第4話 それぞれのチカラ

「それじゃあ、マジメな話はここまでにして」


 黒板の前に立つ咲架さきがけ先生は、気持ちを切り替えるように、パンッと両手をたたいた。


「さっきやりそびれた自己紹介を改めて始めようか。今から君たちは、超能力教室の仲間だ。親睦を深めるためにも、お互いの事をよく知らないとね」


 そう言いながら、先生はチョークを手に取り、黒板に大きく自分の名前を書いた。


「まずは先生である僕から。名前は咲架悠理ゆうり、23歳の独身。超能力については人よりずっと詳しいから、気になることは何でも聞いてね」


 チョークをペン回しのようにくるくる回しながら、ほがらかに笑う咲架先生。

 教室に入って来た時からずっと笑っているからかな。最初に感じた「得体の知れなさ」は少しずつ薄れていって、今はむしろ他の先生よりも話しやすい雰囲気を感じる。


「さて、次は誰かな? せっかくだからそれぞれの超能力についても披露して欲しいな」

「うっし、そういう事ならまずはオレだな!」


 大きな声で威勢よく立ち上がったのは、高校推薦の話を出されてからやる気まんまんな様子の恣堂しどう君。


「オレは恣堂歩無あゆむ、サッカー部に入ってる。運動については自信あるぜ」


 力強くニヤリと笑う恣堂君。

 さっぱりと短く切られた髪に、背が高くて体付きもしっかりしている。まさに、スポーツ男子といった感じ。


「そんでオレの超能力だが……まあ、少なくともこの中じゃ最強だろうな。オレの他にもいたとはおどろきだが、まあオレより上はいねえだろ」

「そこまで言うなら、もったいぶってないでさっさと見せなさいよ」


 火宮ひみやさんにそう言われ、恣堂君の眉毛がピクリと動いた。


「ふっ……そこまで言うなら見せてやる。最強の超能力――『テレポート』をな!」


 とつぜん、恣堂君の姿が消えた。まるでビデオをスキップしたみたいに、一瞬でいなくなってしまった。


「どうだ、驚いただろ」

「え……!?」


 後ろから、恣堂君の声がする。

 あわてて振り向くと、さっきまで席に座ってたはずの恣堂君が、私たちの後ろに、自身に満ちたドヤ顔で立っていた。


「一瞬ではなれた所に行ける、いわゆる瞬間移動ってヤツさ。このテレポートこそが、オレの自慢の超能力だ」

「す、すごい……」

「だろだろ? 見る目あるな、お前」


 感想が声に出ていた私に、恣堂君は満足げに笑みを深くした。

 テレポート……私のテレパシーとぜんぜんちがう。もしかして、超能力ってテレパシー以外にもたくさんあるの……?


「なーんだ。どれだけすごいチカラかと思ったら、地味なものね」


 おどろく私をよそに、火宮さんはおおげさに肩をすくめて冷笑する。


「んだと? そう言うお前こそどうなんだよ。これでショボいチカラだったらただじゃおかねえぞ」

「心配しなくても、あたしの超能力はもっとハデでキレイなんだから」


 火宮さんは立ち上がって、肩にかかっていたさらさらの長い髪を、フサァっと払った。

 さっきから恣堂君となにかといがみ合っている、気の強い女の子。凛々しい表情からも、力強さが伝わって来る。


「あたしは火宮めぐみ。超能力は、炎をあやつる『パイロキネシス』よ」


 ボッ!

 火宮さんが人差し指を立てると、指先に火が灯った。またテレパシーとはちがう超能力だ。


「何だよ、ライターみたいなモンじゃねえか」

「は?」


 ガッカリしたようにバカにする恣堂君の言葉に、火宮さんがカチンと来たみたい。

 突き刺すような視線のまま、口は挑発的に笑っているから、余計にこわい顔になっていた。


「これでもまだ、ふざけたことが言えるかしら?」


 ゴオゥッ!!!!

 火宮さんの手のひらから飛び出したのは、ライターどころかガスバーナーの火すらも超える大きさの炎。天井にまで届きそうな、大きな炎のうずだった。


「うおっ!」


 びっくりして、一歩後ずさる恣堂君。でも、すぐに強がるように腕を組んだ。


「へ、へぇ、やるじゃん? でもまあ、ハデならいいってもんじゃねえだろ? 実用性で言えば、遅刻しそうになった時に便利な、オレのテレポートの方が上だ」

「やだやだ、強がっちゃって。男子は料理なんてしないでしょうから、このパイロキネシスのすばらしさが分からないのね。かわいそうに」


 また、二人の言い合いが始まった。仲が悪いのかと思ったけど、むしろ「ケンカするほど仲が良い」ってやつなのかも……?

