第18話 ある超能力者のヒミツ
私が割り込んで来たことに、
「どいてくれ、
「どかないよ。桐神君に、人を傷付けさせたくないから」
するどい視線と一緒に右手を突きつける桐神君は、少しだけ眉間にしわをよせた。
「……邪魔をするなら、君も巻き込むことになる」
「本性現したわね桐神!」
「下がってろ白水! オレがぶっとばして――」
「待って二人とも!」
後ろから聞こえる怒った様子の
ここにいる全員でかかれば、桐神君をつかまえることは出来るかもしれない。でも、私はそうはしたくなかった。
力任せじゃなく、話し合って解決させたい。
「桐神君はそんなことしないよ。私たちに、チカラをぶつけたりはしない」
「……ここまで来れば、もう認めよう。僕は超心会のスパイだ。君たちが知らないような、社会の闇にある組織の一員なんだ。人に向かって平気で超能力を使うような人間なんだよ。だから」
「ううん、桐神君はちがうよ。超能力とか関係なく、人を傷付けたりしない」
桐神君がその気になれば、サイコキネシスで私の体なんて簡単に吹き飛んでしまうだろう。でも、そうはならないって信じてる。
だから、怖いなんてちっとも思わない。面と向かって話ができる。
「初めて呼び出された日、教室で声をかけてくれたよね。自己紹介の時も、一番に私の味方をしてくれたよね。私すごくうれしかったんだよ? 誰とも話さないようにひっそり生きようとしてた私を変えてくれたのは、桐神君が最初なんだよ?」
「そんなの……やさしさじゃない。信頼を得た方がスパイとして動きやすいって、計算しただけで」
「そんなことない。昔からたくさんの感情をぶつけられた私には分かるよ。あの時の桐神君は、本気で私を助けてくれたって」
目と目を合わせて、私は言葉をつむぎ出す。
桐神君の顔に、あせるような感情が見え始めた。
「どうして……どうしてそう、かたくなに信じるんだ。白水さんなら知ってるでしょ? 人には裏表があるって。君の知っている誰にでもやさしい桐神
「それはちがう。今の桐神君も、いつもの桐神君と同じだよ。私たちを遠ざけるために、わざと悪者を演じてるだけ」
自分の気持ちをまっすぐ人に伝えるのなんて、ずっと昔にやめたと思ってた。
だけど今は、私の心をそのまま伝えるんだ。テレパシーじゃなく、自分の口から。
「超能力なんて使わなくても分かるよ。桐神君にはまだ、ウラがある。本当の気持ちを隠してるんでしょ?」
「……っ」
「超心会なんて所にいるのも、何か事情があるんでしょ? 本当はこんなことしたくないって、思ってるはずだよ」
「何が、分かるって言うんだ……これは僕の役目。使命なんだから」
私は一歩前に踏み出した。桐神君はたじろいで、一歩後ろに下がる。
「本当のことを話してよ。何を言われても、私は桐神君を嫌いになったりしないよ。桐神君は私の味方でいてくれた。だから次は、私が桐神君の味方でいる番だから」
「味方なんて……必要ない。僕は犯罪者の一員だ。君たちとは一緒にいちゃいけないんだよ」
いたらいけないなんて、まるで自分を押さえつけてるみたいな言い方。本当に『必要ない』って考えてるとは思えない。
きっと、ゆらいでるんだ。私たちの知ってるやさしい桐神君と、超心会の一員としての桐神君が、心の中でせめぎ合ってる。
だったらまだ、説得できるはず。
「桐神君はどうしたいの? 本当にここにいたくないの?」
「僕の考えは関係ない。組織の指示にしたがっていれば、ただそれで……」
冷や汗が桐神君の頬を流れる。
悩んで、苦しんでいるかのような表情。これが本心だとは思えなかった。
「……もういいよ。これが最後の警告だ。どいてくれ」
桐神君の目に力が入った。とたんに、体が重くなる。超能力を使ったんだ。
それでも、全力じゃないことぐらい分かる。やっぱり桐神君はやさしいよ。
「桐神君が本当のことを言ってくれるまで、私はどかないよ」
体は重いけど、動かせないほどじゃない。私はもう一歩近づいた。けれどサイコキネシスが強くなって、すぐにその足も止まる。
「僕は君たちの信頼をうらぎったんだ……そんなヤツを、どうしてまだ信じようとするんだ」
私の体をしばる力が強くなった。もう指一本動かせない。
「そんなの、決まってるよ」
――でも、言葉は届く。
「私が、桐神君を友だちだと思ってるからだよ!」
想いを伝える。
その一心で、私は言葉を投げかけた。
バチッ! と、頭の中で光が弾けた。
目の前にいたはずの桐神君や、周りの教室の景色。その全てが消えて、目の前が真っ暗になった。
何も見えない。何も聞えない。まるで、記憶の海にもぐり始めた時みたいに……。
視界にノイズが走って、思わず目をつぶる。次に開いた時には、私は知らないお家のリビングに立っていた。
「え……?」
見たことのないお家。私の記憶にはない景色だ。もしかして、誰かの記憶にもぐっちゃったの……?
