2 世界終了のお知らせ


 歴代の魔女の手記を調べ始めてから丸一日が経った。

 そして、丸一日をかけても全ての手記を調べる事は出来なかった。

 単純に多すぎるのだ、歴代の編纂の魔女が。

 

 世界録がいつから世界の記録を始めたのかリブリは知らない。先代も、先々代も知らないだろう。

 一度、リブリは世界録の最初の記録が気になって、数日をかけて世界録をさかのぼった事がある。

 世界録はある程度の年代までは、魔女が願った通りのページを開いて読ませてくれる。だが、ある年代を超えると自力でページをめくって読まないといけなくなるのだ。

 その世界録遡り計画の結果、世界録の始まりを見る事は通常の方法では不可能だと分かった。

 リブリはそれが分かった時、たいそう落ち込んだ。次に寝て起きた時にはケロッとしていたが。


 世界録は世界の始まりから現代までを記録する書物。その始まりは少なくとも数千年や数万年前どころじゃ無いのだ。

 ページをめくり続けたとしても、最初のページを拝めるのは何百年先か分からない。もしかしたら数千年以上必要かもしれない。

 そして、そんな世界録を見守る編纂の魔女も、数十人や数百人どころじゃ無いという話だ。


 地下の書庫にあった魔女の手記を手当たり次第に回収し、自分の部屋へと運んでいったリブリは書物の海にのまれていた。

 周囲には乱雑に書物が積まれている。適当に扱われているが、彼女にはどれが読んだ手記で、まだ読んでない手記なのか判別がついているのだ。


「あー、多すぎる。疲れた。文字を読むのは好きだけど、それは物語が好きなのであって、誰かの手記とか正直興味ないんだよね」


 そろそろ休憩でもするかとリブリは考えた。

 これは肉体的に疲れたのではない。精神的な疲れだ。

 編纂の魔女は世界録を先代から継承した時点で成長が止まる。寿命は常人の数倍以上にまで延び、食事も睡眠もいらなくなるのだ。もちろん、不要であって、不可ではない。

 歴代の魔女の中にはグルメな魔女もいたのだろう。というかいた。レシピばっかり書いてある魔女の手記があった。


 座っていた椅子から立ち上がる。


「おっと!」


 長時間座りっぱなしだったからだろうか、一瞬ふらついた。倒れ込みはしなかったが、変にバランスを取ろうとして振り回した腕が近くに積んでいた書物に当たってしまった。

 結果――

 

「……あちゃぁ」


 ――周囲の書物がリブリの代わりに倒れ込んだ。

 積んであった書物の塔が、同じく積んであった書物の塔にぶつかり、周囲は滅茶苦茶だ。

 書庫に眠る本の保存は完璧にしているつもりだが、それにも限度がある。

 長年手をつけてなかった魔女の手記なら尚更だ。

 何が言いたいかというと、手記に潜んでいたホコリが一斉に舞い上がり、リブリの喉と鼻と目を攻め立ててきたのだ。

 リブリは手であおいでホコリを飛ばしながら、その端正な顔をしかめた。


「これ、私が片付けるんだよね……はぁ」


 手記の調査で疲れてるのに、そこに追い討ちをかけてくるのかと、リブリは神を呪った。もっとも、彼女は神なんて信じていないが。彼女にとって神と呼ぶべきモノは世界録ただ一つだけだ。


 ふと、足元を見た。散らかる魔女の手記の中に、一枚の紙が混ざっているのが目につく。

 拾い上げる。それは元々一枚の紙だったのではなく、何かの本からちぎり取られたという印象を受けるものだった。


「一部の字がかすれてて読めないけど……何代か前の編纂の魔女が遺した手記の一部かな」


 紙からは『――代編纂の魔女 メルリス・ルーザーズ』という文字が読み取れた。


「メルリス・ルーザーズなんて魔女知らないなぁ。……ん、待てよ、この魔女は自分が何代目か分かっていたのか?」


 歴代の編纂の魔女の数は膨大だ。それこそ、リブリ自身も自分が何代目なのか分からないほどに。

 それは、ここ数世代の話ではなく、もっと昔から不明の話だ。

 それなのに、この手記を遺した魔女は自らが何代目なのか知っていたようだ。


「これは相当初期の魔女が遺したものなのかな……なんで形が残っているんだろ。紙とインクが特別なのかな? それとも書き方に特別な術を使ってるのかな?」


 リブリは頬を赤く染め、手記の断片に顔をグッと近づけた。


「匂いは普通……いや、ホコリっぽいな、コホン。歴史を感じる古紙って感じだ。文字が書かれてるのは表面だけ。そして、その文字もかすれていて読みにくい。読めるのは魔女の名前くらいかな。……これは、復元が必要だな」


 世界録の異常について調べるはずだったのに、既にリブリの興味は古い魔女の手記の断片に向いていた。

 さっきまで感じていた疲労も何処へやら、全神経を断片の復元に割いた。




 そして、魔女の手記を調査し始めてから、更に丸一日が経過した。

 というのも、メルリス・ルーザーズの生きていた時代と、リブリの生きている時代とで文法や言葉の意味が違っていたのだ。

 同じだったのは世界録の名称と、編纂の魔女という言葉くらい。

 リブリは様々な時代の言葉を学んでいるが、メルリスの生きていた時代の言語は習得範囲外だった。

 

「よし。これで大体の意味は分かったかな。まあ一部よく分からなかった所もあるけど、ほとんど読めるし良いや」


 復元と翻訳が終了した。

 内容は他の魔女の手記と似たようなものであったが、リブリには気になる文があった。


「『世界録は『世界』という物語そのもの。その物語が終わる時、世界も終わりを迎えるだろう』ねぇ。これってつまり、何らかの要因で世界が滅ぶ時、世界録にある残りの白紙のページが尽きるって事かい?」


 ――そして、とリブリは言葉をこぼす。


「『世界録の完結を――――』、か」


 メルリス・ルーザーズの手記を読み、そこに記された言葉を理解すると、ストンと妙な納得感が生まれた。

 世界録の余白は『世界の未来』そのもの。それが無くなるという事は『世界の未来』が無くなる、つまりは終焉を迎えるという事。

 何が原因で世界が終焉を迎えるのかは分からないが、世界録の白紙のページが世界の残りの寿命というわけだろうか。


「なるほど……理にかなってるね。というか、そのまんますぎだ」


 リブリは考える。

 メルリスの手記の推測が全て正しいとまでは思わないが、まったくの的外れだとも思えない。

 それと、『世界録の完結を――――』の“――――”部分に何が入るのか分からない。文脈から考えると、“目指せ”とでも入るのだろうか。それとも逆に“止めろ”でも入るのか。


「んー、目下一番の問題は後どれくらいで世界録の余白が尽きるのか、だね」


 リブリは世界録の白紙のページを調べ始めた。


「なるほどなるほど……」


 今も記録され続ける世界録のページをめくる。


「あー、このスピードで綴られるなら……あと、もって五年ってところかな」


 あれ、と不思議に思ったリブリは、もう一度世界録をめくった。

 何度も何度も確かめるように白紙のページをめくっていく。

 そして10巡くらいした後に、パタンと世界録を閉じて呟いた。


「――あと五年で世界は終焉を迎える」

 

 今のリブリの心情を一言で表すなら――


「マジかよ」


 ――驚愕と不安。そして、溢れでる歓喜、だろうか。



 

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