第8話 パイロキネシスとサイコメトリー
夜の11時。
家族みんなが寝静まったのをテレパシーでしっかり確認して、私はそっと家を出た。
四月の夜は少し肌寒い。パーカーを上から着て、音を立てないようゆっくりと玄関のドアを開けた。
「お、時間ぴったりだね」
玄関をくぐった先で立っていた男の子が、顔を見せるように帽子のつばを持ち上げて、声をかけてきた。
薄い色のシャツの上にコーチジャケットを重ねて、下はゆったりとしたワイドパンツをはいている。初めて見る私服姿だけど、その声と顔はまちがいなく
もとが良いのは分かってるけど、やっぱり制服じゃなくても似合ってる。
なんだか少し、いつもよりも大人びた雰囲気だった。しんと静まり返った夜の空気がそう見せているのかもしれない。
「ご、ごめんね、迎えに来てもらっちゃって……」
緊張して声が詰まりそうになったけど、何とか調子を整える。そっとドアを閉めてカギをかけてから、近くまで駆け寄る。
「気にしないでよ。こんな真夜中に、女の子をひとりで歩かせるわけにもいかないしさ。まあお供が同じ中学生だと、あんまり頼もしくないかもだけど」
「そんなことないよ。すっごく頼りにしてる」
「ハハ、じゃあしっかり守らないとね。行こうか」
ポシェットにスマホと小さい懐中電灯が入っているのを確認してから、桐神君の隣に並んで、夜の路地を歩き出した。
左右に家ばかり並ぶこの路地は、目的地の学校までしばらく続く。あんまり光が強くない街灯はぽつぽつと立っているけど、その間隔が広いせいで、懐中電灯が無いと進めない暗さだった。
「何かいけないことしてるみたいで、ちょっとドキドキするね」
「まあ実際、今からやろうとしてるのはいけないことだしね」
物音がするたびにビクビクする私とは反対に、桐神君はずいぶんと余裕そうに、いつもの笑みを浮かべる。
「夜の学校にしのび込むなんて、バレたら大目玉だよ」
そう。私たちは今、こっそり学校に入ろうとしていた。
これは、桐神君が考えたふたつ目の作戦。
先生の頭の中を覗いて超能力の正体を探る作戦が見事に失敗して、私たちはすぐに別の作戦を立てた。
それは、誰もいなくなった職員室に入って、
そして、先生が本当に悪い人なのか、たしかめるための一歩なんだから。
「桐神君。先生が怪しいって話は、まだみんなにはナイショにしておく?」
「そうだね……もし今回、決定的な証拠が見つかったりしたら、話してみてもいいかもしれない。でも、基本的にはまだナイショで」
「分かった」
昼休みに先生の心の声を聞いた限りでは、咲架先生が悪いことを考えてたりはしていなかった。
考えてみれば、先生は初めから、私に心を覗かれていることに気付いてた。いや、『想定してた』って言うべきかな?
とにかく、私がテレパシーで聞いていたのはバレてたんだから、悪いことを考えるはずはないけどね。
でも、だとしたら、ますます『あの言葉』の意味が分からない。
(恣堂君は超心会のスパイじゃなさそうだね)
あの時、先生の頭をよぎったこの言葉。先生は、『チョウシンカイ』っていう人達のスパイを探してるって考えでいいのかな。
これが何を意味するのかは分からない。悪いことなのか、そうじゃないのか。
よく分からないことを話して混乱させるのも悪いかなって思ったから、まだ桐神君には話していない。もう少し先生の心を覗いてみて、情報を集めてからでも遅くはないよね。
真っ暗な道を二人でしばらく歩いていると、やがて学校が見えて来た。
正門は当然閉まってるけど、そのすぐ近くに、三人の先客がいた。
「二人とも、おそいわよ」
先に到着してた
「ゴメンゴメン。でも時間通りだと思うけど」
「もう少し早く来なさいよ。
火宮さんが指で示す先には、正門にもたれて目を閉じている、パーカー姿の黒見君がいた。立ったまま寝てるの……!?
