第2話 バラバラな五人

 昼休みが終わり、少し沈んだ気持ちのまま、午後の授業を受ける。

 きっと授業中もテレパシーを使っていたら、問題を解こうと悩む声とか授業と関係ないことを考える声とか、静まり返った教室とは正反対に、大量の声が流れ込んで来るんだろうな。


 でも、昼休みでの一件が終わってから、テレパシーのスイッチは切っている。だから授業中も、他の人と同じで静かに先生の話を聞いているだけで終わった。

 入学したばかりだから、授業の内容もそこまで難しくないしね。


 そして今は、帰りの会の最後、先生の話を聞いている所。

 宿題は忘れずやって来ましょう。近くで不審者が出たらしいから気を付けましょう。そんないつも通りの話が終わった。


「最後に、白水しらみずさんと桐神きりがみ君。二人はこの後、三階の空き教室に来てください。咲架さきがけ先生が話があるそうです」

「えっ?」


 名前を呼ばれると思ってなかったから、おどろいてしまった。

 咲架先生って確か、三年くらい前に来たばかりって話の特別教論だったよね。まだ一度も話した事ないけど、何の用事なんだろう。


 それに、気になる事はもう一つ。

 私と一緒に呼ばれてた男子――桐神怜斗れんと君。整った顔立ちに人当たりの良い性格、おまけに勉強もスポーツも優秀って噂で、女子だけじゃなく男子からの人気も凄い、まさに絵に描いたような優等生の美男子。


 そんな彼と、私はクラスメイトって以外の接点が全くない。なのに二人で呼び出しだなんて、ますます何の用事なのかさっぱり分からない。


 そう私が考え込んでいる間にも、帰りの会は終わり、クラスのみんなは部活の見学に行ったり、入部した人はさっそく部活に行ったり、思い思いの放課後をすごすために教室を出て行く。


 人と話すのが苦手なうえに、テレパシーのことがバレたら困る私は、誰とも話すことなく学校生活を送っている。だから、「一緒に部活の見学に行こう」とか「一緒に帰ろう」って誘ってくれる友だちはいない。


 そもそも、ほとんどの子が小学校からの友だちなのに対して、私は入学前に引っ越した関係で、同じ小学校の子はひとりもいない。私はそれが助かってるから、そこに不満はないんだけどね。


 今日も一人で帰りのしたくを済ませて、呼び出しのあった空き教室へ向かおうとした。


「白水さんも、さっき呼ばれてたよね」


 でも、今日は一人じゃなかった。

 席を立った所で、桐神君が話しかけてきた。


 目元はキリッと引き締まっているけど、口にはいつもさわやかな笑みを浮かべている。男子にしては少し長い髪や、色白の肌もきれいに保たれていて、見た目にも気を配っているんだと分かる。

 外も内もカンペキだなんて、それは人も集まるわけだよ。


「あ、えっと、うん。私も、呼ばれたよ」


 そんな完成された顔がいつの間にかすぐ近くにあって、思うように言葉が出なかった。しどろもどろになりながらも、何とか返事をする。


「桐神君もだよね、呼ばれたの」

「ああ。せっかくだし一緒に行こうよ。僕、三階には行った事無いんだよね」

「私も……空き教室って、たしか一番端にあるんだよね」

「聞いた話だと、あそこは少し前まで物置だったらしい。最近になって先生が出入りするようになった、って知り合いの先輩が言ってたよ」

「そうなんだ……じゃあもしかしたら、その片付けを手伝わされるのかな」

「ハハ、だとしたらちょっと大変かもね」


 そんな事を話しながら、二人で三階へと向かう。

 つい自然な流れで一緒に歩いてるけど、あっという間にクラスの人気者になった桐神君と、あっという間にクラスのぼっちになった私じゃ、住む世界がちがう。

 なのに、他のクラスメイトと同じように明るく接してくれるなんて、本当に桐神君は優しいんだなぁ。


 ……でも、そんな桐神君だって、心の中では正反対の事を考えているかもしれない。本当は今も、根暗な私と無理に会話を続けようとしているだけかもしれない。


 って、良くないよ私! また悪いクセが出てる!

 どんな人にも裏表があるって分かってから、まともに人の事を信用できなくなっていた。

 桐神君は本当にいい人なのかもしれないのに、勝手にうたがって、決めつける所だった。とてつもなく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……どうかした? ちょっと顔色悪いけど」


 私の顔を覗き込んで、心配そうに声をかけてくれた。

 私はその優しさを疑ってしまったのに、桐神君は初めてしゃべった私の体にまで気を使ってくれるなんて、ますます申し訳ない。こんな事があるたびに、私は自分の事が嫌いになっていく。


「ううん、大丈夫。なんでもないよ」


 私はどうにか笑顔を作って答えた。

 やっぱり桐神君は良い人だ。テレパシーで心を読むまでもなく、そう思えた。


 話をしながら歩いているうちに、三階の空き教室の前までやって来た。「家庭科室」や「理科室」みたいなプレートは無く、その名の通り、何にも使われていない「空き教室」だと分かる。


