第11話 キオクの海

 まずは、廊下を歩きながらテレパシーを使って、咲架さきがけ先生の声を探す。


(はぁ……仕事多すぎ。甘い物食べたいなぁ、いちごパフェとか)


 見つけた。テレパシーがつながったことで、先生がいる場所が大まかに分かる。まだ職員室に残ってるみたい。

 しばらくは帰らなさそうだね。きっと今がチャンスだ。


 私は正門を出て、学校の真横にある広場のベンチに腰かけた。

 運動部の人たちが、学校の周りをぐるりと走るトレーニングをしてるのが見えるくらいには、学校のすぐ近くにある。


 職員室とここのベンチまでが、私のテレパシーが使えるギリギリの距離。

 先生の超能力が何か分からない以上、今回は出来るだけ離れて使ってみる事にした。


「ふぅ……よしっ」


 小さく深呼吸して、そっと目をつむる。


 テレパシーの事を、みんなに『記憶の海』と『心の川』って説明をしたけど、あれは自分でも良いたとえだと思ってる。

 心と記憶はつながっていて、私のチカラでは、人が『考えてる』ことしか聞き取れない。あくまで心の声を聞くだけで、その奥にある記憶を覗くことはできないって思ってた。


 でも、本当はちがう。

 できないんじゃなくて、やったことが無いだけ。

 私のチカラはこういうモノだって決めつけて、できると思わなかっただけなんだ。


 なら、やってみる価値はある。

 みんな超能力を使ってがんばってるんだから、私もがんばらなくてどうするの。


「大丈夫……きっとできる」


 頬をなでるすずしい風。昼下がりの暖かな日差し。車が走り抜ける音。通り過ぎる人たちの話し声。

 ベンチに座ってるだけで、いろんな情報が、私の外から舞い込んでくる。


 その全てを、一度切りはなす。

 全ての意識を内側に向ける。集中して、心を静めて。テレパシーをかけ橋にして、咲架先生の内側へと入る。『記憶の海』へもぐるんだ。


(それにしても、昨日の夜は何でカギ開いてたんだろ。最後に出て行った先生はちゃんと閉めたって言ってたけど)


 先生の声が聞こえる。

 でも、まだ浅い。もっと深い所までもぐらないと。


(みんなは今ごろ、僕の超能力を探るための作戦でも立ててる頃合いかな?)


 超能力について考えてる……! 手がかりになるかも。

 もっと集中しなきゃ。川の流れをさかのぼって、どこまでも広がる海をイメージするんだ。


(調査に進展は見られない。引き続き厳重な警戒を――)


 もうすぐだ。何となくだけど、確実に『記憶の海』に近付いてる感じがする。


 あと少し。もう少しで……。


『なあ、おまえってちょーのーりょくつかえんの?』


 とつぜん、先生のものじゃない声が、頭の中に響いた。

 これは先生の記憶……? でも、なんだか聞き覚えのある声……。


『人が考えてることわかるんだって』

『なにそれ、気持ちわるーい』


 ちがう。これは私の記憶だ。

 そう気付いたとたん、声だけじゃなく、いろんな光景が目の前に現れた。


『宇宙人だろ宇宙人』

『あいつに近寄らない方がいいぜ。頭ん中ぜんぶ見られるぞ』

『こっちに来ないで!』


 これは、私の過去。奥深くに眠っていた、思い出したくもない記憶。

 一年前の出来事が、次々に現れては消えて、また現れては消えていく。


『ごめん……もう、こころちゃんとは遊びたくない。私までヘンに見られちゃう』

『マジでムリなんだけど。こっち見ないでよ』

『うちの子にその子を近付けないでもらえますか! 超能力者だなんて気味が悪い!』

白水しらみずさんトコの子が超能力者って話、本当なのかしら』

『人の考えてる事が分かるんですって。変な話ね』


 みんな私を気味悪がって、私を嫌う。

 その視線が、その言葉が。真っ黒な悪意といっしょに、私の心を深く傷つける。


 ――もう、やめて……!!