 それにしても火宮さん、料理するんだ。第一印象はちょっと怖かったけど、顔も整ってるし長い髪もキレイだし、キッチンに立つ姿がふしぎとすぐに想像できる。


「エプロンも似合いそう……あっ」


 思わず口を挟んじゃった。けれど幸い、火宮さんは怒ってない。それどころか少しうれしそうだった。


「あんた、もしかしてあたしに興味ある? あたしのすごさを認めるっていうなら、あんたに料理ふるまってあげてもいいわよ?」

「ちょっと待てよ、ソイツはオレの味方なんだからな。オレのテレポートの方がカッケーだろ?」

「何言ってんの? あたしの方がスゴイに決まってるわ。そうよね?」

「え、えっと、その……」


 左に恣堂君、右に火宮さん。二人に板ばさみにされ、私はどう答えたらいいかわからず、言葉に詰まってしまった。

 ただでさえ、人と話すのは苦手なのに、どっちを選んでもどっちかが傷つく選択なんて、できないよ……。


「そのへんにしとかないか。その子、困ってるだろ」


 助け船を出してくれたのは、机に突っ伏していた黒見くろみ君だった。


「二人とも、俺の超能力と比べたら便利だしかっこいいし、今回は引き分けってことでいいんじゃないか?」

「……ま、オレのチカラが最強なのは、今さら決めるまでもない話だからな。今日はやめにしてやるよ」

「そうね。あたしが格上なのは分かり切ってるもの。格下相手にムキになるほど私も子供じゃないわ」


 二人とも、自分こそが上だと思ってるのは変わらないみたいだけど、便利とかかっこいいとか言われて、気分が良さそうだった。

 とにかく解放された私は、ほっとため息をついた。


「で、次は俺かな……?」


 そのままの流れで、黒見君が起き上がる。本当にかなり眠いのか、椅子から立ち上がるだけでもおっくうそうにしてる。

 今まではぐでーっと机にもたれていたから分かりにくかったけど、よく見たら黒見君、体も細くて顔も小さい。ふわっとした天然パーマも含めて、まるで女の子みたいな見た目の男の子だった。


「名前は黒見徳志あつし。一年3組、部活には入ってない。超能力は、触った物の残留思念を読み取る『サイコメトリー』」

「ざ、ざんりゅーしねん?」

「モノに残った記憶って意味。簡単に言えば、手に持った物に関する『過去』を見るチカラ、って感じかな」


 物に残った記憶を見るチカラ……。

 なんだか、『人の心を見る』っていう私のテレパシーと、似てる気がする。


「まあ、今の二人みたいに目に見えるような超能力じゃないから、説明だけになっちゃうんだけど……せっかくだし、何かやって見せようか」


 そう言うと黒見君は、さっきまでもたれていた机に右手を置いて、静かに目を閉じた。きっと、超能力を使ってるんだ。


「……二時間くらい前。咲架先生が一人で机と椅子を並べてるのが見える。三つほど机を並べた辺りで、つまづいて転びそうになってるな。その時に右足のつま先を痛めたっぽい」

「そ、そんな事まで分かっちゃうんだ」


 私は黒見君と咲架先生を交互に見る。私だけじゃなくみんなに注目されて、先生はうんうんとうなずいた。


「全部、黒見君の言う通りさ。今もつま先がジンジン痛む」

「ちなみに、転びそうになった拍子に左のひじを思いっきり机にぶつけて、痛そうにうずくまりながら『痛いの痛いの飛んでけー』ってやってる」

「細かすぎるね君のサイコメトリー! 先生ちょっとはずかしいよ!」

「大の大人が空き教室でひとり、子供にやるみたいなおまじないをしてる」

「黒見君!? 言い方にトゲあるよね!?」


 大真面目な顔でからかう黒見君に、先生は少しはずかしそうに顔を赤くしていた。

 その様子がおかしくて、ついクスリと笑いがこぼれた。


「コホン。もういいよ黒見君。きっとみんなにも、君のサイコメトリーは十分伝わった。次にいこう次に」


 咲架先生は大きくせき払いをして、無理やり話を進める。その視線は、まだ自己紹介をしてない私と桐神きりがみ君に向けられている。


「僕は最後でいいよ。お先どうぞ」

「あ、ありがとう」


 いちばん最後はいちばん最初と同じくらい緊張してしまう。桐神君は、そんな私の考えに気付いたみたいに、先をゆずってくれた。


「えっと、白水しらみずこころ、1組です。超能力は……『テレパシー』、です……」


 緊張しすぎてなぜか敬語になってしまった。それに、チカラの事を自分から話すなんて初めてで、思った以上に心臓がバクバクしてる。


「テレパシーって、心の声を聞いたり、送ったりするやつ?」

「う、うん。みんなが知ってるテレパシーと、同じだと思う」


 桐神君の問いに、こくりとうなずく。みんなの超能力を聞いた後だと、私のテレパシーはいちばん想像しやすいかもしれない。


「へー、そんなチカラもあんのか。まあ、やっぱオレよりスゲー超能力はいねえよな」

「あんた、そればっかりね……」

「それよか、知らないあいだに頭の中を見られないように気を付けないとな。テレパシーってそういうチカラなんだろ?」

「……っ!」


 冗談のつもりで言ったんだろう恣堂君の言葉に、私は息が詰まった。

 一年くらい前。テレパシーが周りにバレてしまった時の事を、思い出してしまったから。


 考えてることが全部知られる。人のヒミツを勝手に盗み見る、気持ち悪いチカラ。

 周りにいたみんなが私を気味悪がって、いっせいに非難を浴びせられた。私を見るみんなの目がこわい。容赦なく心を刺してくるような、言葉のひとつひとつがこわい。


 世の中の全てが敵に見えたあの頃の出来事が、記憶の奥底から顔を出して来たみたいだった。

 肩も足もふるえて、とてもくらくらする。息がしづらくなっているのが、自分でも分かる。


「そんな言い方はないだろ、恣堂」


 真っ暗になりかけていた私の意識を現実まで引き戻したのは、桐神君の力強い声だった。

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