第2話 師匠
人は一人では生きてゆけないと言うから、わたしはわたし以外の何かを探さなくてはいけない。
雲の流れる速さを見ていた。
この調子では今遙か西方の空に見える大きな暗色も、それほど間を置かずにここへ流れ着くだろう。
雨降りほどいやなものはない。
わたしは蛙やマイマイが苦手だ。
紫陽花の花も好きではないし、ザザアと
しかしこんな不安定極まりない大気の中であれ、日課としている散歩は絶対にしなければならないのだ。
どうしてかと言ったら、それがわたしの日課だから。
わたしは少し考え事をして、しかしそんな考え事をしている内にも雲が近付くことを考えて、結局考えることを止めようと考えついた。
考えることをやめるのには散歩が一番だ。
それに散歩はわたしの日課でもあるから、考えることを止めるついでに日課もこなせるというわけで一石二鳥だとわたしは考えた。
素人作りの可愛らしい縁側より、掛けていた腰を上げ、わたしはまず左足を前に踏み出した。
トタン屋根の愛しい我が家に
いつだってこの瞬間は寂しいものだ。
今日もわたしは少し切ない気分になった。
わたしはいつでもわたし以外の何かを探すために散歩する。
それは大層重要なことで、だからわたしは散歩を日課にした。
例えばわたしが雨の降る日に散歩をしなかったら、わたし以外の何かはもしかしたら雨が好きかも知れないのだから会いそびれてしまうことだろう。
例えばわたしが風の強い日に散歩をしなかったら、わたし以外の何かはもしかしたら風に舞ってやってくるのかも知れないのだから会いそびれてしまうことだろう。
例えばわたしが雷のひどい日に散歩をしなかったら、わたし以外の何かは雷に撃たれてそのあたりに転がっているかも知れないのだから会いそびれてしまうことだろう。
つまり散歩を毎日続けることは、わたしにとってとてつもなく重要なことなのだ。
家を出てしばらくは背の高い草原が広がっている。
この草原はわたしのおじいさんがわたしに残して死んでいったものだから、わたしの持ちものだ。
わたしは場所を覚えていられないが、草原の中には時々木が立っていたり細い川が流れていたりするからわたしは気に入っている。
けれど今日は、街中を歩いてみようと思った。
街は今日も、わたしの草原と違ってにぎやかだ。
実はわたしの知らないところでいつでも何かお祭りが催されているのかも知れない。それっくらい街は色や活気で溢れていた。
人混みを縫いながら前へ前へと歩みを進めるわたしの耳に、露店商の商売声や人々の笑い声がこだました。
しかしついにそのときはやってきて、人々は一様に自分の目的を投げ出し霧散する。
商売人たちは自らの大事な商品や商売道具を天の恵みから守るため、大きな大きな布を広げ掛け、笑い合っていた人々は一人残らずどこかへ消えた。
わたしも戻ろう。
そう思ったとき、その声は響いた。
か細く弱々しい声だ。
急いで周りを見回したわたしの目に、真っ黒く汚れたそいつが映る。
「大変だったんですよ」
弟子の言葉にわたしはカラカラと笑った。
大きなため息が聞こえる。
「まさか奴があんなに馬鹿デカいナイフを下げているなんて、分からなかった」
わたしが今日見つけたわたし以外の何かを連れて家に帰り、しばらく眠っていた頃、この弟子は何だか非常に怖い思いをしてここまでたどり着いたらしい。
「まったく、もう」
膝の友と目の前の弟子を交互に撫でながら、わたしはやはりカラカラと笑うのだった。
とある草原に建つ一軒の家 師匠と弟子の話 あめふらし @tadaitsu
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