第7話 テレポートとテレパシー

 次の日の昼休み。さっそく作戦会議が始まった。


「ね、ねえ、どうして校舎裏なの?」

「人目につく所で話すわけにはいかないでしょ。超能力のことはヒミツなんだから」


 ハッキリとそう返すのは、校舎裏に集まろうと言い出した張本人の火宮ひみやさん。

 まあ私は、日課になってる昼休みのテレパシーをするために、今日も校舎裏に行くつもりだったから別にいいけど……ここ、あんまり良い思い出ないんだよね。主に昨日の昼休みの件で。


「それで、作戦の話なんだけど」


 校舎裏で五人、円を描くようにみんなで集まって、火宮さんはさっそく話を始めた。


「あたしの考えだと、この課題を突破するためのカギは、黒見くろみの『サイコメトリー』と、白水しらみずさんの『テレパシー』。この二つだと思うのよね」

「私……?」

「俺もか」


 名前を呼ばれ、私と黒見君が同時に首をかしげた。


「物を動かす桐神きりがみの『サイコキネシス』、一瞬で移動する恣堂しどうの『テレポート』、そして炎を操るあたしの『パイロキネシス』は、調べものには向いてないチカラよ。くやしいけど、それは認めるしかない」

「オレのチカラが弱いって言いたいのか?」

「そんなこと一言も言ってないでしょうが。話聞きなさいよバカ」

「は?」


 恣堂君にぴしゃりときびしい言葉を浴びせた火宮さんは、私と黒見君へ目を向けた。


「その点、二人のチカラは今回にピッタリでしょ? 特に白水さんのテレパシーなんて、先生の頭の中を見れば、一発で答えが分かっちゃうじゃないの」

「それはそう、なんだけど……」

「なにかあるの?」


 頼りにされている最中にこんなことは言いにくいんだけど、私のチカラにも欠点はある。


「えっとね、私のテレパシーは、人の考えてることを聞くチカラなの。心の声を自由に聞くことは出来るけど、記憶をそのまま読み取ることはできないと思うんだ」

「ってことは、今ここで咲架さきがけ先生にテレパシーを使った所で、先生の超能力を全て知ることはできないって意味かな」


 たずねる桐神君に、私はうなずいた。


 私のテレパシーは、『考えていること』しか聞こえない。だからテレパシーを使うタイミングで、先生が自分の超能力について考えてないとイミが無い。


「イメージとしては、『海と川』が分かりやすいかな……? 人の記憶が広い海だとしたら、心の声は海から分かれる小さな川。私のテレパシーは、その『心の川』にもぐることができる、って感じ」


