第13話 真実のカギ

 次の日。私は昼休みに、咲架さきがけ先生に呼び出された。

 超能力教室について連絡でもあるのかと思ってたけど、どうやら呼ばれたのは私だけみたい。少なくとも、同じクラスの桐神きりがみ君は呼ばれてなかった。


 私だけってことは、超能力教室とは関係ないことなのかな……?

 でも、呼ばれた場所があの空き教室ってこともあるから、無関係とも言い切れないかも。


 ふしぎに思いながらも、とりあえず空き教室までやって来た。

 ノックをしてドアを開けると、窓によりかかって外の景色をながめていた咲架先生が顔を向けた。


「やあやあ、急にごめんね。体調はもう大丈夫?」

「は、はい。おかげさまでなんとも」


 昨日私が倒れたことは、先生も知っている。私たちが超能力の話をすると考えて、保健の先生を保健室から遠ざけてくれたのも咲架先生だそう。

 だから、私が先生の記憶にもぐろうとしたことも、知らないはず。


「それより、私はどうして呼ばれたんでしょう……?」

「昼休みを減らすわけにもいかないし、単刀直入に要件を言おうか」


 窓から背をはなすと、咲架先生はメガネに指をそえた。


白水しらみず君は、『超心会』についてどこまで知ってるのかな?」

「……っ!?」


 あまりにも予想外の問いかけに、私はたじろいだ。

 まさか、先生の口から超心会の話が出て来るなんて……!


「その反応、やはり何か知ってはいるみたいだね」


 リアクションは必死におさえたつもりだったけど、先生の目はごまかせなかったみたい。


「……はい。少しだけですけど、知ってます」


 何も知らないってとぼけるのはムリそうだから、ここは素直にうなずいた。


 先生の方から超心会について話そうとしてるのは、考えようによってはチャンスだ。こっちも何か情報を引き出せないか探れる。


「その前に……どうして私が何か知ってるって思ったのか、聞いてもいいですか?」

「かまわないよ。っていうか、そんなに緊張しなくてもいいんだよ? 別に君を叱ったりするわけじゃないんだし」

「……」


 咲架先生は口元に笑みを浮かべてそう言うけど、私の体はほぼ無意識にこわばっていた。でも、それも仕方ないはず。

 私の考えでは、先生と超心会のどちらかが悪者。つまり、私が今空き教室で二人きりになっている目の前の大人が、二分の一の確率で悪い人ってことになるんだから。


「と言っても、簡単な話だよ。一昨日の昼に、君はテレパシーで僕の心を聞いていただろう? その時、ついうっかり超心会のことを考えてたのを思い出したんだ」


 警戒する私をよそに、先生はしゃべりはじめた。

 話し方はいつも通りなのに、いつも以上に含みを感じる気がする。私が警戒しすぎてるからかな。


「スパイのことまで考えてしまったのは僕のミスだ。結果として、君に『超心会のスパイ』という不可解な疑問を植え付けてしまったことになる。僕もテレパシー対策はなれてなくてね、考えないようにしても、つい頭をよぎっちゃうものだ」

「なれてないって……まるで、私以外のテレパシー使いに会ったことがある、みたいな言い方ですね……」

「うん、会ったことあるよ」


 先生はさらりと言ってのけた。


「最初の日に言ったでしょ? 僕は超能力について人より詳しいって。それはただ知識として頭の中にあるだけじゃなく、この目でたくさん超能力を見て来たからなんだよ」

「たくさん……」

「白水君が思ってる以上に、この世界には超能力者が存在するものなんだよ」

「……先生は、何者なんですか」

「教えてもいいけど、答えは君の超心会についての考えを聞かせてもらってからだね」


 ニコニコしたまま、先生はゆずらない。

 まあ、先に質問したのは先生だもんね。ここは大人しく答えよう。


「私が知ってる超心会のことは、超能力者の集団なんじゃないかってことだけ、です。ただ……先生が超心会のスパイを見つけるために、超能力教室を作ったってことと、そのスパイは『私たち五人』の中にいるってことは、何となくですけど分かってます。私が知ってるのはこれだけ、です」

「なるほどねぇ。そこまではたどり着いたのか」


 腕を組んで、先生はにこやかにうなずく。


「結論から言うと、君の推測はほとんど正解だ。超心会は超能力者の集団だし、特別授業を始めたのもスパイをあぶり出すためだ」

「やっぱり、そうだったんですね」


 正直、あっさり答え合わせがくるとは思ってなかったから、少しおどろいた。


「ああ、勘違いしないでね? 初日に言った『超能力について君たちに教える』っていうのも本当だから。スパイ探しは目的のひとつであって、スパイを見つけても特別授業はちゃんと続けるから」