 いくらそう願っても、心の中で叫んでも、記憶の波は止まらない。


『あいつと同じ教室とかイヤすぎじゃね? いつ狙われるか分からねえよ』

『せんせー、白水さんだけ別じゃだめなんですか?』

『学校来んなよ気持ち悪い』


 ふたをしていたものがあふれ出るみたいに、とめどなくなだれ込んでくる。

 忘れようとしていた傷にしみ込んで、するどい痛みが走る。


『……もう会えなくなっちゃうけど、私は――』


 聞きたくない。何も思い出したくない。全部忘れてしまいたい。

 頭からふり払って、どうにか意識を現実に引き戻した。


「はぁ……はぁ……」


 まるで息のしかたを忘れちゃったみたいに、呼吸が浅い。

 周りの音がくぐもって聞こえて、ひどい耳鳴りがする。

 目の前の景色がぐにゃりとぼやけて、自分の手がいくつにも重なって見える。

 胸をおさえると、心臓がはげしくあばれてるのが分かる。


 昔の事を思い出しただけ。ただそれだけなのに、こんなにも苦しいなんて……。


「く……、あぁ……」


 心の痛みがのどに詰まったかのように、まともに声を出すこともできなかった。

 そのまま、私はベンチから転げ落ちて、地面に倒れた。長い髪や制服が汚れる事を気にする余裕なんてない。

 真っ黒な痛みにたえるように、胸をおさえて丸くなる。そのまま、浅い呼吸をくりかした。


 もう、思い出さないようにしていたのに。

 どうして今になって、こんなトラウマが出て来ちゃうんだろう。

 どうしてみんな、私のことを認めてくれないんだろう。


 ――どうして私は、こんなチカラを持って生まれちゃったんだろう。


 答えのない問いを、誰もいない所へ投げかける。

 それを最後に、私の意識は真っ暗闇に落ちていった。



   *   *   *



 頭がぼんやりする。

 もう、記憶のだく流はおそって来ない。頭の中はとっても静かだった。


 かたい地面に横たわっていたはずなのに、全身をやわらかく暖かいものが包み込んでいる。

 ゆっくりと目を開けると、あおむけに寝ている私をのぞき込む火宮ひみやさんの顔があった。


「あ! 起きたわよ!」


 火宮さんの声に続いて、黒見くろみ君と恣堂しどう君も近寄ってきた。

 教室のものと同じ天井。私はベッドで寝ていたんだ。


「ここは……保健室?」

「そうよ。あんた、外で倒れてたんですって。もう大丈夫なの?」

「うん、今はもう、なんともないよ」


 ゆっくりと起き上がる。頭は少し痛いけど、不思議とすっきりしていた。


「火宮さんが、ここまで運んでくれたの?」

「あたしじゃないわ」


 火宮さんが視線を向けたのは、私をはさんで反対側に立っている恣堂君。


「部活で外走ってる時に、白水さんが倒れてるのを見つけたんだって。だから運んで来たのはこいつ」

「そっか……ごめんね、部活中なのに」

「気にすんなよ。お前がヤバそうだったのは部活のセンパイも見てたから、途中で抜けても何も言われねぇって」


 近くの椅子を引き寄せて座りながら、恣堂君はそっけなく返す。


 だんだんと、意識がはっきりして来た。

 私は、失敗したんだ。先生の記憶にもぐろうとして、自分のトラウマを掘り起こしちゃった。


「それにしても、何があったんだ?」


 となりのベッドに腰かけて、黒見君は心配そうに私を見た。


「まさか、何かの病気とか……?」

「い、いやいや、そういうのじゃないよ、大丈夫。ちょっと気分が悪くなっただけだから……」

「あれはどう見ても『ちょっと』じゃないでしょ。呼びかけても反応ないし、めっちゃ苦しそうだったし。心配したんだからね?」


 身を乗り出して火宮さんが言う。


「ご、ごめん」


 心配かけちゃったのは、本当に申し訳ないと思った。


「ちょっとやそっとじゃ、ああはならねえだろ。何かあったのか?」

「……実は、テレパシーで先生の記憶を見ようと思って」


 隠すことでもなかったし、私はありのままを話すことにした。


「あれ、記憶は見れないって話じゃなかったっけ?」

「うん。黒見君の言う通り、いつもなら心の声を聞くだけで、記憶の中まで覗くことはできないよ。でも、できないのは今までやらなかったからで、がんばればできるんじゃないかって思って。もし成功したら、先生のチカラのことも分かるって思ったの」

「それで試してみて……失敗したのね」


 火宮さんの言葉に、こくりとうなずく。


「あと一歩ってところで、ダメだった。私の過去が、私に立ちふさがったの」

「……? どういうことだ?」


 思い出すと、また胸が苦しくなる。

 今よりも少しだけ純粋だった過去の私には、それだけあのキズが、より深くきざまれてしまったんだろうね。


 真っ白な毛布をぎゅっとにぎって、私はみんなを見渡した。

 テレパシーのことと一緒に、誰にも言わずに隠していた私のヒミツ。同じ超能力者のみんなになら、話してもいいかもしれない。


「実は私……小学校の頃、テレパシーが原因で学校に行けなくなったことがあるの」

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