第10話 超心会のギワク

 チョウシンカイ。

 それは、テレパシーで咲架さきがけ先生の心の声を聞いた時と、黒見くろみ君がサイコメトリーで先生のバッジを調べた時に出て来た、聞いたことのない名前。


 黒見君がサイコメトリーでちらっと見た限りだと、漢字では『超心会』って書くみたい。

 咲架先生や何人かの大人たちが、その超心会について話してたみたいで、話の流れから考えるに、何かの集団らしい。

 とりあえず黒見君には「映画の話だよ」って言ってごまかしながら、私はその情報を聞いた。


 今までの情報を整理すると、咲架先生は超心会っていう人たちと、深い関係があるってことが分かる。


 そして、恣堂しどう君と勝負をしながら先生が考えていた、「恣堂君は超心会のスパイじゃなさそうだね」っていう言葉。

 この意味について逆に考えてみると、先生は恣堂君のことを『超心会のスパイ』じゃないかってうたがっていたって事になる。


 いや、『恣堂君は』って考えてたから、うたがってるのは恣堂君だけじゃない。恣堂君を含めた『何人か』のうち誰かが、スパイである可能性が高いんだ。

 そこまで考えて、ひとつピンと来た。


 そう。その『何人か』こそ、私たち五人。

 超能力教室は、超心会っていう人たちのスパイかもしれない生徒を集めて、作られたグループなんじゃないかな。


 そうなると、集められたみんなが超能力者なのは、たぶん偶然じゃない。超能力者だからこそ、スパイのうたがいがかけられてるんだと思う。

 超能力を持ってるから、スパイかもしれない。

 その考え方はつまり、超心会が超能力に関係している集団って事のあかしだよね。


 ここまで分かったのは、大きな進歩。

 だけど問題は、その超心会がナニモノかって所。


 もしも、超心会が悪の軍団だとしたら、そのスパイを見つけて捕まえようとしている咲架先生は良い人。逆に、超心会が良い人たちだとしたら、先生は悪い人ってことになる。

 先生が悪い人かどうかを探ってる私からすれば、ここが分からないとダメなの。


 それに、もしも超心会が悪者だったとしたら、もうひとつ問題が出て来る。


 超心会のスパイが超能力教室の五人の中にいるってことは、悪い人の仲間が私たちの中にいるってことになる。

 私はそんな人たちの仲間になった覚えはないから、他の四人。


 桐神きりがみ君、恣堂君、火宮ひみやさん、黒見君。

 この四人の中に、悪者がいるって考えなくちゃいけなくなる。


 できれば、みんなをうたがうようなことはしたくない。

 でもそうなると、先生が悪者ってことになっちゃう。


 正解は、ふたつにひとつ。

 どっちに転んでも、誰かが悪者。


 私には、ここまで考えるのが限界だった。


 先生もみんなも、悪い人には見えない。本当は私の考え過ぎで、悪い人なんていないかもしれない。

 だってこれは、今はまだ私の想像でしかない。これと言って証拠があるわけじゃないから。


 でも、そう都合よくいくとも思えない。この考えは当たっていて、本当に誰かが悪者だとしたら? 誰かが超能力を悪用して、何かとんでもないことをたくらんでいるとしたら?


 放っておくわけにはいかない。それが私の答え。


 私にはテレパシーがある。

 人のヒミツを簡単に覗いてしまえるチカラ。このチカラを、人のために使うんだ。

 悪いことをしようとしているスパイを見つけて、止めるために……!


「……さん。白水しらみずさん」


 そう決意を固めた時だった。

 誰かから、名前を呼ばれた気がした。


 はっとして、顔を上げる。

 椅子に座っている私を見ているのは、クラスのほとんど全員と、黒板の前に立つ先生。


「白水さん、聞いてますか?」

「は、はいっ!?」


 そうだ。今は六時間目の国語の授業中だった。

 一日の終わりの授業だからって気が抜けて、つい考え込んじゃってた……!


