学園日誌ショート

過去からの手紙

 それは突然の出会いだった。一人の女の子が病院の待合室である絵本を手に取ったことが始まりだ。

 育ちの良さそうな歩き方で母親の隣に戻ると女の子はその絵本を開いた。7歳の女の子にはまだ難しかったものの、女の子はその絵本を真剣に読んでいた。

 中国の皇帝が一羽の美しい声の鳥と出会い、一度は別れ、また再会をする童話だった。

 女の子は灰色の小鳥から目が離せなかった。絵本のように宝石を散りばめた作り物の小鳥ではなく、美しい声を使って誰かのために歌い、救い、それでも謙虚な小鳥が。その小鳥のことを何故か女の子は人のように思えてしまったのだ。

 女の子が次にその病院に行った時はもう絵本はなかった。かなり昔の本であったため、廃棄されてしまったのだ。

 それでも女の子はずっと小鳥を探していた。

「小夜啼鳥さん、どこにいるの? 私はまたあなたの本が読みたいの」

 女の子は作者の名前を知らなかった。それもそうだろう、その絵本はシリーズとして出版されており、本来作者名が書かれているところには翻訳者と挿絵の担当者しか書かれてなかったからだ。

 女の子の両親も娘の記憶を辿りに探したものの、見つからなかった。それほど古い本だったのだ。

 女の子が10歳になる頃にはタイトルすら忘れてしまった。けれど、女の子はずっとどこかで小鳥を探し続けていた。

 あの優しくて、美しいけれど悲しい小鳥にまた会いたかったのだ。

 それは女の子が自分の前世と宿命を思い出した時もだ。

 小鳥さん。あなただったらかぐや姫の私でも助けてくれるの?


 女の子は年齢を重ね、高校生になった。輝夜という名前の通り美しい少女へと。

 その日、彼女はバスに乗って隣町にある古本屋へと行った。チェーン店のため在庫も多く、何かしらの本はあると見たのだ。ヌマゾンで買った方が早いと言えばそうだが、輝夜はあの日に出会った絵本をまだ諦めてはいなかったのだ。

「やっぱり……ないわね」

 絵本コーナーは思ったよりも規模が小さく、古本屋と言えど求めているものはなかった。仕方なく近くの文庫本コーナーに入ると、海外の作者でまとめられている本棚があった。

 星の王子さまなど有名な海外小説の翻訳版がある中、彼女はある本が目に入った。

「アンデルセン童話、傑作集……」

 それほど分厚くない厚さの本の目次を見ると人魚姫や、おやゆび姫、マッチ売りの少女と言った有名な作品の他に木の精ドリアーデ、泥沼の王の娘などマイナーな作品もあった。輝夜の求めていた作品はなかったものの思わず手に取って買っていた。

 そして、寮の自室で一晩かけて全て読んだ。その傑作集は翻訳家が下調べをかなり行っていることもあり、忠実に翻訳されていた。そして、あとがきの代わりに解説された彼の人生の様子に時に笑い、時に涙しながら、彼女は胸のトキメキが抑えられなくなっていた。

 そこからの行動は早かった。貯めていたお小遣いを使って同じ翻訳家が書いた全話集3冊全て揃え、自伝を買い、その他文献を買った。分からない部分は慣れないパソコンを使って情報を得たり、照らし合わせた。

 気づけば彼女は会ったこともない、先に神の元へと迎えられた彼に恋心のようなものを抱いていた。

「あなたはきっと誰よりも純粋な人だったのね。だから小夜啼鳥だって優しかった。小夜啼鳥はあなただから。灰色の身体も高くて美しい声も」

 輝夜は小夜啼鳥が皇帝と交した約束を思い出す。そのどこか女性性が強い悪戯な様子に人魚姫を思い出す。

「人魚姫もあなただったのね。大好きな親友とは決して結ばれない。だって信仰深いあなたにとっては罪だから。それでも親友の幸せを願ったあなたは誰よりも優しくて素敵よ」

 童話の一つ一つが彼女にとってまるで過去から送られた手紙のようだった。木の精ドリアーデは産業革命を知らない彼女に当時の様子を教え、泥沼の王の娘は北欧に行ったことのない彼女にバイキングがいた頃の名残を教えた。彼の人生から生まれたからこそ伝わる内容に彼女はいつの間にか一つの願望を抱いてしまった。

「アンデルセン。あなたのその大きくて純粋な愛を私は受け止めたいわ。私は前世を振り返ってもあなたのような愛を知らないわ。それが物語の世界じゃないから余計によ。あなただってきっと愛されたかったのでしょう?」

 輝夜はカーテンを開けて夜空を見る。そこには大きな満月が浮かんでいた。

「きっと、あなたは私がかぐや姫でも愛してくれるのね。罪深くて、あなたと何もかも反対の、物語から生まれた私のことを」

 それは彼女のわがままな願いであった。かぐや姫の力は強く前世から次々とその気がなくても魅了してしまう。それは女の子でいたい彼女にとって胸を締め付ける現実だった。

「私、絶対あなたのことを見つけ出すわ。この学園のどこかにいるあなたのことを。だから、待っていて。私はまだ人間らしくないけれど、この気持ちは本物だって信じているから」

 彼女はまだ知らないこの想いが、恋がどんどん彼女を変えていくことを。

 手を伸ばした先にいた小夜啼鳥がどんな声をしているのか、何を思うのか。

 かぐや姫はまだ何も知らないのだ。

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転生者たちの学園日誌 五月七日 @tenkiame_am57

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