬草の上に、いくつもいくつも露を結んでいった。

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