第17話 大切なキオク
私と
先生の記憶にもぐろうとした時は、距離が離れすぎたせいで失敗したかもしれないから、今回は目の前で姿を見ながらテレパシーをつなげることにした。他のみんなも、周りで静かに見守っている。
「それじゃあ、いくよ」
「無理はするなよ」
「うん。ありがとう」
心配してくれる黒見君にお礼を言って、目を閉じた。
目に映る景色から光を消して、自分の意識を内側に持って来る。まぶたを閉じれば、深い海の中と同じ真っ暗闇。
(超心会のスパイ……そんなものが本当に、この中にいるのか)
黒見君の心の声が聞こえて来る。心の川に来たんだ。
あとは、川をたどって深い海までもぐっていく。二回目だけど、やり方は体が覚えてるみたいだった。私のチカラが、行くべき場所へ連れて行ってくれる。
(誰かが犯罪者の仲間だなんて考えたくもないけど……
耳から入って来る音はいつの間にか消えていて、黒見君の声だけがひびいている。
心の声に集中するんだ。もう少し深く、もっと深くに……!
『――ねえ、心の声が聞こえるって、どんなかんじなの?』
目の前に、ノイズが走った。
ぼやけた視界の中に見えるのは、一人の女の子。私がうつむいているせいで顔は見えない。着ている制服は、私が通ってた小学校のものだ。
また、ここに来たんだ。私のトラウマ……私の過去に。
『あっ、ごめんね。言いたくないなら良いんだ。ちょっと気になっただけだから……』
話をしてるんだろうけど、どうしてか私の声は聞こえない。ノイズ混じりなせいで、目の前にいる女の子の声も聞き取りづらい。
でも、なんだろう。この前とはちがって、この記憶からはイヤな感じはしない。どうして?
『みんなはひどいことばっかり言ってるけどさ、私は良いと思うよ、超能力。かっこいいじゃん!』
私の記憶のはずなのに、このやりとりは覚えてない。目の前の女の子が誰なのかも分からない。
私のテレパシーを知ってるってことは、私が嫌われるようになった後のはず。なのにこの子は、どうしてこんなに明るく話しかけてくれるんだろう。
『あ、ごめん……話がそれちゃったね……実は私、あした引っ越すことになったんだ。もうすぐ卒業なのに、学校も変わっちゃうの。ギリギリになるまで言えなくてごめんね』
どうしてだろう。この子の声を聞いてると、胸があたたかくなる。昔の記憶なんて、全部悪いモノのはずなのに。
『だから白水ちゃんとは、もう会えなくなっちゃうけど……私は――』
いや、違う。小学校の頃にも、良い記憶はあったはずだよ。
いじめられていた子を助けて、代わりにさけられるようになって、それでも私のことを好きでいてくれた友だちが、一人だけいた。
『私は、ずっと白水ちゃんの味方だからね!』
嫌なトラウマと一緒にして、記憶の奥底に閉じ込めていただけなんだ。自分にも見つけられないような奥深くに、私が勝手にしまい込んじゃっていたんだ。
『べつべつの学校になっても、ぜったいまた会おうね! やくそく!』
広がっていたノイズが一気に消えて、視界に光が差し込んだ。
私の真似をして一緒に伸ばし始めた黒い髪。宝石のようにキラキラ光る瞳。そのどれもが、記憶にないはずなのに懐かしい。
顔を上げた過去の私が見たのは、たったひとりの『友だち』の、まぶしい笑顔。
見えたのは、その一瞬だけだった。
次の瞬間には、目の前が真っ白な光に埋め尽くされていた。目を閉じるヒマもなく、景色は一変する。
――ここは、墓地……?
私の体と同じくらいか、ちょっと大きいくらいのお墓がきれいに並んでいる、広い墓地だった。こんな所、私は知らない。ってことは、ここは私の記憶じゃない。
ゆっくりと辺りを見回すと、見たことのある顔を見つけた。黒見君だ。
ひとつのお墓に水をかけて、墓石をきれいにしている。
もしかしてこれは、黒見君の昨日の記憶……!?
ついに、記憶の海にたどり着いたんだ! 成功した!
