第12話 白水こころのヒミツ

「仲良くしてた子がいじめられてて……その子を助けるために、私はテレパシーを使ったの」


 保健室のベッドに座ったまま、私はゆっくりと語った。


「私のチカラを使えば、その人の『嘘いつわりない本心』を人に伝えることだってできる。どれだけ隠れていじめをしていても、テレパシーの前ではどんなヒミツも無意味だからね」


 私は、人を助けるためにこのチカラを使いたかった。仲が良い子を助けるためには、なおさら。でも……。


「でもその結果、私のチカラはたくさんの人に知られちゃったの。同じクラスの人はもちろん、ちがうクラス、ちがう学年の生徒にも。先生やクラスメイトの家族、お父さんやお母さんの知り合い、お兄ちゃんの友達、近所の大人たち。顔も知らないような人にまで、話はあっという間に広まった」


 このチカラが本物だってことは、私自身が証明しちゃった。そうでもしないと、いじめを止めることはむずかしかったから。

 だから、言いのがれはできなかった。


「それで、私は周りからさけられるようになったの。まあ、当然だよね。心をのぞいてくる人になんて、だれも近寄りたくないに決まってるもん。仲が良かった子も、ほとんど私からはなれていった」


 周りの全てが敵に思えたあの頃のことは、たぶん一生忘れない。

 かけられたひどい言葉も、突き刺さるようなするどい視線も、ハッキリと記憶に焼き付いている。その傷が消えることは、きっとない。


「そして、私は学校に行かなくなった。どうにか卒業したあとは、小学校から遠くはなれたこの町に引っ越して、だれも私のことを知らないこの学校に入学したの」


 それが、つい先週の話。

 お父さんとお母さんが私のためを思って、家族みんなで遠くに引っ越してくれた。そのおかげで、私はなんとか中学校に通う決心がついたんだ。


 まさかその一週間後に、他の超能力者を見つけるなんて、思いもしなかったけど。


「さっき倒れたのは、そのことを思い出しちゃったからなんだ。私の心が弱いだけで、病気とかじゃないから、もう大丈夫だよ」


 話はここでおしまい。そう区切るように、私は笑ってみせた。うまく笑顔を作れてたかは分からないけど。


「大丈夫って……そんなの、ぜんぜん大丈夫じゃないわよ」


 三人ともだまって話を聞いていた中で、最初に声を上げたのは、火宮ひみやさんだった。


「人のためにチカラを使って、そのせいで変な目で見られて、嫌われて。そんな辛いことがあったなんて、言ってくれればよかったのに……いえ、そんな簡単に言えるはずないわよね」


 うつむいたまま、悔しそうな顔でこぶしをにぎりしめたと思えば、火宮さんは私の手を両手でガッチリと包み込んだ。


「これから私のことは下の名前で、めぐみって呼んで! あたしもこころって呼ぶから!」

「え、ええ!? なんで急に!?」


 ぐぐっと顔を近付けてそんなことを言われて、私の顔はおどろきでいっぱいになった。


「そんな悲しい話されたら、だまってられないわよ。これからはあたしが一緒にいるわ。友だちとして、あんたに辛い思いをさせたりしない」

「あ、えっとその、それは嬉しいけど……イヤじゃ、ないの?」

「何が?」

「こ、心の中を勝手に見れるような人と、友だち、なんて……」

「あんたはそんなことしないでしょ?」


 私の目を見て、火宮さんはきっぱりとそう言った。


「あたしだって見られたくないヒミツを見られたら怒るけど、あんたはそんな悪いことにテレパシーを使ったりしないでしょ」

「そうだけど……もし見られたらって、思ったりしないの?」

「チカラを持ってることと、それを悪用することは同じじゃないわ。どう使うかはその人の考え次第だし、あんたは人のために使うんでしょ。なら、イヤでもなんでもないわよ」


 私の手をにぎって、切れ長の目をうっすらと細めて、火宮さんは笑った。


「だから、あたしはこころを嫌ったりしない。せっかく知り合えたんだもの。もっと仲良くなりたいわ」


 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 テレパシーのことがバレないように。バレた時に傷付かないように。人からはなれてすごそうと決めた。

 だから、友だちを作るなんて無理だと思ってた。けど……もう一度だけ、期待してもいいのかな。


「こころはあたしと一緒にいるの、イヤ?」

「ううん、いやじゃない」


 考えるより先に声が出ていた。

 答えならもう、考えるまでもなく決まってる。


「私も、火宮さんと……恵ちゃんと、友だちでいたい」


 あたたかい手をにぎり返して、私は気持ちを伝えた。

 冷たい過去に触れたばっかりだからかな。裏表のないまっすぐな言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かいもので満たされる気分だった。


