第8話 義秀、三々九を射ること

「お、おゆるしにはなられぬということで、ございますか……」

「長江太郎の進言はもっとも、道理である。この度の経緯を思えば、鎌倉府の厳命をなおざりにした大庭平太の罪もふくめ、罪は二重三重に重い。とても許されるものではない」


 即座に、頼朝は告げた。

「なお、三流を射よ」

「ハ、三流を……」

「『三々九さんざく』、『手挟てばさみ』、『八的やつまと』、これら三流を見事に射抜いた暁には、罪を許そう」

 御家人席に、大きなどよめきが巻き起こった。


 頼朝は、まとの種類を様々に変えた三種類の流鏑馬を行え、と言っているのだが、どの種目も、容易ならざる熟練の技を必要とする。

 長江義景は、ほくそえんだ。

 達人の義景をしてさえ、その三種すべてをこなすのは、ほとんど不可能なことと思われた。


 しかし当の義秀は、ほっとため息をつき、頼朝にむかって深々と頭をさげた。

「ありがとうございます。元より無いはずのわが命。わずかな道を開いていただけたことに、感謝いたします。身命を賭して励みまする」

 誠実な口ぶりでそう言うと、文句のつけようのない美しい所作で一礼し、義秀は馬場元へと歩んで行った。


 馬場元にはすでに、盟友たちが駆けつけていた。

 秀清、有常、景兼。

 そして――佐々木五郎義清、長尾新五為宗、新六定景――かれらは十年前、義秀とともに戦場を駆け巡った幕友であった。

 先んじて恩赦を得たかれらもまた、義秀を陰ながら支援し、恩赦の時を心の底から待ち詫びていたのだ。

 先ほど群集に紛れて「河村、河村」の呼号を真っ先にあげたのも、かれらであった。


 義秀は朋友たちに、心やさしく微笑みかけた。

「大丈夫だ。心配するな。それよりも、ただ私が成功する姿だけを、心に念じていてくれ」

 義秀とともに、集まった仲間たちは、気合をこめ、固くこぶしを重ねあわせた。


 三流の流鏑馬――まずは『三々九さんざく』である。

 通常の流鏑馬は、六尺の高さの的を使う。

 それを三本ならべる。

 六尺、六尺、六尺……つまり、《六六六》の流鏑馬である。

 『三々九』では、三尺、三尺、九尺の的を使う。

 低い的、低い的、そして最後に高い的……この位置の変化が難しい。


 じける様子もなく、義秀は颯爽と馬を進めるや、合図とともに駆け出した。

 一の的は地を這って来る――それはさながら大庭野おおばのを駆けくる走獣にも似て――その軌道を思い描きながら、義秀は狙いすまし、これをしかと仕留めた。

 すぐ後を、二匹目の獣も駆けて来る。

 流れのままに、これも射抜いた。

 だが三の的は、飛ぶ鳥である。

 高みへと逃げてゆく。

 体勢を崩さぬよう心配りながら、義秀は矢先をふりあげ、飛鳥ひちょうの姿をまなこに捉えた――


 パァンッ


 九尺の高的の破裂する有様が、遠目にも明らかだった。

 ひときわ高い歓声が湧き起こるのを、義秀は背中に聞いた。

(六六六、三々九、それよりさらに難しい、四六三……私はどんな流鏑馬にも対応できるよう、修練を重ねてきている)

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