ヒミツの超能力教室
ポテトギア
第1話 大嫌いなテレパシー
相手が何を考えているのか。普通はそんなこと、分かるはずもない。
ニコニコしている先生が何を考えているのか。楽しそうにおしゃべりをするクラスメイトが何を思っているのか。
顔を見ても、話をしても、実際はどんな感情を抱いているのか、そんなものは分からない。それが普通。
でも、どうやら私は普通じゃない。
私――
心を読む事ができる超能力。いわゆる『テレパシー』を、私は使える。
私の考えていることを送信することもできるけれど、このチカラは『聞く』ことに特化していると思ってる。
テレパシーを使えば、その人の考えていることが全て分かる。
朝寝坊したお兄ちゃんが遅刻の言い訳について悩んでいること。通りすがりのサラリーマンが今日の会議について考えていること。同じクラスの女子が先輩に告白しようとドキドキしていること。
全て手に取るように分かってしまう。
でも、本音を言えば、こんなチカラはない方がいい。
世の中には『知らない方が良いこと』があって、人の心なんかはまさにそれだ。
進んで人助けをする人気者の学級委員長が、
(こいつら、すぐに僕を頼ってきやがって……少しは自分で何とかしろよ)
って、本当は周りの人を嫌っていたり。
仲良さそうに話している女子二人組が、
(この子の話、面白くないんだよねー。ウケるふりするのメンドクサイんだけど)
(毎日わざとらしい笑い方ね。私の話が面白くないならハッキリ言えばいいのに)
って、本当は全然仲良しじゃなかったり。
誰も心の中を見られているなんて思っていないから、みんな心の中では好き放題に悪口を言う。人の心なんて、覗いても気分が落ち込むだけなんだ。
噓をつくのは悪いことじゃない。ヒミツを隠すのは何もおかしなことじゃない。みんな、人を傷付けないために『本当の自分』を隠しているんだから。
悪いのは私。私のチカラが、勝手に人のヒミツを覗き見ているだけ。
テレパシーがあって良かった、って思えたことは今まで数えるほどもないのに、テレパシーなんてなければ良かったって思ったことは、数え切れないほどにある。
だから私は、できるだけテレパシーを使わないようにしている。
誰かの心なんて、もう聞きたくないんだから。
「よし、誰もいないよね……」
そんな私は昼休みになると、人のいない校舎裏へ足を運んでいる。周りに人がいない場所で、こっそりとテレパシーを使うため。
本当なら、テレパシーなんて一生使いたくない。
でも厄介な事に、テレパシーを使わないまま放っておくと、どうしてか体調が悪くなるの。
だから一日一回、誰かの心の声を拾わないような静かな場所で、そっとテレパシーを使うことにしている。中学校に入学してから一週間が過ぎたけど、毎日かかさずやっている。
使いたくないのに使わないといけない。もどかしいけれど、仕方がないことなんだ。
このチカラを持って生まれてしまったからには、どうにかして付き合っていかないといけないんだから……。
(……よ、この人……。……怖い……)
ふと、誰かの心の声が聞こえた……!
ここには誰もいないと思ってたけど、近くに誰かがいたんだ。
(近道だからって、校舎裏なんて通るんじゃなかった……)
集中していると、テレパシーはよりハッキリと聞こえてくる。
女の子の声だ。すぐ近くから聞こえる。明らかに、何か困っている。
(コイツ一年か? ツイてるぜ。新入生でもちょっとくらい金持ってるだろ)
今度は男の子の声。もっと集中すると、さらにもう二人いる事に気が付いた。
間違いない、カツアゲだ。一年生の女の子をおどして、お金を奪おうとしているんだ!
怖いけど……見て見ぬふりはしたくない。
このテレパシーが人の役に立つのなら、私は頑張ってチカラを使う。
出来ることなら一生使いたくない、なんていう考えとチグハグかもしれないけど、困っている人の為には、このチカラを使いたいんだ。
ただし、テレパシーのことは絶対にバレちゃいけない。
こんなチカラが周りに知られたらロクなことにならないなんて、目に見えて分かってるから……。
(先生! 校舎裏に来てください!)
