第15話 やるべきことのカクゴ

「でもセンセー、なんであの二人がスパイかもしれないって思ったんだ?」


 三階には私たちしかいなかったから、ひどいありさまになった廊下の片付けを手伝うことになった。

 廊下に散らばったガラスの破片をほうきで一か所にまとめていたところで、恣堂しどう君が咲架さきがけ先生にそう問いかけていた。


「私も気になります。桐神きりがみ君も黒見くろみ君も、あやしいことはしてなかったと思いますけど……」

「消去法だよ。君たち三人のうたがいが晴れたから、あの二人があやしいって思ったんだ」

「私たち、三人が……?」

「恣堂君は二日前の昼休み、僕と勝負をした時にたくさんテレポートを使っただろう? スパイだったら、自分のチカラをあんなに堂々と見せたりしない。超能力なんて、見せれば見せるほど対策できてしまうからね」

「ま、まあそれは確かにな……」


 あの日の先生は、一度も恣堂君に触られることなく動き続けていた。先生の観察力がすごいのもあるだろうけど、超能力を見せるだけでも対策されちゃうっていうのはその通りなんだろうね。


火宮ひみや君に関しては、恣堂君の時ほど確証があるわけじゃないんだけど……昨日の会話が聞こえてね」

「昨日の?」

「君と白水しらみず君が手を取り合ってずっと友達って約束してたやつ」

「えぇ……聞こえてたの? なんかハズいんだけど」

「大丈夫だよ。僕はちょっと耳がいいから聞こえただけで、他の人には聞こえてないはずだから」

「そ、そういう問題じゃないと思いますけど……」


 微妙にイヤそうな顔をする恵ちゃんと同じく、誰かに聞かれてるってだけで、私も少しはずかしかった。


「でも、どうしてそれが火宮が怪しくない理由になるんだよ」

「たとえ勝手に人の記憶を見たりしない白水君が相手でも、スパイならテレパシー使いのそばにずっといるような、キケンな事はしないだろうなって考えが半分。もう半分は、君たちの友情に免じてかな」

「なんかテキトーじゃね?」

「適当じゃないよ。学生時代の友情ほど美しいものはないのさ。コレは大人としてのアドバイスね」


 先生の言葉は、どこまでが本気なのか分からない。

 でも、私が恵ちゃんのうたがいを晴らす役に立ったのが本当なら、それはうれしいな。


「最後に白水君だけど、これはまあ簡単だね。もし白水君がスパイだったら、僕が超心会のスパイを探してるってバレた時点で、さっきみたいに襲われてたはずだからね」

「だから昼休みに、私に話をしたんですね」

「そうだよ。あの時はまだうたがわれてたみたいだけどね」

「うっ……すみません……」


 人には裏表があるってことを小さいころから知ってしまったせいで、簡単に人を信じられなくなっている。私の悪いクセだ。


「まあこうして、晴れて打ち解けられたんだから良しとしようじゃないか。僕たちはこれから、スパイを見つけなきゃいけないんだからね。それもなるべく早く」


 散らばったガラスを一か所にまとめ終えた先生が、大きなガラスを指でつまみ上げた。ガラスをコナゴナにするほどのチカラをぶつけられたらと思うと……背筋がぞっとする。


「僕を仕留めそこねたうえに、君たちにまで存在を知られてしまった超心会が、またいつ襲って来るか分からない。向こうが動く前に、こちらからスパイを捕まえなきゃいけない」

「あたしたちも狙われてるってワケね……」

「そこは安心してくれ。とりあえず今日は、僕の仲間に君たちの周辺を守らせるよ」


 少なくとも、今日の夜とかにまた襲われることはないって思っていいのかな。


「ただ、それも長くは続かない。明日にはスパイを見つけないと」

「明日……」


 超能力者専門の警察みたいな先生たちの力でも見つけられなかったスパイを、明日までに見つけないといけない。

 そうなると、普通のやり方じゃほとんどムリなはず。


「やっぱり、私がやるべき、ですよね……」

「心苦しいけど、それしか方法はない」


 ほうきでガラスを集める手を止めて、先生は私の目を見た。


「君が友だちの心を覗きたくないと思っているのは分かってる。そのうえで、君に頼みたい」


 落ち着いた声で、先生は真剣に語りかける。

 私のチカラが、かくしごとを見抜くのに一番向いているのは知ってる。今のピンチを乗りこえるためには、私が頑張らなくちゃいけないのも分かってる。

 でも……。


「わ、私……」


 ほうきをにぎる手に力をこめて、私の視線は自然と下を向いていた。

 桐神君と黒見君をうたがわなきゃいけないのも辛いのに、どっちが悪いかを私が決めるなんて、出来る気がしない。


 そんなの、私の手で桐神君か黒見君を私たちから遠ざけるようなものだよ。覚悟のない私には、できっこない。


「私には、上手くできる自信がありません……」

「もちろん、無理にやれとは言わないさ」


 小さく震える私の肩に、先生の手が置かれた。


「やりたくないことをやらせる大人にはなりたくないからね。君がどうしても無理だと言うのなら、別の作戦を考えるまでさ。でも、白水君はやる時はやる子だって、僕は思ってるよ」


