創造学園

桐山千治

卒業式とタイムカプセル

信じられないだろうけれど、確かに僕たちは出会っていた。

星番号五六八。校門を抜けた目の前にある大中小三つの星砂時計。創造学園のシンボルである星砂時計は、創立から今も絶え間なく動き続けている。

創造学園第四十六期生卒業式も終わった。長いようで短いような、流れ星みたいな学校生活だった。も

僕はどれくらい変わることができただろう。簡単に諦めることも弱音を吐くことも減った気がするけれど。はっきりと成長した部分は自分でもよくわからない。

「リリアン、泣いてただろ」

「チャノスケも涙目だったでしょ」

「涙目は『泣く』に入らないから」

 僕の目の前を歩く二人のやり取りは当たり前のものだった。ヨシノが少し困ったように微笑みながら一歩後ろを歩いているのもあの時と変わらない。六回生の時にこのチームで集まってからもう。十二回生も今日が最終日。

相変わらず生意気な物言いをするチャノスケは、ずいぶんと背が高くなった。もともと、背が高い方だったが、僕の背丈が伸びてもチャノスケはそれ以上に伸びていた。最近、リリアンはずっと伸ばしていた髪を切った。背中までの長さだったのが肩上まで短くなった。理由を聞いてみたら、『何となく』と少し嬉しそうに誤魔化された。カリキュラムの時に話すようになってから、つかめない人だなとは思っていたけれど、しばらく経ってもつかめないままだった。ヨシノはよく話すようになった。クールで口数は少ないけれど、いつものメンバーと集まったら饒舌になる。それが嬉しかった。

僕たち全員、制服の胸元に飾られた学園バッジがいつもより様になっている気がする。

 

式が終わりひとしきり皆と別れを惜しんだ後、チャノスケがずんずんと近づいてきて僕に『ついてこい』と言った。どうしたんだろうと思っていたら、少し前に退去したばかりの生徒寮の前まで連れてこられた。

「ちょっと荷物多いかもなぁ」

「……そのために僕たちを呼んだの?」

「せーいかーい」

「ジューク司令官言っていたじゃん」

「知ってるよ、『卒業式までに荷物を持って帰れ』だろ?」

「怒られても知らないよ?」

深いため息が自然と出てしまう僕に構わず、チャノスケは私の右腕を引っ張る。半強制的に入った生徒寮は今日卒業したばかりなのに、ステンドグラスの窓がドアが少し古くなっているライトが、すごく懐かしく見えてくる。

もうこれからはここではない所で生活していくんだ。

「管理人さんに台車借りてくる?」

「それだとバレるだろっ」

じゃあ何で前もって片づけないの。なんて小言が出てきそうになるけれど、友達になってからこういう人だってこと、わかっていた。

チャノスケとリリアンとヨシノ、そして僕以外いない寮の廊下。そのせいか、足音と声がいつもより大きく響いている。

「なんで私たちも巻き込まれてるの? カイサクだけでも良かったんじゃない。ね? ヨシノ」

「人数多いと逆に作業が滞るかと」

「いいじゃねえか。次会えるのいつになるかわかんないだろ」

「待って、僕だけで良かったってどういうこと?」

 自然と笑い声が咲いていく。ここにもう一人いたことをみんなは忘れていない。今何しているんだろう。元気にしているだろうか。本当にふとしたときに気になって仕方がない。

 創造学園の生徒寮は一部屋を二人で使う。チャノスケと同室だったエリオの方は、チリ一つなくきれいさっぱり片付いている。それなのに、チャノスケの方は。

「あー、やっぱり多いなあ」

 頭をポリポリと掻いてなぜか他人事なチャノスケを見て、苦笑しか出てこなくなった。それも今この時の感情かと思うと、急に寂しく感じてくる。

「この荷物の山、今から送って間に合うの?」

 ヨシノはチャノスケの方へ心配の目を向けるも、チャノスケは相変わらず平気そうな態度だ。

「仕事始まるのはもう少し先だからな。もうちょっとゆっくりできるんだよ」

 卒業後、チャノスケは宇宙船製造の仕事に就くことになっている。ヨシノは星の研究職に就くために進学。リリアンは学園の司令官になるために司令官助手として働く。

 僕は。

 チャノスケが僕たちを急かして、早速荷物をまとめ始める。いつ終わるかな。まあいいっかな。

 時々『それ、こっち』と指図されながら、とりあえず目に入った物から片付けていく。小声で文句を続けていたリリアンも、なんだかんだ手伝ってあげている。ヨシノと目くばせをしたら、ふっと微笑みがこぼれた。

