第9話 義秀、手挟みを射ること

(六六六、三々九、それよりさらに難しい、四六三……私はどんな流鏑馬にも対応できるよう、修練を重ねてきている)


 馬場元には藤沢清近も、仁王立ちになって見つめている。

 長年、義秀とふたりで協力し、かれの技に磨きをかけてきた。

 厳しい目で観察し、助言を与え、修正を重ね、河村義秀という名射手を造りあげてきた。


 今も清近の表情は鬼神のごとくに強張こわばり、毛のひとすじだに姿勢を乱すことなく、観察している。

 馬場の荒れ具合、馬の状態、弓矢や馬具、射手の疲労の具合、姿勢の微妙な変化、風向きの変化、雲の流れの変化にいたるまで、ひとつの異変も見逃すまいと、義秀を見守りつづけている。


 ――束の間の成功にも、息をつく暇はない。


 二種目めは『手挟てばさみ』――まとに正方形の板ではなく、土器かわらけの皿を使う。

 正方形の板的いたまとよりも各段にちいさいゆえに、当てるのが難しい。

 みっつの土器皿が、すべて六尺の高さに据えられた。


 合図の大扇がひらめくや、義秀の馬は飛び出した。

 ひとつづつ、確実に射抜いてゆく。

 矢がまとに触れた瞬間、土器の皿は粉砕され、煙となって風に吹き流れる。

 二の的、的中。

 三の的……的中ッ、義秀は馬場末に駆け抜けると、額の汗を拭った。


(私は稽古ではいつも、『くし』を射てきたのだ)

 『串』とは、的を挟む部分である。

 当然、今、挑戦した土器よりも、さらにちいさな的になる。


 三年前、鎌倉初の流鏑馬の折、特別な計らいによって、ある囚人が射手を勤めることになった。

 その囚人は見事、『串』を射て奇跡的な技芸をこなし、罪を許された。

 義秀はその出来事を実見して以来、極小の的である『串』を射る稽古を重ねてきたのだった。


 義秀が無事戻ってくるたび、秀清たちは手際よく、弓弦ゆづるの張りを確かめ、弓矢に傷や曲がりがないか丹念に調べ、準備し、熱くほてる馬の体を拭いた。

 馬に水を飲ませ、塩をなめさせた。

 義秀に、手拭や、水の入った竹筒を手渡した。

 清近が必要な助言をし、励ました。

 景義配下の雑色や女たち、かつて義秀に仕えていた河村の人々も加わって、みなが一致団結し、それぞれが自分にできることを考え、精一杯の協力で、義秀を支えていた。

 回廊の斎庭さにわでは、巫女たちが鼓を打ち、毘沙璃びさりが天に鈴を響かせ、延命救済の舞いを舞いつづけている。


 いよいよ、最後の難関がやってきた――

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