第9話 ナゾの手がかり

 黒見くろみ君が、職員室中の机をひとつずつサイコメトリーしている間に、私たちは他の先生の引き出しを漁ったりして、超能力教室に関係する書類が無いか調べていた。


「や、やっぱり、引き出しを勝手に開けちゃうのは、良くないんじゃないかな……?」

「ここまで来たら今さらだろ? とことん調べてやろうぜ」

「大丈夫よ白水しらみずさん。バレなきゃいいんだから」

「そうかなぁ……」


 恣堂しどう君と火宮ひみやさんは、強気にどんどん引き出しを開けている。

 やっぱり、この二人は似てる。主に私と違って、怖がらずに先へ進んでみようとする勇気のある所とか。


「黒見、そっちはどうだい?」

「俺たち五人の名前がある名簿を持って、何人かの先生が話してるな。咲架さきがけ先生は他の先生に、俺たちのことを『ワケアリの特別生徒』って説明してるらしい。当たり前だけど、超能力の話は一言も出てない」

「そうか……この作戦なら手がかりが見つかると思ったけど、そう簡単じゃないか」


 黒見君と桐神きりがみ君も、むずかしい顔で話している。


「黒見君。咲架先生のお家での様子とか、分からない?」

「家でなら超能力を使ってるかもしれないってことだよな。俺も考えたんだけど、何も見えなかった」


 残念そうに首をふりながら、黒見君は咲架先生の机にあったボールペンをつまむ。


「先生が家で仕事をしてる風景がちらっと見える程度で、あとは筆箱の中の真っ暗闇だな」

「そっか。そのペンに残ってる記憶を見るんだもんね……ペンを使ってる時の事しか分からないんだ」

「せめて、先生が肌身はなさず持ち歩いてる物でもあれば――」


 ふと、黒見君の言葉が途切れる。

 咲架先生の席の前にしゃがんで、椅子の下に手を伸ばしていた。


「どうしたの?」

「今、何かが光った気がして」


 そう言って黒見君がつまみ上げたのは、親指の爪くらい小さな、金色のバッジだった。


「何だろう、それ」

「先生が付けてる所は見たことがないな……」


 二人で顔を近付けて、ジッと観察してみる。

 丸いそのバッジには、一筆書きした星マークみたいな模様が掘られている。裏にピンがなかったら制服のボタンと見間違えそう。


「おもちゃかな?」

「とりあえず、サイコメトリーで見てみるか」


 目をゴシゴシとこすってから、黒見君はサイコメトリーを使った。眠気が限界まで来てるのかも。そんなことを考えてたら、私も少し眠くなって来た。

 もうすぐ0時。いつもなら寝てる時間だもんね。


「ふわぁ……」

「なんだコレ……?」


 ついあくびが出ちゃったのと同時に、黒見君は不思議そうにつぶやいた。

 一瞬、私のあくびについて変に思われたのかと思ってドキッとしちゃったけど、黒見君が言ってるのは、もちろん私じゃなくてサイコメトリーの方。


「な、なにかスゴイ物が見えたの?」

「なんだろうな。スゴイと言うか、ヘンと言うか」


 どういう意味だろう。

 私は詳しく聞こうと口を開いた、その時。


(あれ、職員室なんか明るい?)


 廊下から、心の声が聞こえた。


 誰かが来てもすぐに分かるように、私は職員室に近付く人の心の声を自動で拾うようテレパシーを発動していた。ちなみに、声がごちゃごちゃにならないように、みんなの声は聞こえないようにしている。


 そのレーダーに、誰かが引っかかった。

 この声は……咲架先生!?


(みんな、隠れて! 先生が来た!)


 みんなを見渡して、一斉にテレパシーを送った。

 私の声が聞こえたのか、桐神君たちはビックリしたような顔をして、それぞれ机の裏や棚の陰に隠れた。


 私と黒見君も、急いで咲架先生の机の下に身を隠す。

 火宮さんが作った火の玉も消えて、夜の職員室に本来の暗闇が戻った。


 そのすぐ後に、職員室のドアが開かれた。


「あれ、カギ開いてる……誰かいますかー?」


 パッ、と電気が点けられて、目の前が一気に明るくなった。


「閉め忘れたのかな? まあいっか」


 先生の足音が、こっちに近付いて来る。私は緊張を押さえるように、胸に手を当てた。大丈夫、音を立てなければバレないはずだから……。


「……!」


 こつん、と肩に何かが当たった。

 隣で私と同じようにちぢこまって隠れている黒見君の肩だ。

 そこでようやく、私は今、黒見君と肩を寄せ合って机の下に隠れているって事実に気が付いた。


 どちらかと言えば女の子に近い顔つきや体つきの黒見君だけど、本当はちゃんと男の子。肩をくっつけて、顔がすぐ近くにあるっていう今の状況に、顔が熱くなるのを感じる。男の子とこんなに近付いたのは、お兄ちゃん以外だとたぶん始めて。


