第4話
「ねぇ先輩、あの人今日も来てますけど、先輩の彼氏さんですか?」
後輩の愛花にそう言われて、私はベンチの方を見た。
やっぱり、今日も来てる。
喫茶店で別れてから、何故か海は私の学校へ来るようになった。
「違うわよ」
「え~、先輩、そんなこと言って。練習試合でもないのに、ほとんど毎日来てるんですよ。もうバレバレですよ」
「ほんと、違うからね?」
そう本当に違う。
だって海はそんなんじゃない。
あれから駅にも来てなかったし、話してはいないけれど、私が失敗したのを笑いに来きてるだけなんだ。
「で、何で来てるの?」
部活が終わり、制服に着替えた私は校門にいた海に声をかけていた。
ほんとなんでまで待ってるの?
あれから1時間以上たってるんだけど。
「斉藤さんがお兄さんのことをまだ諦めていないかと思って見にきただけだよ」
「あっそ」
それで何日も来てるなんてバカみたい。
私はあの後すぐに諦めたのに。
もうお兄ちゃんの部屋には何もない。
お兄ちゃんから唯葉さんの連絡先は聞いたが、会うことも話すこともしていなかった。
「そっか、ならよかった」
「え? 私何も言ってないんだけど?」
何も言ってないよね?
ただ軽い相槌を打っただけだと思うんだけど。
「いや、顔を見たらわかるよ。もうお兄さんとは――」
「それ以上言わないでよ」
諦めたことを他の人に直接言われたくない。
一週間以上経ってるけど、まだ私は――
「でも本当に良かった。斉藤さんが元気そうで」
「……何が元気そうなの?」
「え、いや、斉藤さんが――」
「私がどれだけ苦しかったと思ってるの? どれだけ泣いたと思ってるの!?」
「それは――」
「今日は帰って。もう来ないで」
「分かった」
そう言って、海は駅の方へ歩いていった。
言い過ぎたかな。
でも海は何も変えていないんだもん。
私だけがお兄ちゃんを諦めて、海はまだ変わってない。
そんな人に私のことなんて――
「あれ、これって」
足もとには大量の付箋が貼られたノートが落ちていた。
「これって海のだよね」
本町海って書かれてるし、来たときにはなかったはず。
どうせただ付箋や色ペンぬって勉強っぽいことしてるだけだろうけど。
見てみるだけならいいよね。
「ちょっとだけ」
ペラッと一枚めくった先には「姉ちゃんのために僕はやる」と書かれていた。
「やっぱり大人になるって言って、何も変わってないじゃん」
次のページからは問題が上に書かれてあって、下には回答がずらっと書かれてある。
問題集の問題を解いていたのか、周囲には解説も書かれてあった。
「……すごい、海ってこれだけ勉強してるんだ」
医者を目指してるっていうからどんなものかと思ってたけど、こんなに頑張ってたんだ。
でも――
「変わってないんだよね、海も」
ページの端には「姉ちゃんのため」と書かれてあった。
どれだけシスコンなのよ。
「これで最後――え?」
何よ、これ。
「姉ちゃんのために医者になる」という文字が二重線で訂正され、下にはこう書かれてあった。
「斉藤さんのために僕は変わる!」
同じ電車に乗っていた弟妹は大人になりたい。 結城瑠生 @riru
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