「オイ起きろー。さっさと中に入るぞー」
「んぐ……」
「まずは恣堂のテレポートで中に入ろう。たしか、自分以外の人も飛ばせるんだよね?」
「目で見える範囲ならな。校舎の中までは入れるが、職員室に直接テレポートは出来ねぇ」
「それで十分だよ。そこからは歩いて行こう」
「よし、じゃあ行くぜ」
恣堂が私たちを順に見渡して、合図をするように手を叩いた。
「……!」
気付けば、私たちは正門を越えて学校の敷地内にテレポートしていた。
「もっかい行くぜ、ジッとしてろよ?」
正面玄関のガラス戸の向こうに見える廊下へ目を向けながら、もう一度、目に映る景色が切り替わる。私たち五人は、一瞬で校舎の中に入ることができた。
「ま、真っ暗だね……」
電気が全て消えてるから、窓から差し込む月明かりだけが中を照らしてる状態だった。
懐中電灯を取り出そうとポシェットに手を伸ばす私を、火宮さんが止めた。
「待ちなさい。懐中電灯なんてもしも誰かに見られたら、ここに人がいるってバレちゃうでしょ」
「でも、11時だよ? 誰も来ないんじゃ……」
「念には念を入れなきゃ。見てなさい」
先頭に立った火宮さんが、両手を大きく広げる。
ポッ、ポッ、ポッ――
火宮さんの周りに、次々に火が点いた。野球ボールくらいの大きさの炎が十個ほど生まれると、それらはふよふよと浮かんで、先へ進み出した。
「こうすれば、万が一誰かに見られても、人魂か何かだとカンちがいして離れていくでしょ? 私たちが入って来たことなんて、考えもしないはずよ」
「なるほど……いいアイデアだね」
「でしょ? もっと褒めてもいいのよ?」
「すごい、火宮さんすごいよっ」
得意気に胸を張る火宮さんがかわいく思えて、私はたくさん褒めた。
実際、炎が明るいおかげで懐中電灯がなくても周りがみえるし、とてもいい考えだと思う。
「おい、二人とも何してんだ? はやく行くぞ」
私たちが話している間に、他の三人はもう先へ進んでいた。
急かすような恣堂君の声に、火宮さんはむすっと頬をふくらませた。
「なによあいつ。褒めてくれたの
不機嫌そうな顔をしていた火宮さんは、私の手を握って、ニヤッと笑みを作った。
「行きましょ。暗いのが怖いなら、あたしがそばにいてあげるわ」
「う、うん。ありがとう」
こうやって同い年の子と手をつなぐなんて、いつぶりだろう。
火宮さんの背は私と同じくらいだけど、私を引っ張ってくれる手はとても力強くて、頼もしく思えた。
手から伝わる温もりを感じていると、いつもと雰囲気がガラリと変わった夜の校舎も、ふしぎと怖くなくなる。
火宮さんのこと、最初は目つきのするどい怖い子だと思ってたけど、本当は温かい心の持ち主なんだ。
「ありがとう、火宮さん」
「ん? なんで二回も言ったの?」
「言いたくなったからだよ」
「ふぅん……へんなの」
そのまま、私たちは手をつないで三人の後に続いた。
ぺた、ぺた……と、五人分のスリッパの足音を廊下にひびかせながら、私たちは職員室の前までやって来た。
「ま、カギは閉まってるよね」
桐神君が手をかざすだけで、サイコキネシスが発動。ガチャガチャと音が鳴って、すぐにカギが開いた。屋上に入る時にも見たけど、やっぱり手際が良い。
職員室の中にも、もちろん誰もいない。
咲架先生の机の場所は桐神君があらかじめ調べてたみたい。みんなで先生の机の前までやって来ると、次に桐神君は、黒見君に話しかけた。
「ここからは君のチカラが頼りだ。サイコメトリーを使って、先生の物から情報を引き出してくれるかい?」
「りょーかい……眠いけど、いっちょがんばりますか」
小さなあくびをひとつして、黒見君は咲架先生の机に手を当てる。前髪の奥で瞳がきらりと光ったのは、さわってる物に宿っている記憶をサイコメトリーで読み取っているからかな。
「うーん……超能力に関係してそうな過去は見えないな。少なくとも、この席に座ってる時に超能力は使ってない。他の先生と話したり、書類仕事をしてる風景ばかりだ」
「学校の中だもんなぁ。やっぱ超能力は使わねえか」
「他にも見てみる」
そう言って、黒見君は机の上に置かれていたいろんな物を触っていた。ノートやファイル、ペン立てや文具をひとつひとつ。
待ってる間、火宮さんが話しかけた。
「あんたのサイコメトリーって、何日くらい前の過去が見えるの?」
「全力でさかのぼっても一週間前くらいかな。だから、先生がこの一週間の間に、この場所で一度も超能力を使ってなかった場合、手がかりはゼロってことになる」
「一週間か。今からだと、ちょうどあたしたちが入学するくらいの時期ね」
「入学……そうか」
火宮さんの何気ない一言に反応して、黒見君は顔を上げた。何かひらめいたみたい。
「何か見えたの?」
「いや、サイコメトリーはハズレだった。気になるものと言えば、咲架先生がこの席で食べていた美味しそうなコンビニ弁当くらい。けど、それよりも」
黒見君は机から手を放して、職員室をぐるりと見渡す。
「きっと、調べるべきなのは咲架先生だけじゃない。他の先生もだ」
「え? でも、超能力教室のことは、咲架先生と校長先生しか知らないって言ってたけど……」
「ああ。超能力のことは知らないはず。でも『俺たち五人に特別授業を受けさせる』っていう話なら、他の先生にも知らされてるはずだろ?」
「あ、そっか……!」
咲架先生は、他の先生には『成績に関係する特別授業』だと伝えてるって言っていた。超能力のことを知らない他の先生も、特別授業そのものについては知ってるんだ。
クラスの違う生徒を集めたこの特別授業は、他の先生の協力がないと始められないはず。少なくとも、それぞれのクラスの担任の先生は知ってると思う。
「超能力教室を作る時に手伝っていそうな、他の先生の持ち物も調べよう。もしかしたらその中に、咲架先生から受け取った物があるかもしれない」
「探索範囲を広げてみるって事か。いいかもね」
桐神君もうなずいた。
「よし、それじゃあ職員室中を調べよう。黒見がサイコメトリーをしている間に、僕たちも何かそれっぽい物が無いか探してみようか」
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