第6話 オモテとウラ

 どんな時も、お風呂は気持ちが良い。一日の疲れを洗い流してくれるみたいだ。


「超能力教室……なんだか、不思議な学校生活になりそう」


 肩まで湯船に浸かりながら、私は今日の出来事を思い返していた。


 テレパシーのことがバレないように、友達も作らず、部活にも入らないつもりだった。

 本当は、他の子みたいに友達と遊んだり、好きな人と一緒に帰ったり、そんな普通の学校生活を送りたい。でも超能力を持ってるからには、仕方のないことなんだってあきらめてた。


 それが、現実はどうだろう。

 今日の放課後で、テレパシーのことを五人もの人に話しただけじゃなく、他の超能力者にも出会った。部活みたいな特別授業を受けることにもなった。


 想像とは違ったけど、良い意味で『普通』とは違う生活。

 それは、あきらめていたさみしい心を、ワクワクさせてくれる気がする。


 ――でも、そう簡単にもいかないかもしれない。


 湯船から立ち昇る湯気を追いかけるように、天井を見上げる。無意識に、小さくため息がこぼれた。


咲架さきがけ先生を信じちゃいけない、かあ……」


 ぼんやりとつぶやきながら、みんなと解散した後の、桐神きりがみ君との話を思い出す。



   *   *   *



「超能力教室のヒミツを暴く……? どういうこと、桐神君?」


 マジメな表情の桐神君にそう言われ、私は首をかしげた。


「桐神君は、先生が作った超能力教室があやしいって思ってるの?」

「考えてもみてくれ。僕たちは今まで、自分たちのチカラを隠して生きていたはずだ。少なくとも僕は大っぴらに広めちゃいないし、白水しらみずさんもそうだよね?」

「うん。できるだけ、ずっと隠してたよ」


 小学生の頃に一度バレてしまった事はあるけど、だからこそ人から離れて、気付かれないように過ごしていたつもりだよ。


「でも先生は、そんな僕たちが超能力者だってことを知っていた。ただの先生なら知ってるはずの無い、超能力についての情報を持ってるんだ。おかしいと思わない?」

「た、たしかに……どうやって知ったんだろう」

「先生は『今年の一年生に超能力者が五人いる』ってことを、何らかの手であらかじめ知っていたのかもしれない。だからこそ、僕たち五人を一か所に集めたんだ」

「その『何らかの手』っていうのが、良くない何かかもしれないって、桐神君は思ってるんだね」


 桐神君はこくりとうなずいた。


「でも、怪しいってほどじゃ無いんじゃない、かな……? 私たちのチカラのことを知ったのだって、意外なだけで普通の方法かもしれないよ?」

「根拠はもうひとつある。それが、超能力教室の『試験』についてだ」

「試験……不合格だったら、退学っていうやつだよね」

「変に思わないかい? いくら校長先生に顔がきくからって、先生一人の決めたルールで、生徒を退学にできるなんて」


 それは、私もちょっと思ったかも。いくらなんでもやりすぎじゃないのかな、って。


「それに、合格すれば沖縄旅行だの、名門高校への推薦だのって話もうさん臭いよ。不満そうにする火宮ひみやさんや恣堂しどうを説得するためにでっちあげた、エサのように思えてならないんだ」

「……そこまでして、先生は超能力教室を続けたいって事なのかな」

「たぶんね。五人の超能力者を、無理やりにでも一か所に置いておきたいんだろう。その理由がマトモであるとは思えない。僕たちに『正しいチカラの使い方を教える』っていう目的も、ここまで考えれば本当かどうかあやしい所だ」