 四人もの人から注目されるのは少し緊張するけど、私のチカラについて知ってもらうためにも、頑張って説明を続けなきゃ。

 木の枝を拾って、地面に海と川の絵を描きながら、口を動かす。


「川の広さは人によっていろいろだけど、私ならだいたいはもぐれる。でも『記憶の海』になると、広すぎて分からなくなっちゃうの」

「なるほどね……『先生の超能力』という名の魚を捕まえるためには、海から川へおびき寄せる必要があるわけだ」

「うん。そういうこと」


 桐神君はそう言いながら、あごに手を当てて考える。


「つまり、白水さんがテレパシーを使ってる間に、僕たちで何とかして、先生に超能力の事を考えさせればいい、って話だ」

「誘導尋問ってヤツか? 難しそうだな……」


 苦い顔をする黒見君。対して、恣堂君は何か思いついたようにひざを打つ。


「オレに良い考えがあるぜ」

「あんたの作戦……? 大丈夫かしら」

「聞く前から嫌そうな顔すんなや。センセーに超能力の事を考えさせりゃいいって話だろ? なら簡単じゃねえか」


 拳と手のひらをバチンと打ち合わせて、恣堂君が立ち上がった。


「センセーに超能力を使わせればいいんだよ。もっと言えば、『超能力を使わなきゃ』って少しでも感じさせればいい」

「超能力を使わざるをえない状況に持ち込めば、自然と超能力のことを考えてしまうってワケか。名案だけど、どうやって?」

「そんなの決まってる」


 問いかける桐神君に対し、恣堂君は力強く笑みを浮かべた。


「戦えばいいんだよ。オレが、その役目を任されてやる」



   *   *   *



 放課後は恣堂君が部活でいないから、作戦はこの後すぐに始めることになった。初めての作戦だから、半分はダメもとでって感じだけど。


 作戦はこう。

 まず、恣堂君が人目につかない校舎裏に、咲架先生を呼び出す。そこで、先生に超能力を使った戦いを挑む。やんちゃな恣堂君の考えそうなことだから、きっと先生もそこまで怪しんだりしないと思う。


 身の危険を感じたら、先生も超能力を使うはず。私はそのタイミングまで、屋上から二人の様子を観察しながら、先生の心の声を聞き続けるのが役目。先生が超能力を使うとなれば、自然と超能力について考えるはずだから、そこをしっかり聞いておけば、作戦は完了だ。


 本当は、屋上は閉まっていて入れないんだけど、桐神君のサイコキネシスを使えばカギなんてなくても開けてしまえる。ここまで離れていれば、先生に気付かれることはないはずだからね。


 黒見君と火宮さんは、今回はひとまず待機。

 何かあった時のために、先生と恣堂君がいる場所のすぐ近くで隠れてもらっている。


「白水さん、ここからでもテレパシーは拾えそう?」

「うん、大丈夫だよ」


 桐神君と二人で、屋上のフェンスに手をかけながら校舎裏を見下ろしている。ちょうど今、恣堂君が先生を連れて来た所だった。


『恣堂君、こんな所に連れて来て、一体何の用かな?』


 頭の中で、咲架先生の声がひびく。


 人は何かを話す時、『これをしゃべろう』って頭の中で一回考えてから声に出すようになっている。だから、その一瞬の思考を拾うことで、私は遠くの話し声を聞くこともできるんだ。


『センセー、ひとつ勝負しようぜ』

『勝負?』

『どっちかが相手にタッチしたら勝ちっていう、簡単な勝負だよ。オレが勝ったら、センセーの超能力について話してもらうぜ』

『なるほど。君はちまちま探るんじゃなく、手っ取り早く力ずくで聞くことにしたんだ』


 思わく通り、先生はこれが恣堂君ひとりだけの勝負だと思っている。私たちで考えた作戦だとは気付いてもいない。


『面白そうだし、その勝負に乗ってみるよ。ちょうどあと三分で昼休みが終わる。制限時間まで逃げ切れば僕の勝ちでいいかな?』

『上等だ。はじめようぜ!』


 いきなり、恣堂君がしかけた。

 咲架先生の真後ろに瞬間移動して、先生の背中に手を伸ばす。


 あまりにも素早い動き。これがテレポート……!

 この一手で勝負が決まるかと思ったけど、先生はタッチされる寸前で、くるりと体をひねってよけた。


『気付いたんだけど、この勝負ってテレポートが使える君に有利すぎない?』

『今さら気付いても遅いぜ、センセー!』


 もう一度、恣堂君は先生の背後にテレポート。

 けれど今度は、先生が振り向いた直後に、また後ろにテレポートする。先生が恣堂君の動きを目で追いかける頃には、恣堂君は別の場所に現れていた。


 どこから近づいて来るか分からない。目にも留まらぬ速さでの連続テレポートだ。


「すごいな、恣堂のチカラ。自信満々なだけはある」


 隣で見ている桐神君も、感心したように見入っていた。


 でも、途中から少し、様子がおかしくなっていく。

 最初こそ、恣堂君が動き回ることで先生をかく乱していた。けれどいつの間にか、先生の動きが追い付いてきている。


 恣堂君は何度も先生をタッチしようと手を伸ばすけど、先生はそれを全て避ける。たまに白衣の端を掴まれていたけど、すぐに振りほどいて距離を置いていた。


 まるで、恣堂君の行く先をカンペキに予測しているみたいに、その場でステップを踏むだけで、ひらひらとかいくぐっている。


「マズいぞ……恣堂の動きが読まれている。このままじゃあっという間に三分経過だ。そっちはどう? 何か手掛かりは掴めそう?」

「……ううん、何も出てこない。咲架先生、超能力を使うつもりがなさそう」


 さっきから心の声を聞いているけど、先生自身のチカラについては何も出てこない。むしろ、それ以外のことばかりたくさん聞こえてくる。


(56……55……54……)