「カイサクはいつからなんだよ」

「もう、すぐ始まるよ。入学後すぐに訓練始まっちゃうから」

 

僕は宇宙船のプロパイロットになるために、パイロットの訓練学校に進学することになっている。何度も諦めかけた夢を叶えるために、あの子に胸を張って報告できるように、自分で決めたことだ。今以上に偏見の目を向けられるかもしれない環境に飛び込むことは、正直恐怖を感じた。だけど、それ以上に『挑みたい』が勝った。

 六回生の時の長期カリキュラム。あの時に、自分は少し変われた気がする。父親の光が作る影の中でずっと潜んでいた僕をあの子は見つけてくれた。

『応援してるね。私も頑張る』

 僕と似ていて自信が無い子だったけれど、僕よりもずっと大人で『変わること』に一生懸命だった。あの時に、あの子が差し伸べてくれた手を掴まず影の中に居続けていたら、自分はどうなっていたか。想像するだけでも怖いと思ってしまう。


「オレ、カイサクのこと苦手だったんだよ」

「え?」

 僕が驚き、手を止めているのにチャノスケは淡々と荷物と向き合っている。

「あぁ、私も思ってたわ」

 リリアンの手も止まらない。

「実は私も……」

 ヨシノの手は少し止まるも、すぐに動き出した。

「噓でしょ?」

 僕だけの感情が動いているような、不思議な空間に放り出されたみたいだった。冗談ぽく笑う僕とは正反対にチャノスケは真顔だった。

「みーんなからチヤホヤされてんのに、いつも涼しい顔してさ。最初は何だこいつって思ってたんだよ」

 リリアンもヨシノも小さく頷いている。少し複雑な気持ちだけど、素直にチャノスケの次の言葉を待つ。良いところも悪いところも含めたところをお互いに見てきた学園生活だった。

「でもさ、カリキュラムの時に俺たちのこと助けてくれただろ」

「仲間でしょ。当たり前だよ」

 ぴたっとチャノスケの動きが止まり、はっと息を一瞬無意識に止めてしまった。

「あの時、俺を見捨てても良かったのに、助けてくれてさ」

 六回生の時にカリキュラムで僕たちが起こしてしまった事件は、後輩たちに脈々と語れているらしい。生徒が神様を怒らせてしまった事件は後にも先にもこの一件だけで済ませたい。

「その時に、仲間だと思ってくれてたんだって確信したんだよ」

 真っ直ぐと澄んだチャノスケの目に情けない僕の顔が映し出される。

「心開いてるのか、閉じてるのかわかんないんだもんな、カイサク」

 そう言われると返す言葉もない。それくらいに周りは父親を通してでしか僕を見ていないと思い込んできた。四人に出会う前までは。

 なんだか鼻の奥がツンとするようなくすぐったい感覚が襲ってくる。

「泣くんじゃねえよ」

「泣いてないよ」

 心を開けない自分には『友達』なんてできないと思っていた。だけど、こうして今、くだらないことも真剣なこともフラットに話せる仲間がいることの尊さを本気で感じている。チャノスケがいたずらな笑顔を作りながら肘で小突いてくる。

「なんだよ」

「意外と泣き虫だよな」

「うるさいよ」

なんでこの場にあの子がいないんだろう。もし今、この場にあの子がいたら僕と同じように少し涙目で優しく微笑むんだろうな。

「ちょっと、そこ肩組んでないで早く片してよ」

「これ、今日中に終わるかな……」

 永遠に続かないこの時間を抱きしめたい。そう思える瞬間はこれからの人生で何回訪れるのだろうか。

「手止まってんぞ」

「ごめんごめん」

 

 いつの間にかみんな真剣に荷物をまとめ始めた頃。

 ヨシノがふと廊下の方を見ながら何か考え事をしていた。

「ヨシノ?」

 リリアンの問いかけに僕とチャノスケもドアの方を注目する。

「なんか、聞こえる」

 ヨシノがそう呟いた時にはもう、その音の正体がなにか、四人とも察してしまった。

「逃げろ!」

 チャノスケの咄嗟の声に僕たち四人は走り出す。リリアンが少し出遅れたが、無意識にリリアンの手を引いていた。まだ、荷物が散乱しているチャノスケの部屋を僕たちは後にした。