 桐神君は真剣だ。いきなり集められたことそのものに疑問を抱いて、本気で先生をうたがってる。

 今の話を考えると、私も少し不安になって来た。


「でも、咲架先生が何か悪いことをしてるふうには見えないけどなぁ……」

「人には裏表がある。ずっと笑ってた先生も、心の中では何を企んでいるか分からないよ」


 そんな忠告に、心臓がドクンと跳ねた。


 そうだ。私は知ってるはずだよ。

 人はいつも、噓をついて生きているってことを。オモテの顔とは正反対のことを考えてるって場面も、当たり前のようにあるってことを。


 人は見かけによらない。

 そんなことは、テレパシーを使える私がよく知っているはずなのに。


「とまあ、ここまで言っておいてなんだけど、この考えはまだ予想でしかない。僕からすれば、先生も超能力教室もあやしさ満点だけど、まだ証拠がそろってないからね」


 桐神君は口の前で人差し指を立てて、声のトーンをわずかに落とした。


「だから、このことはまだ誰にも話さないで欲しい。他の三人……少なくとも火宮さんと恣堂は試験に乗り気みたいだし、決定的な証拠でもないと話を聞いてもらえなさそうだから」

「わ、分かった。とりあえずは、いつも通り普通にすごすって感じだね」

「ああ。先生の超能力を探るっていう課題の内容も、今は好都合だ。先生の正体について堂々と探る理由になるからね」


 咲架先生の超能力が何かを当てるっていう課題を受けているふりをしながら、先生が本当に悪い人なのかを探る。

 私と桐神君がこれからするべきことは、こういうことだね。


「そういうことだから、しばらくこの話は、二人だけのヒミツだ。よろしく頼んだよ」



   *   *   *



 あの時の、決意の固まった桐神君の表情は、いつも見ている笑顔とは全くの別物だった。でも、私よりも先の景色を見ているような、そんな顔もまたカッコイイって思えた。


「それに、二人だけのヒミツだなんて、何だか照れちゃうね……えへへ」


 って、何考えてるの私は! 桐神君はそういう意味で言ったんじゃないから!

 それに、私と桐神君とじゃ釣り合わないよ。たまたま『超能力』っていう共通点があるだけだもん。それが無かったら、きっと一度も会話することなく卒業をむかえちゃうだろうね……。


 今はそんな妄想してる場合じゃないよ。桐神君は真剣に先生の正体を暴こうをしているんだから、私もできることをやらないと。


 でも、本当に先生が悪者だったとしたら、何のために超能力教室なんて開いたんだろう。超能力を正しく扱うための勉強じゃないんだったら、やっぱり私たちをだまして超能力を悪用しようとしてる……?


 映画とかだと、スーパーパワーを持ったヒーローが悪の軍団をやっつける、っていうのが定番だよね。先生はそれで言う、悪の軍団ってこと? だとしたら、目的は世界征服……。


「いやいや、さすがにそれは現実味がないよ」


 もしも、先生の言っていた『悪い超能力者』が集団になって悪い計画を立てていたとしたら、それを阻止する正義の人たちもいるのかな。

 私たちの中だと、桐神君とかまさにヒーロー似合いそうだよね。正義感が強そうだし、私のことも助けてくれたし。


 いけない、ちがうこと考えてしまった。今は咲架先生のことだよね。

 でも今の段階では、まだ考えをまとめるほどの情報がない。今の私に想像できる先生の正体と言えば、せいぜい映画みたいな悪の組織か、テロリストくらいだよね。


 それで、超能力教室の授業って噓をついて私たちに悪いことをさせたりして。そうなったら、私たちは無実の罪を着せられて、もう二度と普通の生活を送れなくなったり……。


「……ダメだ、考えが変な方向にばっかり進んでる」


 続きは、お風呂を出てから考えよう。少し長湯しすぎちゃったかもしれない。

 そう思って、湯船から立ち上がった時だった。


 パチン!


 後ろから、何かが弾けたような音がした。そして、背中の辺りまで伸ばしている髪が、はらりと広がった。湯船に浸かる時は、いつもまとめているはずなのに。

 さっきの音は、髪を留めてたヘアゴムが切れた音だったんだ。


「先月買ったばっかりなんだけどなぁ」


 ふしぎに思いながらも、水面に浮かぶヘアゴムを拾い上げた。こんなにすぐ切れるんだったら、じょうぶなヘアバンドの方が良かったかな。


 そう言えば、靴ひもが切れるのは良くないことの前ぶれって話があったよね。ヘアゴムでもそうだったりするのかな……。


「まさか本当に、悪いことがおきたりしないよね……?」


 さっきまで考えてたことを思い出して、何だか少し怖くなってきちゃった。今日は早めに寝よう。

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