「……私たちのうち誰かがいなくなっても、ですか?」


 きゅっと両手をにぎりしめて、私は問いかけた。


 私たちの中にいるスパイを先生が捕まえてしまったら、五人のうち一人がいなくなっちゃうってこと。誰か一人が欠けちゃうってことだ。


 そんな中で、私は今まで通りにすごせる自信がない。

 桐神君も、めぐみちゃんも、恣堂しどう君も、黒見くろみ君も、私にとっては同じ超能力教室の仲間だ。誰かが悪者だったとしても、キライにはなれないし、いなくなってほしくない。


「君の気持ちは理解できるよ。会って数日と経ってない君たちがもう仲良くなってるのは、先生としてもとっても嬉しい」


 私の考えてる事が分かったのか、先生は優しく笑みをうかべる。

 けど、その笑顔にふっと影がさした。


「だけど、超心会はとても危険な連中なんだ。そのスパイとあっては、おとがめなしってわけにもいかないんだよね」

「……っ」


 いつになく力のこもったその言葉に、思わず歯を食いしばった。


「そんなに危険なんですか、超心会って……」

「危険だね。できるだけ早くスパイを捕まえて、やつらのたくらみをあばかないといけない」


 超心会が悪い超能力者の集まりってことは、先生は悪い人じゃないってことでいいのかな……?

 だとすると、本格的にみんなをうたがわないとうけなくなるけど……。


「そこでさっきの話だけど、君の推測はひとつだけ惜しい所があってね」

「おしいところ……?」

「『スパイかもしれないのが君たち五人の誰か』って部分さ。というのも、ようやく調査に進展があってね」


 先生は顔の前で、指を二本立てた。


「怪しい子は、二人までしぼれた」

「二人……」


 私たちの誰かが悪者。

 その悪者が誰なのか、近付いていることは良いはずなのに、答えが出てほしくないって思う私もいる。

 せっかく仲良くなったと思ったのに、また周りから人が消えちゃうなんて。


「白水君には教えておこう。君は候補から外れてるしね」

「い、いえ、私は……」


 ここに来て、急に臆病な私が顔を出した。

 スパイを見つけて止めるんだって意気込んでたはずなのに、いざ答えが迫ったら、悪者を決めたくなくて立ち止まっちゃう。


 いつの間にかテレパシーも切っていた。

 先生の考えを、先生が出した答えを、聞きたくなくて。


「その二人は」


 ――ガラガラガラ!!


 先生の言葉をさえぎって、教室のドアが開けられた。

 ぱっと振り向いた先にいたのは、桐神君だった。


「あ、ここにいた。白水さん、今日日直だよね? プリント配ってほしいって、先生が呼んでたよ」

「あっ……」


 そう言えば、次の数学の授業は、日直の人がプリントを配ることになってるんだった。


「もうすぐ昼休みも終わるし、そろそろ戻った方がいいよ」

「あ、うん、そうだね」


 ちらりと咲架先生の顔を見ると、先生は笑顔のまま肩をすくめた。


「話が長すぎちゃったかな。ごめんね、昼休みを削っちゃって。もう行っていいよ」

「し、失礼します」


 はりつめていた緊張が切れて、めまいがしそうだった。ぺこりと頭を下げて、そそくさと教室を出た。


 桐神君とならんで廊下を歩いていると、不安と緊張でドキドキしていた心もだんだんと落ち着いて来た。


「大丈夫? ずいぶん疲れてるみたいだけど」


 道すがら、桐神君は心配そうにたずねてきた。


「先生とどんなこと話してたの?」

「い、いやぁ、大した話じゃなかったよ。あはは……」


 とっさに、私はそうごまかした。

 どうしてなのか、自分でも分からない。超心会が危険な人たちってことが分かった今、先生が悪者かもしれないっていううたがいは晴れたことになるはず。それは桐神君とも共有するべき情報のはずなのに。


 私たちの中に悪者のスパイがいるってことを、本当は信じたくないから?

 それとも、私はまだ心のどこかで、先生の言葉を信じていないのかな……?


 途中からテレパシーを切ってしまったせいで、先生の本当の考えが分からない。

 やっぱり私は、真実を知れるほど心が強くないのかもしれない……。

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