 先生が近付いて来る事と、黒見君がすぐ近くにいる事。二種類のドキドキで心臓が口から飛び出そうだった。本当に出ちゃわないように、口を手で押さえていた。


 そんなことを考えてる間にも、机の下から、先生の足が目の前で止まるのが見えた。先生は自分の机に用があるみたい。


(あれ、整頓してたはずなのに、ちょっとズレてる? もしかして誰かに荒らされてたり……)


 そんな所まで気付くの!?

 やっぱり咲架先生、ただ者じゃない……。


(ま、さすがにそれはないよね。さっさと忘れ物取って帰ろっと)


 すぐ上で、ガラガラと引き出しを開ける音がする。ヒヤヒヤして、とっても心臓に悪い。

 幸い、目的の忘れ物を手に取ったのか、咲架先生はすぐに机から離れていく。


(超心会の制圧に必要だからすぐに取って来いだなんて、最近の社会は若者を酷使しすぎだよねぇ)


 また出た、チョウシンカイ……。

 制圧って言ってたのが、ちょっと危険な気配がするけど……やっぱり咲架先生が、何かやろうとしているのは間違いないよね。


 先生が職員室を出る時、大きな茶色い封筒を持って帰っているのが、遠目からちらっと見えた。あの封筒の中身は、もしかしたら大事な物なのかも。

 黒見君のサイコメトリーでおかしなものが見えなかったって事は、一週間以上前から置いてあるってことになるのかな。


 考えている間に、ピシャリとドアが閉まった。

 とりあえず、どうにかバレずに済んだみたい。よかった……。


(みんな、もう大丈夫だよ)


 念のため、先生が帰ったのをテレパシーで確認してから、みんなにテレパシーで合図を送った。


「危なかった……警戒はしてたけど、まさかこんな真夜中に来るなんてね」


 棚の陰に隠れていた桐神君も、冷や汗をぬぐいながらため息をついた。


「今日はそろそろ、引き上げた方がいいかもね」

「だな。俺のサイコメトリーでも、答えどころか大した手がかりすら見つからなかった」


 にぎりっぱなしだったバッジを机の端に置いて、黒見君も賛同した。


「やれやれ、ここまでやって無駄骨かよ」

「いいじゃない。肝試しみたいであたしは楽しかったわ」

「今度は、もっと確実な作戦を立てないとな……」


 それぞれの想いを口にしながら、みんなは来た道を戻って行く。それに続いて廊下を歩く私は、ふと気になったことがあって、眠そうに一番後ろを歩く黒見君に近付いた。


「ねえ、さっきのバッジって、どんな過去が見えたの? 何だか、ふしぎそうにしてたけど」

「ん? ああ、最後のやつか。会議室っぽい風景が見えたんだ。超能力とは関係なさそうだったけど」

「会議?」

「スーツを着た大人が十人くらい集まってて、その中に咲架先生もいた。さっき先生が来てすぐに見るのやめたから、ちょっとしか見えなかったけど」

「お仕事の場面かな……?」

「どうだろうな。超心会のスパイがどうとか話してたし、休憩中に映画の話でもしてたのかもしれない」

「……っ!」


 何気ないその言葉に、私は目を丸くした。

 まさか、また『チョウシンカイ』の名前が出て来るなんて。やっぱり、咲架先生と深い関わりがある言葉なんだ。


「黒見君。その話、もう少し聞かせてくれないかな」

「構わないけど、白水も知ってる映画なのか?」

「えーっと、まあ……そんな感じかな」


 今は話す時じゃないかと思って、それとなくごまかしておく。


 桐神君やみんなに任せっぱなしじゃ駄目だ。

 課題をクリアするため。そして、咲架先生の正体をつきとめるため。

 私も、私にできることを考えよう。

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