「だからその……これからも、よろしくね」

「もちろん! ずっと一緒よ!」


 つないだ両手を上下にぶんぶん振って、恵ちゃんは喜びを表していた。

 その全力の感情表現を見ていると、いつものツンツンした強気な恵ちゃんとのちがいがおかしく思えて、つい笑みがこぼれた。


「オレからもひとつ言わせてくれ、白水」


 そんな時、恣堂しどう君が立ち上がった。

 ベッドのすぐそばに立って、私を見下ろしている。


「ど、どうしたの、恣ど」

「すまなかった、白水!!」


 食い気味に、いきなり全力で頭を下げられた。

 予想外の出来事におどろくのは今日で二回目だ。


「えっ、ど、どうしたの!? 何で私に!?」

「おとといの時だよ。オレ、テレパシーが使えるって言うお前に対して、イヤなこと言っただろ?」

「あ、うん……」


 そう言えば、そんなこともあったね。

 桐神きりがみ君が助けてくれたおかげで、そこまで辛い記憶にはなってないけど。


「さっきのお前の話聞いてたら、あん時オレが言ったことは、冗談でも言っちゃいけねえことだって気付いたんだ。だから、謝らせてくれ」


 そう言いながら目をふせる恣堂君を、思わずじっと見ていた。

 何となく、恣堂君はあっさりあやまらないタイプだと思ってたから、意外だった。


「私はもう気にしてないから、大丈夫だよ」


 それだけ恣堂君が、私の話を真剣に考えてくれたってことなのかな。そう思うと、なんだかうれしかった。


「あの時の反応は、当然だったと思うし。今はそう考えてないって分かるから」


 私も初めて恣堂君と話した時は、見た目と態度だけで怖いって思っちゃったし、お互い様だよ。第一印象だけで、人柄までは分からないんだから。


 今はもう、恣堂君のことは怖くない。恣堂君だって、私のテレパシーのことを気味悪がったりしてないはず。だったらもう、ヘンな気をつかわなくてもいいよね。


「私は、恣堂君が悪い人じゃないって思ってるよ」

「そ、そうか……お前がそう言うんなら、まあいいけど」


 ありのままを伝えると、恣堂君は照れくさそうに目をそらした。そんな様子を見て、私はクスリと笑った。


「何はともあれ、白水が倒れてしまった理由は分かったワケだ」


 今までのやりとりを静かに聞いていた黒見くろみ君は、いつの間にか隣のベッドに寝転がりながら言った。

 座ってるうちに、やわらかいベッドの誘惑に抗えなくなったのかな。保健室のベッドって家のより気持ちいい気がするから、その気持ちは分からなくもないけど。


「だけどそうなると、白水はこれから気を付けた方がいいかもな」

「気を付けるって、何に……?」

「テレパシーで記憶を見ること」


 横になったまま、黒見君は自分のこめかみに指を置いた。


「白水が辛い過去を思い出しちゃったのは、きっと先生の記憶を見ようとしたことがきっかけだと思うんだ。テレパシーは、言うなれば心と心をつなぐチカラ。先生の記憶を覗こうとした結果、先生とつながっていた白水の記憶まで呼び起こしてしまったんだと、俺は考えてる」

「……つまり、誰かの『記憶の海』にもぐるには、私が自分の海にもぐって過去と向き合わないといけない……ってことかな」

「そういうことになるな」


 たしかに、テレパシーを使う時は、いつも相手と見えないチカラでつながっている感覚がする。その『つながり』をたどることで、私は人の心の声を聞いているんだ。

 そしてそれは、記憶を覗く時も変わらない。記憶の海どうしで『つながり』が生まれるから、私はまず、私の記憶を見ることになるんだ……。


「まあ、辛い過去を乗りこえるなんて簡単な話じゃない。それは俺も、人並みには分かってるつもりだ」


 一瞬だけ、黒見君が暗い顔をしたように見えた。

 けど、次の瞬間には、いつも通りの眠そうな顔に戻っていた。


「だからひとまず、できるだけ記憶の海にはもぐらないようにしてほしい」

「少なくとも、一人でいる時は絶対ダメよ。また倒れちゃうかもしれないから」

「う、うん。分かったよ」


 黒見君に続いて恵ちゃんにもそう言われ、私は素直にうなずいた。


 そう言えば、咲架さきがけ先生も言ってたっけ。このままだといつか、私たちの超能力が暴走しちゃうかもしれないって。あれはたぶん、こういうことを言ってたんだ。


 テレパシーを、今までやったこともない使い方をしてみたせいで、閉じ込めていた過去の記憶がよみがえっちゃった。

 このチカラを『正しく』使うためには、私はまだまだ勉強も訓練も足りないんだ。

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