第15話 景義、広常を走らすこと
その後、御前に推参した景義は、『片瀬川での』景親梟首を、さきほどのように、懇切丁寧に説明を加え、申し出た。
頼朝はすこしのあいだ、考えこんだ。
「いかに思う?」
と、宿老たちに尋ねた。
「大庭殿はわれらとともにあの苦しい戦いを戦い抜いたつわもの。それほどの望みは、ささいなことでございます。お許しあそばせ」
と、土肥実平。
「問題ございますまい」
と、悪四郎。
「ただし」
と、千葉常胤が進言した。
「景親めの預かり役は、上総殿。責任をもって、上総殿に景親の処刑を見届けてもらいましょう」
頼朝は景義にむかって、うなずいた。
「よかろう。刑の執行は間違いなく行えよ。景親とその子、そしてそなたに預けた、河村義秀……必ず斬罪に処すのだぞ。よいな」
「ハハッ」
◆
翌日、鎌倉軍は松田
上総広常の二千騎と、景義の一党は、東へと列をなし、片瀬川を目指した。
「あれが片瀬川でござるな」
冬空を映して悠々と流れる大河を指さし、広常が馬上から、のんびりした声で言った。
「なにをおっしゃる。あれは相模川でござる」
景義は首をふった。
「左様か……」
広常は相模の地理には疎かった。
行列がふところ島を通り過ぎた頃、広常は尋ねた。
「大庭殿、片瀬川はそろそろでござるかな?」
「まだまだでござる」
「片瀬川は、遠うござるな」
と、広常はすこし眉をしかめた。
「鎌倉軍は、まもなく
「まあ、そう焦りなさいますな。進軍はまだまだ先と、わしは聞いております。ご覧あれ。冬の日の美しさ、空の美しさ。ゆっくり大庭野の景色を楽しんで参りましょうぞ。大庭館で馳走を揃え、おもてなしいたしますゆえ」
「それはかたじけない……」
景義は情に訴えるように、
「景親と陽春丸の最期に、故郷の大庭領を見せてやりたいのです。つわものの情けと思うて、どうかお許しくだされ」
「左様か……」
広常は、いかにもいかにも、とうなずいた。
街道の両脇には大庭の民衆たちがつめかけ、憐れむような目で、心細げに、恐ろしげに、この二千騎の行軍を見つめていた。
その夜は、大庭館に宿泊。
翌日、一行は片瀬川へと赴いた。
刑は思いの他すんなりと、滞りなく執行された。
川の冷水をかぶり、景義は体じゅうに浴びた返り血を洗い落とした。
ふりかえれば、居並んだ上総の武者たちが、黙って頭をかたむけ、景義に最敬礼を表していた。
広常もまた、絶大な賛辞を送った。
「実の弟を見事、お斬りなされた。実のところ、わしは刑の直前まで、和殿が裏切って景親を助け、わしらに
顔面蒼白の景義は、紫色の唇で答えた。
「佐殿に、しかと、ご報告お願いいたしまするぞ」
「確かに、確かに。お任せくだされ。で、河村のほうは?」
「
「そうか……明後日……」
ふたりが話し込んでいるところへ、早馬が飛び込んできた。
鎌倉軍からの正式な軍令である。
広常は伝令書を広げ、じっとおし黙った。
「どうなされた?」
景義が尋ねると、広常は顔をあげ、忌々しそうに、吐き捨てるように言葉を発した。
「鎌倉軍の進発が、明日と決まった」
「明日? それはまた急な……」
「明日、二十七日というのは、『佐殿のもとに、以仁王殿下の令旨が届いた吉日』だそうだ。その吉日を選んで、出陣することになったようだ。急ぎ、合流せよとある。
どうやら千葉や三浦が進言したらしい。わしを出し抜こうという魂胆であろう。こうしてはおられぬ。すぐさま出立せねば。やつらに遅れをとるわけにはゆかぬ」
「さようか……」
ゆっくりと、景義は頭をさげた。
「佐殿がこと、よろしくお頼み申します。佐殿は誰よりも、上総殿を頼りにしておられるゆえ」
そう言われると、広常の目が輝いた。
「和殿もそう思われるか。そうであろうな。フハハ、任せておかれよ」
「すぐさま貴軍へ、糧食をお届けいたしましょう」
「かたじけない」
「ご武運を」
「うむ」
――すべて、景義の策略どおりだった。
鎌倉軍の行軍が突然に始まれば、上総は大あわてで大庭を離れる。
実の弟を手にかけた景義であるからには、義秀をも手にかけないわけがない。
そう思い込んだままに……。
実際、広常はつゆほども疑わず、飛ぶように去っていった。
(景親よ。われらが
遠ざかってゆく上総の兵たちに背をむけると、変わり果てた弟の首にむかって、景義は呟いた。
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