寮の廊下を階段を走る四人の後ろからジューク司令官の怒号が聞こえた。

寮を出て、校庭まで走り切る頃には何かがおかしくて息を切らしながら四人で大笑いしていた。

「逃げる必要、なかったよね!?」

 今更冷静になってリリアンが叫ぶ。みんな息が切れているせいで上手く会話ができなかった。

「いや、もう、反射だった」

「後で余計に怒られるよ」

 ヨシノに痛いところを刺されたチャノスケはふざけたように目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻る。それがまたなぜかおかしくて吹き出しそうになる。それを見ていたリリアンに頭をはたかれてしまった。

「今戻ったら、まじで怒られるよなー」

「逃げていなくても怒られていたわよ」

 どうしようかと、だらだら解決策も考えないで歩いている中、チャノスケが声を上げた。

「タイムカプセル開けようぜ」

 思わず、笑いながら驚きの声を上げてしまった。チャノスケの気持ちの切り替えの早さにはいつも驚かされる。それはヨシノもリリアンも例外ではないようで、少し引いた表情でチャノスケを見ていた。

「ここら辺に埋めたよな?」

 仕方ないな、と三人で目を合わせれば、いつもの温かい空気が僕たちの間に流れ込む。


 僕たちは六回生カリキュラムが終わった後に、チーム六のメンバー全員でタイムカプセルを埋めた。思い思い手紙や記念になるものを一つのカプセルに入れた。

 チャノスケがうきうき心身浮かせながらスコップを取りに行った。いつ掘り返そうかとは決めていなかった。全員では再びタイムカプセルを見ることができないと、僕と椎奈だけが知っていたからだ。他の三人はそのことを知らない。

「椎奈も一緒に卒業したかったわね」

 リリアンは独り言のように言葉を落とす。それを拾い上げるように『そうだね』とヨシノがぽつりと発する。

 椎奈に対する気持ちはみんな一緒だった。だけど、椎奈と約束したことが一つある。それは破れなかった。椎奈が不思議な力でこちらの世界に来てしまったことは、二人だけの秘密にしよう。その間には誰も入らないようにしよう。椎奈がそう望んだのだ。椎奈は親の用事で別の星に住むことになった。みんなそう思っている。

 椎奈がカプセルに埋めたものは今まで知らなかった。

「持ってきたぜー」

 僕とチャノスケふたりがかりで穴を掘っていく。リリアンとヨシノは微笑ましい様子で二人を応援していた。青春、ってこういうことなのかも、と冷静に俯瞰していた。

 ざくざくっと土の感触から突然カンっという鋭い感触と音が伝わってきた。

「もう少しだな」

 カプセルの周りを掘りながら、今か、今かと期待値が上がってくる。

「おお~」

 四人の感嘆の声と共に掘り起こされたカプセルは、埋めた当初よりも少し色あせていた。リリアンが代表してカプセルのふたを開けると、そこにはもう既に懐かしさを放っている宝物が眠っていた。

 四人それぞれ、自分が埋めた宝物を懐かしがりながら手に取っていく。

「見て、これ」

 ヨシノが差し出したのはカリキュラム終了後に五人で撮った写真だった。まだ幼い写真の中の僕たちは輝く星のような素敵な笑顔を浮かべている。久しぶりに見る椎奈の顔も相変わらず笑顔だった。あの時の椎奈はヨシノと同じくらいの背丈だったから、少しは伸びてるのかな。

 無意識に四人が避けていた一枚の手紙をヨシノが手に取る。

「読んでみようぜ」

「え、読むの?」

「え? 読まないのか?」

「……読む?」

 三人が僕の方をパッと見る。

「え?」

「カイサクが決めていいわよ」

 リリアンの言葉が合図だったみたいにヨシノが僕に手紙を差し出す。

「カイサクが一番仲良かったしね」

 受け取った手紙には丸っこい文字で『未来のみんなへ』と書かれていた。緊張する手で封を切る前に、一度三人の顔を見る。三人とも安心する表情でその時を待っていた。


『 未来のみんなへ

 ここでみんなと別れるのは悲しいけれど、また会えることを祈っています。絶対に忘れないよ。今までありがとう!』


 簡潔で別れる悲しさを感じさせないところが椎奈らしさを感じた。形容しがたい温かな感情がじわっと胸の中に広がる。やっぱり、僕たちは確かに出会っていたのだ。夢みたいな不思議な出会いの中でかけがえのない宝物を手に入れた僕たちは、これから大人になっていく。

 そのあと、寮の入り口前で仁王立ちしていたジューク司令官に怒られたのは、今でもいい思い出だ。


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創造学園 桐山千治 @kotoha10yuu

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