 ひょいっと、ほうきが私の手から離れた。思わず目で追うと、私のほうきを回収した先生と目が合って、ニコリと笑みを向けられた。


「それに何かあっても、責任を取るのは大人の仕事だ。白水君を攻めるような真似は絶対にしない」

「先生……」

「だから、これは宿題さ」


 みんなのほうきを回収しながら、先生は私たちへこう問いかけた。


「どうして学校には、『宿題』なんてものがあると思う?」

「え……?」


 いきなりの問いに、私たちはとまどった。


「大人になって役に立つかも分からない計算式を覚えたり、たくさんの問題を解いたり。一見すると無意味に思えることを、学校がやらせる理由」

「そりゃ、頭を良くするためなんじゃねえの?」

「それもあるかもしれないけど、僕の考えは少しちがう」


 宿題をやらせる理由。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 先生は、その疑問の答えを見つけたのかな。


「大人になるとね、『やりたくないけどやらなきゃいけないこと』がたくさんあるんだ。やらないと誰かに迷惑をかけること、やらないと誰かが困ること。たとえどれだけ面倒なことでも、人ぞれぞれの『やるべきこと』は決まってるんだ」

「やるべきこと……」

「正直、国語とか数学とか、内容はどうだっていいのさ。大事なのは、『やりたくないけどやらなきゃいけないこと』をやりとげる力。それを育てるために、宿題なんてものがあるんだ」


 やりたくないけど、やらなきゃいけないこと。

 桐神君と黒見君をうたがいたくはないけど、どっちが悪いかを調べなくちゃいけないのは、もう決まってる。


 テレパシーを持つ私だけができる、私の『やるべきこと』が目の前にある。

 私が前に進む勇気を出せずに足踏みしているだけで、たくさんの人が困ることがあるんだ。


 だったらあとは、覚悟を決めるだけ。


「……私、やります」


 人のためにテレパシーを使いたいって、ずっと前から決めていたはず。ここで勇気を出さなくてどうするの。


「自信はない、ですけど……私のチカラで、二人のどっちがスパイなのかを、つきとめます」


 私の覚悟が伝わったのか、先生は私の目を見て、大きくうなずいた。


「ありがとう。そう言ってくれると思ってたよ」

「でも、ひとつだけ条件があります」

「条件?」


 私の言葉に、きょとんとした顔で、先生は首をかしげた。


「超能力教室が始まって、今日でまだたったの4日ですけど……私はこの教室が好きです。先生の出した課題に対して五人で取りくむ、今の超能力教室が好きです。みんなと出会ったおかげで、私もちょっとだけ変われた気がします」


 先生へ伝えながらも、自分に言い聞かせるように、言葉をつむぐ。


「なので、ひとつだけお願いです」


 人からはなれて生きていこうと決めたはずの私がこんなことを言うなんて、昔の私じゃ考えられないかもしれない。でも、未来の私が見たら、きっとこの選択をほめてくれるはず。


 私は、私の願いのために、先生へひとつお願いをした。


「――なるほど。白水君らしい意見だね」


 私の言葉を全て聞き終えると、先生は口元に手を当てながら、笑みを作った。


「いいよ。それが、君が協力する条件ってことで」

「ありがとうございます……私のわがままを、聞いていただいて」

「こころは、本当にそれでいいのね?」


 話を聞いていた恵ちゃんが、心配そうに見ていてくれた。


「うん。これは私の望みだよ。心の底からの、ね」

「……そ。なら、あたしも協力するわ」

「むしろこの流れで、手を貸さねえわけにいくかっての」

「あら、あんたは帰っていいのよ?」

「うるせえ。オレがいなきゃ始まんねえだろ」


 恣堂君も恵ちゃんも、すっかりいつも通りの様子だった。やっぱり、この空気感の方が落ち着くな。


 私たちの居場所は、超心会なんかに壊させない。

 みんなを守るために、明日は絶対に作戦を成功させるんだ。

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