とある草原に建つ一軒の家 師匠と弟子の話
あめふらし
第1話 弟子
昔、何かのアニメでこんなシーンを見たような気がする。
雨に濡れた灰色の路地に、タタタタタと規則的な射出音が響き渡った。
追っ手は一人だろうか。
もし複数であったなら、今の俺に太刀打ちできるとは思えない。
いや、たとえ一人だとしても、迫り来る銃弾の嵐からこの身を守ることなどできやしないだろう。
ただ一つ幸いは、今のところ追っ手とある程度の距離を置けているということだ。
このまま走り続ければ当面は蜂の巣にならずに済む。
なぜこんなことになってしまったのか。
どこでどう道を誤ったのか。
そんなアレコレを考えている余裕など無いはずなのに、走馬燈の先走りだろうか、過ぎてしまったことばかりが浮かんでは消える。
随分前から、ひたすら早く前に出すことだけを繰り返してきた両足は軋み、わき腹には鈍い痛みが走っていた。
しかしこれを止めることはできない。
止めてしまえば、待っているのは明確な死だ。
「師匠・・・・・・」
あの人の元へ、早く。
それだけしか生き残る術はないと思った。
薄暗く湿った路地の向こうから、雨を含んだ土と緑の匂いが感じ取れた。
この先の草原を抜ければそこにあの人はいる。
無機質なビルの谷を抜け、目の前に背の高い草の海が広がったそのとき、不意に耳障りな射出音が止んだ。
弾切れか?
そんなはずはない。
弾切れするような状況であれだけ断続的に撃ってくるバカはいないだろう。
俺は瞬時に身を屈め、匂い立つ草の中へ身を潜める。
できる限り進まなくては。
奴の目がここへ届く前に。
地を這うようにして自らの体を左前方へと押し進めた。
頭の上で草が揺れる。
しばらくして、濡れたアスファルトを蹴り終える鈍い音が俺に追っ手の到達を告げた。
冷たく湿った地面に顔を伏せ耳を澄ますと、かすかに追っ手の足音が聞こえる。
ありがたいことに、今のところ足音は単一だ。
こうなってしまえば不用意に動くことはできない。
動けば草が俺の居場所を奴に告げるだけだ。
しかし逆に、今俺の居る場所を奴は知らないのだ。
突破口はある。
俺は音を立てぬようにして左足のスニーカーを脱ぎ、しっかりと握りしめた。
草を分ける音が徐々に近付く。
右側方が鳴った。その瞬間、俺は力一杯スニーカーを放り投げた。
前方の草原が、ガサガサと派手な音を立てて放られた物を受け止める。
タタタタタタタタ
乾いた銃声が可哀想な俺のスニーカーを直撃した時、俺は体を跳ね上げ右に突進した。ここでミスれば一巻の終わり、俺の命に二巻の始まりはない。
タックルは見事功を奏し、奴はバランスを崩した。
機関銃が弾を吐き出しながら弧を描く。
俺は放物線の先に体をよじった。
早く、奴よりも早くあれを手に入れなければ。
走り出した俺のわき腹を、異物感が襲う。
つんのめりながらも何とか掴んだ機関銃を背後に向けたとき、奴はなぜだか血に染まっていた。
タタタタタタタタ
相変わらず耳障りな射出音が空に響き、一人の人間だった物が草原に崩れ落ちた。
わき腹が、熱い。
「それはね、分かりやすいブラフだね」
俺の胴回りに巻かれた包帯を見て、彼女はカラカラと笑った。
「普通当たるはずもない距離から鉄砲撃たないよね、はじめから接近戦狙いだったと思うね」
この人はいつもこうなのだ。
大体、俺が苦労してたどり着いたと思ったら猫なぞ抱いてうたた寝している始末。
「まーまーよくやったよね、町中でやらかしてたら後の処理なんか大変だったもんね」
よくやったよくやったと頭を撫でられ、俺はこれからもこのひとについて行って良いものかと本気で悩んだのだった。
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