第5話 白水こころのキズ

 いつの間にか桐神きりがみ君は席を立っていて、少し怒ったような顔で、恣堂しどう君をじっと見ていた。


白水しらみずさんのテレパシーだと、確かに人の心をのぞき見ることができると思う。けど、それと白水さんがそうするかどうかは、別の問題だ」

「けど、するかもしれねえだろ? しかも、心をのぞき見られてもオレらには分からねえワケだしよ」

「じゃあ逆に聞くけど、恣堂。君はそのテレポートを使って、どこかに不法侵入したことはあるか?」

「はあ……?」


 いきなりそんな事を聞かれて、恣堂君は首をかしげた。


「君のチカラは、やろうと思えばどこにでも行けるチカラだ。店で万引きし放題、銀行の金庫に入ってお金も盗み放題。それこそ人の家に上がって、隠されたヒミツをのぞき見ることだってできる。テレパシーなんか比じゃないくらいに、悪いことができるだろうね」

「お、オレがそんなことしてるって言いたいのかよ!? してねえからな!」

「でも、今ここで証明はできないだろ?」

「うぐっ……」


 桐神君とは今日初めて話したけど、怒ったらあんなに厳しい顔をするんだ……。

 桐神君に真っ直ぐ見つめられ、恣堂君がたじろいだ。


「もちろん君だけじゃない。僕も含めてみんな、超能力で悪事をはたらくことができてしまう。でも、きっとそうじゃないって僕は思ってる。だから恣堂も、自分を信じて欲しかったら、まずは他の人を信じるべきだ。白水さんが、テレパシーを悪用する人に見えるかい?」

「……いや、ただの人見知りな女子にしか見えねえな」

「あんた、それも失礼でしょ」


 火宮ひみやさんが呆れたように言うけど、人見知りなのは本当だから、私からは何も言えない。


「先生が言ってた『超能力を悪用する』っていう話は、こういうことだ。このチカラがあれば、普通じゃできない悪いこともできてしまえる。そうしないように僕たちは気を付けるべきだし、同じ超能力者の仲間をむやみに疑うべきじゃない。そうですよね、先生」

「僕の言いたいことを全部持っていくね、君は」


 咲架さきがけ先生は、にへっと笑った。


「桐神君が今言った通りだ。君たちはまず、信じる所から始めたまえ。最初に言っただろう? まずはお互いを知って、仲良くなろうってさ」

「……そういうワケだから、白水さんが気に病む必要なんてないからね」


 こっちを向いた桐神君の目が、やさしく細められる。目に見えて怯えていた私を、安心させようとしてくれたんだ。


「あ、ありがとう。桐神君……」


 かすれそうな声で、どうにかお礼は言えた。なんだか今日は、助けてもらってばっかりだ。

 迷惑ばかりかけて申し訳ない気持ちもあるけど、初めて誰かが味方してくれて、とても嬉しい気持ちもある。


「さて。ひと悶着あったけど、僕の自己紹介が残ってたね。僕は桐神怜斗れんとだ」


 桐神君が席を立った、その時。

 机と椅子が、見えない糸に引っ張られるみたいに、ふわりと浮かび上がった。


「僕の超能力は、触れずに物を動かす『サイコキネシス』。白水さんのテレパシーと同じくらい、超能力と言えばって感じの、わりと有名で分かりやすいチカラだ」

「いいなぁ……やっぱりみんな、俺より便利な超能力持ってるじゃん」

「そうすねなくても、君のサイコメトリーだって十分すごいチカラだよ」


 話してる間にも、机と椅子はもとの場所に戻っていった。

 黒見君の言う通り、これはかなり便利な超能力だね。


「よし、全員自己紹介が終わったかな?」


 桐神君が席に座ったところで、先生はパンパンと手を叩いて視線を集めた。


「今日は超能力教室の初日だから、これでもう解散……なんだけど、最後にふたつ話があります」


 二本指を立てて、咲架先生はゆっくり語り出す。


「まず、ひとつ目。これはみんな分かってるだろうけど、この超能力教室の事は誰にも言ってはいけない。友達にも、他の先生にもヒミツだ」

「先生にも、ですか?」

「この学校で超能力のことを知ってるのは、僕と校長先生の二人だけだからね。それ以外の先生には、『成績を上げるための特別授業』だと言っているんだ。君たちもクラスメイトとかに何か聞かれたら、そう言ってごまかしておいてくれ」