 頭の片すみでは、昼休みが終わるまでの時間を一秒ずつカウントダウンしているし、


(次は五時の方向、152度。振り向いたら、一歩下がって半回転。手を伸ばして背後に飛んで……次は八時の方向かな)


 恣堂君が次にテレポートして来る場所を、完全に予測する片手間で、


(あっ、そろそろこの白衣、クリーニングに出さないと……予約しないとなぁ)


 ぜんぜん関係ないことを考えたりしている。

 心の川が広い……頭の回転が速いって言えばいいのかな。一秒の間にもたくさんのことを同時に考えていた。


 まるで、五人くらいの頭の中を、一気に覗いている気分。

 生まれた時からテレパシーと一緒に生きている私ですら、聞きもらしがないように集中していないと、全部を聞き取るのはむずかしかった。


「超能力を使わないといけない状況に追い込む、っていう恣堂君のアテは外れちゃったね……超能力のことなんて、ちっとも考えてないよ」

「白水さん的に言えば、魚はまだ川に来ていないって状態か。ちなみに先生は今、何を考えてる?」

「えっと、『今日の夕飯はコンビニ弁当でいいや』だって。ご飯作らないのかな」

「……作戦はダメそうだね」


 桐神君は力が抜けたようにため息をつく。

 もうすぐ昼休みも終わっちゃう。ひとつ目の作戦は失敗かな……。


(動きはワンパターンだけど、この子の超能力はだいぶ使い込まれているね)


 超能力っていう単語に反応して、あきらめかけていた私は、もう一度意識を集中させた。


(こうも惜しげもなく披露するとなると、恣堂君は超心会のスパイじゃなさそうだね。調査は一歩前進って所か)


 チョウシンカイ……? スパイ……?

 先生の超能力の情報じゃなさそうだけど、何の話なんだろう。


(さて、そろそろかな)


 先生の動きが、一気に速くなった。

 テレポートして来たばかりの恣堂君へ向かって、一歩前に出る。正面から向かって来たことに恣堂君がおどろいている隙に、先生は素早いステップで恣堂君の後ろにまわり、ぽすん、と頭に手を置いた。


「あっ……」


 それと同時に、チャイムが鳴りひびく。昼休みが終わっちゃった。


『僕の勝ちだね、恣堂君』

『クソ……なんだよあの動き……』

『すごいだろう? 一ヶ月ダンスレッスンに通ってた時期があるんだ』

『ダンス習っただけじゃああは動けねえだろ!?』

『いやいや、練習すれば誰でもできるさ』


 悔しそうな恣堂君の頭を、咲架先生は愉快そうにポンポン叩いている。


 先生の超能力について、何一つ分からなかった。それだけじゃなく、恣堂君の連続テレポートを完全に見切ったかのような、すごい動きを見せつけられた。作戦失敗どころか、大失敗かもしれない。


「やっぱり、そう簡単にはいかないか」

「だね……次の作戦を考えなきゃ」


 そう言葉を交わしながら、私と桐神君がフェンスから離れた、その直後。


(白水君、あと桐神君もいるのかな? 二人もはやく教室に戻るんだよ)


 頭の中で、咲架先生の声が聞こえた。


「うわぁ……!?」


 びっくりして、その場で尻もちをついてしまった。


「ど、どうしたの、白水さん」

「今……せ、先生が、私に……」


 今のは、テレパシー?

 いや、違う。先生が心の中で『考えた』んだ。それを、私がテレパシーで拾っただけ。


 先生は、ずーっと私に心の声を聞かれているって、最初から知っていたんだ。

 つまり……。


「最初から、作戦が見抜かれてたんだ……」


 私たちが挑んでいる相手は、思った以上に手ごわいのかもしれない。

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