下を見下ろすと、私は制服のままそこに立っていた。
やっぱり変だ。
これじゃまるで、記憶を見ているんじゃなくて、記憶に入り込んでるみたい。
『――そういう訳ですので、彼は今後、我々があずかることになります』
ふと、男の人の声がした。
顔を上げると、リビングのテーブルを囲んで、五人くらいの人が話し合っている所だった。
黒いスーツを着た男の人が二人。その向かい側に、大人が二人と子どもが一人。その話し合いの場には、重苦しい空気が流れていた。
『彼のチカラは我々が有効活用してみせます。超能力は、選ばれし者にしか使えない、特別なチカラなのですから』
『ええ……この子をお願いします』
スーツの男の人が笑みを浮かべる。どう見てもあやしい人なのに、向かい側のお母さんとお父さんらしき人は、その人の言葉を聞いて安心したような顔をしていた。
「あっ!」
その中の五人目。ずっとうつむいている男の子を見て、私は思わず声をあげた。
小学校に入ったばかりのような年齢だけど、『今』とそっくりだったから、一目でわかった。
「き、桐神君……?」
私の声は聞こえていないはずなのに、小さい桐神君は、ふしぎそうに私のいる方を向いた。
その直後、またノイズが現れた。
ジリジリ……と目の前の景色がゆがんで、また別の場所に移った。今度は教室みたいな場所だった。でも窓や黒板がなくて、広い部屋の真ん中に、ぽつんと席がひとつあるだけ。
そこに、さっきと同じ昔の桐神君が座っていた。
『父さんは? 母さんはどこ?』
『二人にはもう会えない。お前の両親が我々に引き渡したんだ』
桐神君の目の前には、さっきの黒スーツの男が立っている。小さい子どもに向けるようなものじゃない、きびしくて圧のある目をしていた。
『今日からお前は、我々「超心会」の一員だ。ここだけが、お前の居場所なんだ』
上から言いつけるような、きびしい声色で男の人はそう言った。
『僕のいばしょ……?』
『そうだ。ここ以外に、お前のいるべき場所はない』
やっぱり、ここは桐神君の過去なんだ……。
また、男の人の声がとおざかる。ビデオの早送りみたいに、ノイズ混じりの景色が目の前を流れていく。
それから、私はいろんな景色を見た。部屋に閉じ込められたまま、ずっと何かを教え込まれている桐神君。超能力を使った戦い方を訓練されている、少し大きくなった桐神君。
そのどれもが、やさしさや楽しさの欠片もない、とてもつらい記憶だった。そばで見ているだけだった私も、心が痛くなるような。
「桐神君はずっと、こんなことを……」
ある時、全ての景色が真っ黒になった。右も左も黒い、さみしい世界。
ここが最後――いや、いちばん奥なんだ。そう直感で分かった。
『僕はただ、居場所がほしかったんだ』
真っ暗闇の中心に、桐神君が立っている。私たちが知ってる今の姿だったけど、一度も見た事がない顔をしていた。どうしようもない何かに疲れてしまったような顔だった。
『両親は僕の超能力を気味悪がって、組織に僕を売った。そこからはずっと、超心会だけが僕の居場所だった』
桐神君は、私の方を見て話をする。
ここは過去の記憶じゃなく、桐神君の心の奥底。目の前にいる彼が、桐神君の本心なんだ。
「桐神君は、そこにいてしあわせなの……?」
『そんなわけないよ。でも、使えないコマは捨てられる。僕の居場所は超心会にしかないんだから、したがうしかないんだ』
いつもの笑顔とはちがう。見ているだけで悲しくなるような、消えてしまいそうな笑顔のまま、桐神君はつぶやいた。
そんな桐神君を見ていると、私は自然と声をかけていた。
「だったら、私たちがいるよ」
『……え?』
「私たちが――超能力教室が、桐神君の新しい居場所だよ」
ゆっくりと、心の中の桐神君に歩みよる。いつも人の目を気にしてビクビクしてる私だけど、今だけは、しっかりと本音を言えた。
「大丈夫。きっとみんなも受け入れてくれるよ」
『……僕は君たちをうらぎった最低なヤツだよ。今さらゆるされるはずが……』
「それはみんなに話してみないと分からないよ。テレパシーでも使わない限り、人のココロなんて分からないんだから」
そう言って、私は笑って見せた。
『そう、かな……』
「うん。きっと大丈夫。私はずっと味方だよ」
悲しい表情をしていた桐神君も、つられたようにほんのりと笑みをうかべた。
『ありがとう。
いつものやさしい笑顔を取り戻した桐神君の姿が、すうっと消えていく。
やがて暗闇から飛び出した私の意識は、現実に戻って来た。
「……っ!」
ハッとして、辺りを見渡す。
周りにはみんながいて、目の前には桐神君が立っている。私がもぐってから、まだ数秒も経ってないみたいだった。
「今のって……」
「桐神君にも、見えてたんだね」
いつの間にか、私を押さえつけていたサイコキネシスはなくなっていて、手を降ろした桐神君は、バツが悪そうに目をふせていた。
「白水さんの気持ちはうれしい、けど……僕はもう、ここにはいられないよ。ここを僕の居場所にはできない」
「どうして?」
「任務に失敗した僕は、超心会にいられない。かと言って学校に通うこともできない。犯罪者の仲間は捕まるしかないからね」
「それは大丈夫だよ」
私は迷いなく答えた。そして、
「ね、先生」
「ああ。そういう約束だからね」
「……どういうことですか?」
困惑する桐神君へ、先生は肩をすくめて答える。
「『スパイを見つけても捕まえたりせず、普通の生活を送らせること』。これが、協力するにあたって白水君が出した条件なんだ。僕の仕事は増えるけど、まあ良い結末なんじゃないかな?」
「だから、桐神君はここにいていいんだよ」
心の中でも見せたみたいに、私はもう一度笑った。いつも私を安心させてくれた、桐神君のように。
「また一緒に授業を受けたり、みんなで集まったりしようよ。私たちは、五人で一緒なんだから」
「白水さん……みんな……」
こわばっていた桐神君の表情が、少しずつほぐれていった。
「ありがとう……」
まるで、長い間凍っていた心が溶けるような。今まででいちばん、あたたかくて自然な笑顔だった。
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