第二章 玉葛 (たまかずら)

第11話 景義、嘆願すること

第四部 絆 編


第二章 たま かずら




   一



 あの流鏑馬から、半月が過ぎた。


 侍所にはうららかな陽射しが差し込み、ひっそりとして、ただ時折、事務を執り行う諸役たちの、墨をる音だけが静かに響いてくる。


 東の上座では、頼朝と景義が、差し向かいに話をしていた。

 景義の背後には、息子の景兼がしている。


「いやはや先日は河村三郎を御赦免くださり、誠にありがとうございました。景義、二品様のご器量の大きさに改めて感服いたしました」


 景義の言葉にひとつうなずいた頼朝は、胸のうちを素直に語り明かした。

「三流の流鏑馬。たとえひとつふたつまとを外したとしても、私は赦免してやるつもりであった。ところがあの男、なんたることか、すべての的を射抜きおった。神代かみよの伝説には、九つの太陽を射落とした者がいると聞いたが……」


「『養由ようゆう』でございますな。ある時、突然に十個の太陽が現れて日照りになった為、そのうちの九つを射落としたとか……」


「そう、その伝説の射手、養由の姿をまさに目の前に見たかのような思いがして、私も興奮を抑えきれなかった。まさに九つの太陽を射落とすに等しい神技、神妙しんぴょう至極。そなたの悪行のおかげで、思いもよらぬ、素晴らしい流鏑馬を見ることができた」

 過日の興奮を改めて思い出し、頼朝は大きなため息をもらした。


 「悪行」といわれた景義は、やや肩をすぼめた。

「義秀はみずからの限界を超えた力で、みごとに大難事をやりとげました。これからは幕府のおんために、存分に働いてくれましょう。

 ……おお、忘れぬうちに申しあげておきますれば、二品様に献上いたそうと、今日は馬を引いて参りました。大庭御厨産のたくましく肥えた馬でしてな。馬の他にも、たくさん土産とさんを持って参りましたぞ」


「そなたから土産などと聞くと、伊豆の頃を思い出す」

「ふぉ、ふぉ、ふぉ、そうでありましたな」

長鮑ながあわびは持って来てくれたか?」

「いかにも」

「そなた得意の、漬物しおおしは?」

「勿論でございます」

 ふたりは親密な様子で笑いあった。


 笑いながら、ややおいて、景義が言った。

「今日は二品様に、特別のお願いがございまして参りました」

「なんだ、願いとは」

「……」

「いかがした? 景義、遠慮なく申してみよ」

 急に思いつめたように、糞真面目くそまじめな顔で沈黙した景義を見て、頼朝は不審に思った。

「そうか、わかったぞ」

 と、頼朝は冗談めいた。「まだ他にも罪人を隠しているな?」


 そんな軽口にうなずくこともなく、景義は威儀を正すと、堂々、腹からの声を発し、申し述べた。


「お願い申しあげます。河村三郎義秀、今となっては、死罪に処していただきたい」


 思いも寄らぬその言葉に、頼朝は動きを失った。

 景兼は真っ青になり、諸役たちも、その場にいた全員が手を止め、唖然として景義を見つめた。

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