3 来客者


 古き魔女の手記を復元した後、リブリは一度頭の中をスッキリさせる為に休眠を取る事にしたのだった。

 そして一晩が過ぎた。

 今なお、リブリの興奮はおさまらない。

 目覚めてすぐに考えるのは、昨日出した結論だ。


「五年……五年かぁ」


 短い。数百年を生きる少女、リブリにとって五年なんてあっという間だ。

 これが『あと百年で〜』とかなら世界救済の解決策を考えたかもしれないが、五年は流石に短すぎる。

 だから、リブリは脳内で『世界の存続』よりも『世界の終焉』について考えた。具体的に言うと、世界が終焉する時の世界録について、だ。


「世界が終わるって事は、世界録という一つの物語の完結を意味するんだろうね。……うん。それは、とても、とても素晴らしいじゃないか! 幾星霜の物語の完結を、歴代編纂の魔女の中で、私だけが立ち会う事ができるなんて!」


 世界録を片手に、リブリは歓喜の声を上げた。

 彼女にとって世界の存続よりも、世界録の完結の方が重要なのだ。


「君は最期の時に何を記すのだろうね。何処かの誰かの痴話喧嘩かな。それとも決して終わらぬ戦争についてかな。あるいは、なんて事のない明日の天気予想かもしれないね」


 鼻歌を歌いながら、近い未来を思い描くリブリ。

 ギュッと本を抱きしめて、目を輝かせているその様子は、思考の内容が『世界が滅ぶ事前提』でなければ何とも可愛らしいものであった。


「あぁ、五年後が待ち遠しい! こんな気持ち初めてだよ! まったくもう、君は罪な一冊だなぁ」



 ***



 世界録の余白があと五年で尽きると分かった数日後。

 世界の滅亡を予測したところで、リブリの日課は変わらない。

 いつも通りに世界録を手に取り、いつも通りに読み進める。


「今日はいつの時代にしようか。昨日は精霊樹の森の騒乱について読んだから、その続きあたりにするかな」


 今日も一日中読書にふけるのだ。朝から、晩まで。

 だからこそ、数百年続く、そんな当たり前の日常に土足で踏み入るモノがいるなんて思いもしなかった。


 コンコンと、家の扉を叩く音がした。


「はーい」


 特に何も考えず、リブリは扉に近づいていく。

 数日前のリブリだったら、すぐにおかしいと気づいたはずだ。

 だが、世界録の事で浮かれていた彼女には注意力と、警戒心が欠けていた。


「うわっ」


 扉を開けた瞬間、黒い何かがリブリの方へ倒れ込んできた。

 油断していたリブリは倒れてきた何かに下敷きにされる。


「ぐへぇ」


 這って扉の前から退く。

 お気に入りの服は泥だらけだ。

 汚れをはたき落としていると、口から愚痴がこぼれた。


「まったく。良い気分が台無しじゃないか。どうしてこうも、良い事と悪い事は同時期に訪れるんだろうね」


 良い事とはもちろん、世界録の完結についてだ。

 では、悪い事とは何か?


「実に百年ぶりの来客だよ。もっとも、私が自ら招いたことは一度もないのにね」


 自分を下敷きにした黒いソレを睨みつける。

 薄汚れた黒いローブに身を包んだ来客者。

 フードは倒れた時に外れたのだろう。

 金色の髪に、色白の肌がよく見える。

 だが、来客者の一番の特徴は――――


「あぁ、厄介事の匂いがぷんぷんする」


 ――――ピンと小さく尖った耳。

 世界録によれば、既に絶滅したはずの種族の特徴。

 玄関に倒れ伏す来客者――精霊人の特徴を持つ青年は微動だにしなかった。


 

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