……って、一人で喜んでる場合じゃないよ。黒見君がスパイかどうか確かめるために、しっかり見ておかないと。
他の人は誰もいなくて、広くて静かな墓地に、黒見君はひとりだった。
お供え物のお花をそえて、お線香をたく。なれた手付きで整えていくのを、私はしばらくじっと見ていた。
たしか、妹さんのお墓参りなんだっけ。
勝手に記憶を見ている立場で無視するわけにもいかなくて、私も心の中で手を合わせた。
『そっちで元気にしてるか?』
手を合わせてつぶっていた目を開きながら、黒見君はお墓に語りかけていた。
『兄ちゃんは中学生になったよ。学校では、他の超能力者もいたんだ。びっくりだろ。俺たち以外にもいるみたいだ』
『俺たち』ってことは、もしかして妹さんも超能力者だったのかな……?
黒見君が初日に、自分以外の超能力者がいることは知っていたみたいなことを言ってたのは、そういう意味だったのかも。
妹さんに話しかけている黒見君は、いつもと雰囲気がちがって見えた。
いつもより表情がやわらかくて、けれど少し悲しそう。家族を失うのがどれだけ辛いことなのかは、私には知りようもない世界だ。
こうして盗み聞きしているのが申し訳なく思って、私は少しの間だけ耳をふさぐことにした。人の記憶を見るのは初めてだけど、やろうと思えば聞こえなくすることもできるみたい。
せめてお墓参りの間だけでも、二人だけの時間にしてほしい。
『……それじゃあ、また来るよ』
しばらく経ったあと、黒見君は別れを告げて、墓地から出て行った。
黒見君が付けていた腕時計をちらっと見ると、ちょうど学校で先生が襲われた後の時間だった。けれど黒見君は、誰かと連絡するそぶりもなく、普通に家に帰って行く。
――黒見君は、スパイじゃなかったんだ。
過去を覗いて、ひとつの答えにたどり着いた。きっと、それが合図になったんだと思う。
また目の前が真っ暗になって、気付いた時には、私は教室の真ん中で立っていた。
「こころ、大丈夫!?」
いや、立ってはいなかった。
「ありがとう、恵ちゃん。今回は大丈夫だったよ」
嫌な過去も見てないし、黒見君がスパイじゃないことも分かった。
保健室に運ばれた時みたいに苦しそうにしてないことが伝わったのか、恵ちゃんはほっとため息をついた。
「それで、どうだったの?」
「うん。黒見君は違ったよ」
恵ちゃんに支えてもらいながら立ち上がって、答えを待っているみんなに、私は伝えた。
「黒見君は怪しくなかった。スパイじゃなかったよ」
「……そうか。それじゃあ、決まりだ」
「君が超心会のスパイだね、桐神
「僕、ですか?」
真正面から大人に視線を向けられても、桐神君は眉をひそめるだけだった。むしろ黒見君の方がおどろいてる。
「今のは俺がスパイじゃないことが分かっただけじゃないですか。どうして桐神になるんですか?」
「騙して悪かったけど、実はもうしぼり込んでいたんだよ。黒見君か桐神君かのどちらかがスパイだとね。黒見君がシロだというのなら、君がクロだ、桐神君」
「……冗談言わないでください。僕が犯罪組織のスパイだなんて」
「冗談だと思うかい?」
先生の声が低くなって、桐神君は口をつぐんだ。
「君と黒見君以外はみんな知っている。そのうえで協力してもらったんだ」
「先生は……みんなは、本気で僕をうたがっているの?」
桐神君はとまどった様子で私たちを見渡した。
今の段階では、桐神君がスパイだってことになる。悲しいけど、否定はできない。
「……そっか。なら、しょうがないか」
私たちを見て冗談ではないと分かったのか、桐神君はうつむいて、ため息をついた。
認める気になったのかな……。
そう思っていた、その時。
いきなり顔を上げた桐神君は、目の前にいる咲架先生へ右手を向けた。
「待って! 桐神君!!」
何をしようとしているのかを悟った私は、無意識のうちに、二人の間に割り込んでいた。先生の前に立って、正面から桐神君に向かい合う。
「……チカラを人に向けちゃダメだよ、桐神君」
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