「次の行から、読み上げてくれますか?」

「つつ、次ですね、はい。えっと……」


 いきなり先生に指名されて、私はあわてて教科書に視線を落とす。

 さっきまで授業とは関係ないことを考えていたから、次の行がどこかなんてもちろん分からない。


 困り果てていると、視界の端に、桐神君が小さく手を振ってるのが見えた。

 ちらりと目を向けると、桐神君は人差し指で自分の頭をトントンとつついていた。もしかして、テレパシーを使えって事?

 すがる想いで桐神君にテレパシーをつなげてみると、


(次の行、13ページの5行目だよ)


 心の中で、私が読むべき所を教えてくれた。


(ありがとう、桐神君……!)


 私はテレパシーでお礼を言って、先生に怪しまれないよう、すぐに言われた所を読み上げた。


 こうして、テレパシーと桐神君のおかげで、どうにか恥をかくことなく切り抜けることができた。けど、次からは気を付けないとな……。


 その後は、何事もなく授業が終わって、放課後になった。

 教科書をまとめていると、桐神君が話しかけて来た。


「白水さんが授業中によそ見するなんてめずらしいね。もしかして、昨日の作戦のせいで寝不足?」


 そう言う桐神君も、昨日は夜遅くまで起きていたはずなのに、眠そうな様子は見られない。対して私は、桐神君の言う通り寝不足で頭がぼんやりする。

 でも、授業を聞いてなかったのは、眠かったからじゃない。


「その……実は、咲架先生のことで、ちょっと考えてたことがあって」


 先生へのテレパシーや黒見君から聞いた超心会のこと。

 私たちの中に、そのスパイがいるかもしれないってこと。

 咲架先生と超心会、どちらかが悪者かもしれないってこと。


 手に入れた情報をもとに考えていたことをぜんぶ、桐神君に話した。


「なるほど、そんなことが……」


 話を聞き終えると、桐神君はむずかしい顔をして、少しの間うつむいていた。それから、顔を上げる。


「けど、これを僕に話して良かったの? 白水さんから見れば、僕もスパイである可能性はあるのに」

「それは、そうだけど……私は、桐神君が悪い人だとは思ってないよ」


 先生のことが怪しいって言い出したのは、そもそも桐神君だ。もしも桐神君が超心会のスパイだとしたら、私にうたがいを持たせるようなことは言わないはず。

 何も言わなければ私は、誰かが悪者かもしれないだなんて考えもしなかったんだから。


「初めに忠告してくれたのは桐神君だからね。私は、桐神君を信じるよ」


 正面からそう言われたのが意外だったのか、桐神君は少しだけ固まって、頬をゆるめた。


「……ありがとう。なら、僕もその信頼にこたえないとね」


 そう言いながら、桐神君は笑顔のまま肩をすくめる。


「けれどあいにく、今日は大した作戦が思いつかなくてね。これから家の用事もあるし、今日は帰ろうと思ってたんだ。白水さんは?」

「私は……もう一度、先生の心を見てみようと思うの。何も思いつかなかったのは私も同じだけど、じっとしてもいられなくて。出来るかぎりのことをやりたいんだ」


 みんなをうたがうからには、そのうたがいを晴らすのも、私の役目だ。


「そっか。気を付けてね。僕たちがうたがってることを、先生に気付かれないように」

「うん。何か分かったら明日教えるね」


 桐神君と別れてから、私もカバンを持って教室を出た。


 テレパシーで先生の考えてる事を読もうとする作戦は、昨日の昼休みに失敗した。

 でも、それだけで諦めちゃだめだ。


 たしかに先生は手ごわい。超能力のことをめったに考えないのか、テレパシーを使っても、まるで情報がつかめない。

 けど私には、まだひとつだけ手札が残ってる。


 今から、先生の意識のさらに奥――記憶にもぐって、先生の正体をあばく。

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