 そっか。超能力のことはもちろんヒミツだから、それに関係するこの授業のことも話しちゃいけないんだ。


「そして、ふたつ目は……これから君たち五人に、課題を出します」

「課題ぃ? プリントでもやらせるんすか?」

「そうイヤそうな顔をしないでくれ、恣堂君。超能力教室の課題だよ? もちろん超能力に関することさ。まあ、課題というより、ある種のテストと言った方がいいかもね」


 先生は口の端をつり上げる。さっきまでの明るい笑顔とはちがう、何か挑戦を持ちかけて来るような、含みのある笑みだった。


「期限は一週間。それまでに、僕の超能力が何なのかを当ててもらう」


 予想外の言葉に、教室がしんと静まり返った。

 一週間以内に、先生の超能力を当てるのが課題。ってことは……。


「先生も、超能力者なんですか……!?」

「そう。実は僕も、超能力を持ってるんだ。でもそれを、ただ教えるだけじゃつまらないだろう? だから、君たち超能力教室の生徒への、最初の課題にしようと思ってね」

「当てるって言っても、どうやって答えを出せばいいのよ。ヒントとかくれないの?」


 火宮さんは眉をひそめてそう言った。その要求には、私も同じ気持ちだった。


 私は今日はじめて、自分以外にも超能力者がいるって事を知った。そして、超能力はテレパシーだけじゃない、ということも。

 きっと私も知らない超能力が、この世にはまだまだあるんだろう。


 そう思うと、やっぱり火宮さんの言う通り、何もヒントが無い状態だと考えようがないよね。


「その気持ちも分かるけど、ヒントはあげられない。君たち自身で掴むんだ」

「私たち自身で……?」

「君たちには便利な超能力があるじゃないか。それを工夫して、僕の事を調べてみてくれ。これは、君たちがどれくらい超能力を使いこなせているかのテストでもある」


 先生は握りこぶしを作って、自分の胸をトントンと叩いた。


「僕の超能力を見事言い当てたら勝ち、何も分からずに一週間が過ぎたら負け。簡単なゲームだろう?」

「おもしれえ! 受けてたつぜ、センセー!」


 いちばんに食いついたのは恣堂君。勝負ごとが好きなのかも。


「こっちには超能力者が五人。しかもあたしがいるんだから、楽勝よね」

「気持ち良く寝るためにも、課題はきっちり終わらせないとな」


 火宮さんと黒見君も、やる気十分といった様子。私も足を引っ張らないように、頑張らないと……!


「それじゃあ、今日はここでおしまい。次の授業は一週間後だから、それまでに答えを出しておいてねー」


 ひらひらと手を振った咲架先生は、そのままドアの前まで歩く。


「あっと、最後にひとつだけ」


 ドアに手をかけた所で、先生は顔だけ私たちの方に振り向いた。


「超能力を使って調べろとは言ったけど、人の迷惑になるような使い方はダメだからね? くれぐれも、『悪い超能力者』にならないように」


 ニコッと笑っていたけど、メガネの奥にある瞳には、大人だけが持つするどい光があった。

 私たちに釘を刺すと、今度こそ先生は、白衣をひるがえして廊下へと消えた。

 残された私たちは、お互いに顔を見合わせる。


「で、どうする?」


 きっとみんなが考えてる言葉を、代表して桐神君が口にした。


「このまま、咲架先生の超能力を見破るための作戦会議でもする?」

「オレは部活行くわ。三十分くらい遅れたけど、まだ間に合うだろうしな」

「あたしも今日はパス。なんか疲れたし」

「一気にいろんなことを聞かされたしな。俺も早く帰って寝たいかも」


 桐神君の提案も、あえなく却下。っていうか黒見君、まだ寝るの……?


「五人中三人もそう言うなら、しょうがないか。白水さんもそれでいい?」

「うん。私もちょっと、頭がパンクしそうだから……」

「それもそうだ。じゃ、今日はやめにしよう」


 作戦会議はまた明日ということになって、みんな教室から出て行った。

 まさか他の超能力者に会うなんて、想像もしてなかった。考えをまとめるために、私も早く帰ろう。

 あっ、でもその前に……。


「いた。き、桐神君!」


 廊下に出て、ちょうど帰ろうとしていた桐神君に声をかけた。暖かい春の西日に照らされながら振り向く彼は、ずいぶんと絵になっていた。


「どうしたの?」

「えっと、さっきのお礼、言っておきたくて」

「さっきの……? ああ、恣堂とちょっと言い合った時か」

「恣堂君は冗談のつもりだったかもだけど、言ってる事もまちがってはないかなって思うの。私のテレパシーは、怖がられてもしょうがないチカラだし……でも、だからこそ、桐神君が味方してくれて嬉しかった」


 人と顔を合わせて話すのはまだ緊張するけど、今だけは、頑張って目を見てお礼を言った。


「だから、ありがとね。桐神君」


 お礼を言われるのが意外だったのか、桐神君は目をぱちくりさせる。


「そっか。じゃあ、その感謝はありがたく受け取るよ。どういたしまして」


 それから、ふっとはにかんだ。晴れた日のお日様のような、やわらかくて暖かい笑み。


 超能力教室なんてものに参加することになって混乱してたけど、桐神君がいてくれてよかったかも。話したのは今日が初めてだけど、なんだか自然に会話ができる。


「そうだ。僕からもひとつ、白水さんに言っておきたい事があるんだ」

「私に?」


 桐神君は周りに誰もいないことを確認すると、少しだけ距離を詰めて来た。

 うってかわって、真剣な表情を浮かべる桐神君の顔が近くに来て、思わずドキリとする。


「超能力教室には――いや、咲架先生には、おそらく大きなヒミツがあると思うんだ。それも、とても良くない何かが」

「え……?」


 告げられたのは、あまりにもとつぜんで、予想外の話だった。


「僕はそのヒミツを暴きたいと思ってる。だから、白水さんにも協力して欲しいんだ」

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