第6話 卵料理


 蒼生と黒矢兄。二人はよく料理対決をする。

 気分でやっているので、勝ち負けとかにはこだわってはいないようだ。


 そもそも、同じ料理を作らないので、判定が難しい。

 恐らく、二人とも料理を作るのに張り合いが欲しいだけなのだろう。


 適当にテーマを決めて勝負している。

 ただ、今日のように前触まえぶれもなく、唐突とうとつに開始することがあった。


 そして、料理勝負の判定をなぜか私に任命する。


なんで、りにって……」


 卵料理対決なの?――と私は一人つぶやく。


(もしかして、あの夢と関係あったり……)


 しないとは言い切れない。私は首をひねる。

 蒼生が作った料理は『オムライス』で、厨房を借りて、ささっと戻ってきた。


 スープとサラダが付いているのが有難ありがたい。

 一方で黒矢兄が持ってきたのは『カツ丼』だ。


 店で作ってきたのを持ってきた。お新香もセットである。


「量が多いよ」


 美味おいしそう――という感想よりも、先にそっちの意見が口から出た。

 お昼前なので、お腹は空いているけれど、もう少し量を考えて欲しい。


「二人とも、私を太らせる気⁉」


 確かに制服は大きいけど、太ってピッタリになったのでは意味が違う。


「俺は結愛が太っていても気にしない」


 と蒼生。論点はそこではない。


「いいから食えよ。そして、感想を言え」


 とは黒矢兄。相変わらず、自分本位だ。ただ世の中には『そういう男子の方がいい』という意見もあるのだから不思議である。


「先に野菜を食べてからね」


 『ベジファースト』つまり『ベジタブル・ファースト』というヤツだ。血糖値を意識したことはないけれど、野菜やキノコ類を先に食べることで脂肪のめ込みを防げるらしい。


 コレステロールの吸収をおさえたり、ナトリウムの排泄をうながしたりするのが理由だそうだ。自分の健康を守るためにも、私はサラダを食べる。


 キャベツとピーマンのツナコーンサラダで、要はコールスローだ。

 シャキシャキとしたキャベツの触感とコーンの甘味が美味おいしい。


 けれど、ピーマンが少し苦い。


(本当は『オムライス』から食べたいところだけれど……)


 黒矢兄の視線が鬱陶うっとうしいので、先に『カツ丼』から食べることにした。

 においは美味しそうだ。かすかに三つ葉の香りを感じる。


「見た目は合格だね」


 などとえらそうなこと言ってみた。

 ころもの色、卵のとろけ具合、肉の切り方――多分だけれど、上達している。


 カツを頬張ほおばるとつゆの甘くて濃い味が口の中いっぱいに広がった。

 衣はサクサクとした触感がまだ残っているようで面白い。


 肉もやわらかく、下処理もキチンと行われているようだ。

 これなら、ご飯が進むだろう。


「黒矢兄、腕を上げたね」


 私はそう言って、親指を立てる。

 へへっ♪――と満足そうな表情の黒矢兄。


 油切りのコツをつかんだようだ。

 油の温度や余熱の入り方を計算できるようになったのだろう。


 蒼生にも――はい、あーん♪――とカツを一口分ける。


「確かに、食べやすくなっている」


 と回答する蒼生。私は、その間にご飯を頬張った。

 正直、食べるところを見られるのはずかしい。


 この二人はどうして、私に食べさせようとするのだろうか?

 自然とほころぶ私の表情に満足したのか、


「じゃ、店の手伝いがあるから、オレは帰る」


 と黒矢兄は立ち上がる。相変わらず、自分本位だ。

 勝負はもういいらしい。


「結愛が美味おいしそうに食べるところを見たから満足した」


 などとワケの分からないことを言って、本当に帰ってしまった。


「分かる」


 と蒼生。だから、なにが分かるのだろうか?

 これでは私が、餌付えづけされている愛玩動物ペットのようだ。


 男子という生き物は、本当に意味が分からない。

 そんな黒矢兄を見送った蒼生は、ちょこんと私の隣に座る。


 次は自分の作った『オムライス』を食べて欲しいのだろう。

 私は半分まで食べた『カツ丼』を蒼生に渡す。


 全部は食べられないので、後は蒼生に任せることにした。

 『オムライス』を食べる前に、私はスープで口の中の油を流す。


 次にサラダで舌をリセットする。

 はしからスプーンに持ち替えて『オムライス』を一口。


 トロトロの卵に包まれたチキンライスの味が優しく口の中に広がった。


「美味しいね♪」


 と意識しなくても笑顔になる。

 一瞬、おどろいたように蒼生は目を見開いた後、満足そうに微笑ほほえんだ。


 いや、嬉しいのは分かったけれど、そんなにマジマジと人の顔を見ないで欲しい。

 食べにくくて仕方がない。それに量も多い。


 半分ほど食べたら、これも残りは蒼生に食べてもらおう。

 私は二口目を食べながら、大きな卵の夢は『この食べきれない卵料理を意味していたのではないか?』と考えていた。

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