「電気ついてるね。もう先生来てるのかも」


 来た事がない部屋に初めて入るのはふしぎと緊張する。

 そんな私の気持ちが顔に出ていたのか、桐神君は私の前に立って扉を開けてくれた。


「失礼しま……あれ」


 ドアを開けた桐神君の言葉が、途中で止まった。

 立ち止まる桐神君の後ろから教室の中を見ると、彼がおどろいた理由が分かった。


「あら? また増えたわね」

「誰だお前ら。咲架センセーか」

「どう見ても生徒だろ……きっと1組の……ぐう」


 私たちより先に、三人の生徒が席に座っていた。

 気が強そうな釣り目の女の子。背が高くてちょっと怖そうな男の子。そして、机に突っ伏して眠そうにしている男の子。


「君たちも先生に呼ばれてここに?」

「そうよ。あたしが2組で、こっちの男子二人が3組。みんな一年よ」


 釣り目の子は、よく通る声でハッキリとそう答えた。


「僕たち二人だけじゃないっぽいね、白水さん」

「みたいだね。相変わらず、呼ばれた理由は分からないけど……」


 空き教室には、机と椅子が全部で五セット置かれていた。つまり、私と桐神君が最後。この五人が、呼び出された全員なんだ。


「その……三人は、今から何するのか、聞いてるの?」


 同じ一年生らしいけど、やっぱり人と話すのは緊張する。おそるおそる聞いてみると、怖そうな男の子と目が合った。


「オレらも知らねえ。咲架センセーにも会った事ねえしな。その感じだと、お前らも同じみたいだな」


 勝手に不良か何かだと思ってた男の子は意外にも、私の言葉に普通に返してくれた。


「あたしらもたぶん、あんたらと同じくらい何も知らないわ。何かやらかした覚えも無いし。まあこの、授業中にも寝てそうなヤツと、さっきから偉そうで生意気なヤツは、先生に叱られそうだけど」

「あ? 生意気なのはお前の方だろうが」

「そうやってすぐ相手をにらみつけるの、やめた方がいいわよ。強がってるのが丸わかり」

「んだと? ケンカ売ってんのか?」


 釣り目の女の子と背の高い男の子が、怒りの宿ったするどい目でお互いを射抜く。もう一人の眠そうな男の子は……止めようともしない。って言うか、目を閉じたまま動いてない。もしかして寝てるの? この状況で!?


「ちょ、ちょっと二人とも、ケンカは駄目だよ」


 私はとっさに、二人の間に入った。

 今から先生が来るのに、ケンカはしないでほしい。


「うるせえな、お前には関係ないだろ」

「そうよ。あんたは引っ込んでなさい」

「か、関係あるよっ。私たち、みんな先生に呼ばれて集まったでしょ?」


 左右からにらまれて、声が震えそうになるけど、思ってることは最後まで伝えないと。


「なら、一緒に何かをするかもしれないじゃん。だから、その……せっかくだし……」


 二人からじっと見られて、声がだんだんと小さくなっていく。


「せっかくなら仲良くしないか、って言いたいんだよね」


 そんな私を見かねてか、桐神君が続きをつないでくれた。

 桐神君もケンカを始めそうな二人の間に入って、それぞれへ顔を向けながらほほ笑む。


「僕も白水さんに賛成かな。一緒に何かをやるっていうなら、良い雰囲気のほうがいいだろ?」


 私だけじゃなく桐神君にまで止められて、二人は少しだけ圧を引っ込めた。

 無事に止められたみたいで、桐神君は満足げにうなずいた。


「それに、僕らが一緒のグループになるのは、ほとんど決まりだと思うしね」

「何でそう思うんだよ」

「だって、わざわざ五人分の席を用意してるんだ。何かを手伝ってもらう人手がほしくて呼んだだけなら、もっと呼べばいい話だし、そもそも机なんて並べなくてもいいだろ? 誰でも良かったんじゃなく、『僕たち五人』に用があるんだと思うな」


 たしかに、桐神君の言いぶんは一理ある。

 この空き教室の広さは、いつも授業を受けてる教室と同じくらい。だけど、かつて物置だったにしてはキレイで、ほとんど物がない。


 そして、部屋の中心に机と椅子が五つ並んでいる。「五人で何かをする」っていうのは間違いないんだと思う。


「さすが! 理解が速くて助かるよ」

「……っ!?」


 教室の入口からいきなり声がして、思わず肩がビクリと跳ねた。

 勢いよく振り向くと、四角いふちのメガネをかけた男の人が立っていた。顔から見て取れる知的な印象を上書きするくらいに、彼は楽しそうにニコニコと笑っていた。


「よしよし、全員そろってるね。むしろ僕が遅れたのかな? ゴメンねー」


 すらりと伸びた手足や細いシルエットに目が行くけど、それ以上に、まるでお医者さんかのような白衣を着ているのが、一番ふしぎ。

 けれど、黒板の前まで歩く足取りやたたずまいは、今まで会って来た大人の中で一番「得体の知れなさ」を感じた。


「もしかして……咲架先生、ですか?」

「その通り。僕こそが、咲架悠理ゆうり先生だよ。君たちをここに集め、そして――」


 教卓に手を突いた先生は、メガネの奥で目を細めてこう続けた。


「今からこの、『超能力教室』の先生を担当する者だ」

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