ここから一番近い所にいる先生へ、テレパシーを飛ばした。テレパシーなんて知らない先生は不思議に思うかもしれないけど、できるだけ必死に叫んだから、きっと普通の声と思って来てくれるはず。
でも……もしかしたら、間に合わないかもしれない。
私のテレパシーは、誰かの心の声を聞いたり、私の心の声を飛ばした時、その人がどこにいるのかが何となく分かる。
私が助けを呼んだ先生がここに来るまで、少なくとも二分はかかると思う。
それまで、どうにかして私が時間をかせがなくちゃ……!
「だから、私お金なんて持ってません!」
「嘘つくなよー、ホントは持って来てるんだろ?」
「お前もこの学校に自販機があるの知ってるだろ? ちょっとくらい隠し持ってるだろ」
心の声を頼りに近付くと、やがてテレパシーを使わなくても声が聞こえるまで近くに来た。物かげからそっと様子をうかがうと、おそらく先輩の男子が三人で、一人の女子を囲んでいた。
強面の先輩は三人ともニヤニヤと笑みを浮かべていて、女の子は困り果てたように涙目になっていた。
早くしないと、今にも襲われてしまいそうだ。先生が来るまで待っているわけにはいかない……!
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ふるえる足をどうにか動かして、私は物かげから飛び出した。
勇ましく飛び出したわりに、声まで震えて情けないと自分でも思ってる。けど、今は考えないようにしよう。今はこの場をしのぐ事だけを考えるんだ。
「その子、嫌がってるじゃないですか……そ、それに、お金も持ってないって」
「なんだ、この子のお友達か?」
「だったらちょうどいい。お前も金分けてくれよ」
狙いが私に移ったみたい。けど、三人のうち一人はさっきの女の子を見張っているし、私がおとりになってる隙に逃がせそうにもない。
こうなったら、奥の手……!
「ぐあぁっ……! 何だこの音!?」
「あ、頭痛てぇ……」
三人の先輩が、とつぜん頭を押さえて、苦しそうにうめき出す。もちろん、これも私のテレパシーによるもの。
三人の頭の中に、黒板を爪で引っかくような不快なノイズを、大音量で流し込んだ。これではまともに考え事もできないはず。人を傷付けるためにテレパシーを使うのは良くないって分かってるけど、これも人を助けるためだから。
「お前達、ここで何してるんだ!」
「うわっ、先生来た!」
ちょうどいいタイミングで、テレパシーで呼んでいた先生がやって来た。
三人の男子が、一年生の女子を壁際に追い詰めているこの状況を、先生は一目でカツアゲの現場だと理解したようだ。注意しようとこちらに迫る先生を見て、先輩たちは一目散に逃げ出してしまった。
「はぁ……なんとか成功した」
緊張の糸が切れ、どっと疲れがのしかかるようだった。
けど、私も女の子もお金を取られず切り抜ける事が出来た事への、喜びもある。
「二人とも、何かされてないか?」
「は、はい。大丈夫です」
おどろきが消えてない女の子の代わりに私が答えると、先生は大きくため息をついた。
「そうか。校舎裏にはあんまり入るんじゃないぞ。今みたいなヤツもいるからな」
「気を付けます……」
今更だけど、私はテレパシーで心の声を聞かないように、いつも人とは離れて過ごしている。そのせいで、いつの間にか人と話すのが苦手になっていた。今も、強面の先輩の次は先生と話すのにも緊張していた。
「もうすぐ昼休みも終わるから、はやく教室に戻るんだぞ」
そう言うと、先生は私達に背を向けて、校舎の方へ歩いて行った。
「あの、ありがとね。助けに入ってくれて」
「あ、ううん、気にしないで」
女の子もようやく我に返ったのか、私に短く礼を言うと、小走りにこの場を去って行った。
ちょうどその時。私はテレパシーをつけっぱなしにしていたのを思い出した。慌てて解除しようとしたけど、少し遅かった。
(全く、変な面倒起こさないでくれよ……こっちも忙しいってのに)
(あー怖かった。どうせ助けに来るなら、もっと早く来てくれればいいのに)
先生の心の声と、女の子の心の声。二人がその場にいなくなっても、噓をつかない心の声だけはハッキリと、私の心に突き刺さる。
現実はそう都合よくいかない。助けに入ったからって、心の底から感謝される事なんて無いんだ。
……でも、直接聞くのはやっぱり辛いな。
「テレパシーなんて、嫌いだよ……」
一人きりになった校舎裏で、私はぽつりとつぶやいた。
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