13


演奏が終わった時、かなり大きいはずの噴水広場は、いつの間にか聴衆と、万雷の拍手で溢れかえっていた。俺が飛行船からわざわざ運んできた大きめの木箱を前に出すと、次々と金貨銀貨銅貨が放り込まれていく。アヤメはかなりながされてしまったらしく、遠くの方で手をふっていた。


「ん」


 俺は、側かたわらで満足そうにしているアイリスに向かって、無言で片手を上げた。


「……?」

「……ハイタッチってやつだよ、いいから叩け」

「――!」


 パシィン!

 心地よい音が辺りに響いた。俺はあまりの強さによろけ、ジンジンと痛む手をさすりながらアイリスを睨む。


「アラン」

「……なんだよ」

「楽しかった!」


 アイリスは今までで一番明るく、あからさまで、嬉しそうで、陽だまりみたく笑った。俺は照れ臭くなり、顔を背けた。心臓の鼓動が早まり、顔がやけに熱いのは、きっと演奏終わりの興奮のせいだ。

 やがて、アンコールの嵐を宥め、だんだんと聴衆が去っていき、普段の噴水前広場に戻ると、アヤメがこちらに走って向かって来る。


「す、すごかったわ!本当に!もうなんか、こう、ぐわーってきて、ふわーってなって、うわー!ってなって――」

「わかったわかった。一旦落ち着け」


 アヤメは俺たちの元に辿り着くなり、おおげさな身振り手振りを加えて、感想を言い始めた。正直言って全くタメにならないが、喜んでもらえたというのはわかる。


「とはいえ、かなり集まったな」

「当たり前よ!なんならもっとあってもいいくらいだわ!」

「おまえは落ち着けって……」


 さて、これでようやく行動開始だ。

 俺たちはまず最初に、大量のコインを処理するため、両替を行う。箱はアイリスに持ってもらい、盗まれないよう俺とアヤメで護衛をしながら役場に向かって、通貨の中で最も価値の高い白銀貨に替えてもらった。

 そして次はその金を持って衣服と武器の新調。俺は長年使って、もはや相棒とすら呼べる銃剣を、泣く泣く手放し、代わりに最新式だが、やっぱり銃剣を買う。なんだかんだで一番使い勝手がいいのだ。あとはもしものときのために、小さなナイフも買っておく。アヤメには基本的に戦闘員ではないが、念のためと、小型の拳銃を買った。墜落する飛行船からの落下傘降下の際、すぐに最適の空中姿勢を見つけて安定させていたので、運動神経は相当いいはずだ。そしてアイリスには……正直言って武器はいらない。その馬鹿げた速度と力があればどんなのが相手でも戦える。だが、それを言うとすっかり拗ねてしまったので、アイリスには俺のよりも少し大きいナイフを買ってやった。俺は凄まじい速度で跳び回り、敵を瞬間の内に切り裂くアイリスを想像し、敵でなくてよかったと心の底から思った。

 装備は基本的に軽装で、重いものは買わない。というか、女性組はやけにおしゃれしたがったので、結局そこら辺にいる町娘のような姿になってしまった。ちなみには俺は急所にはしっかりと防具をつけ、なおかつ動きやすくと、機能性を重視した。アイリスになぜかマントをつけることをせがまれたが、無視する。


「さて、これで一通り大丈夫そうだな」

「一回こういう服着てみたかったのよのねー!」

「満足……!」

「……まあいい。それよりそろそろ陽が沈んできてる。宿を探そう」


 何かが違う気がしながらも、二人の嬉しそうな顔を見て口に出すことはできなかった。

 

「まだまだお金あるんだしいい宿にしなさいよ!」

「一番最初の街の宿は酷かった……」

「……………そうだな」


 できれば、明日行う予定の“あること”に金はあればあるだけいいのだが、正直言って十分すぎるほど多いので少しぐらい散財しても大丈夫だろう。それにセキュリティもしっかりしている方がいい。

 俺たちはまた役場にお世話になり、値段はかなり高いがとてもいい宿とやらを教えてもらった。実際に行ってみると建物自体が宮殿かというぐらい大きく、敷地内では何人もの守衛が巡回を行なっている。

 中に入ると、これでもか、というぐらい装飾が散りばめられていて、俺は思わず目を細めながら受付に向かった。


「何名様でしょうか」

「さ、三名で、とりあえず五日分を頼む」

「かしこまりました。恐れ入りますが、現在四人用の一部屋しか空き部屋がございません。そちらでよろしいでしょうか?」

「ああ、それでいい」

「ありがとうございます。三名様、五泊で、金貨百八十枚となっております」

「あ、ああ」


 俺はあまりの高額に呆然としながらも、白銀貨を二枚――金貨百枚で白銀貨一枚だ――を差し出す。受付嬢はお釣りの金貨二十枚と、部屋の鍵を渡してきた。


「こちら、金貨二十枚と、お部屋の鍵になっております。ごゆっくりお楽しみくださいませ」


 あまりに丁寧な接客に、敬語というものに慣れていない俺はドギマギしてしまう。


「堅苦しいのは苦手なんだよ……」


 そう独ごちり、鍵に書かれた部屋番号の部屋へ向かった。途中の廊下にも、豪奢な装飾品が置かれている。


「すごい……!見て、あそこの水槽魚が泳いでる!」

「きらきらしすぎて、眩しい……」

「やめろ、あんまり騒ぐな」


 これでは完全にお上りさんだ。……いや、実際そうなのだが。  

 部屋につき、鍵を開けると、案の定広い。この部屋だけで俺とアイリスが最初に止まった宿の敷地ぐらいはあるだろう。


「アラン、私ここに一生住む」

「お風呂よ!お風呂があるわ!入っていいのよね」

「……もう好きにしてくれ」


 宿は疲れを癒すところのはずなのに、逆にどっと疲れてしまった。普通の宿にしておけばよかったと今になって思っても仕方がない。俺は何も考えず、ベッドに沈み込んだ。

 そして、あっという間に夜は更ける。二人はすっかりはしゃぎ回って、俺と同じく疲れ果ててしまったらしく、広々としたベッドに延びて気持ちよさそうに寝息を立てている。俺はそれを見て、少し微笑んでからベッドから離れ、窓に向かった。


「さて、俺はもう一仕事しないとな」


 彼女らを起こさないよう、静かに窓を開け、外へと躍り出る。装飾を足場にしながら壁を伝い、天井に登ると、そこには――。


「お、やっと来た。待ちくたびれたぜ?」


 ボロボロの服で、傾斜に座り込む、一人の少年の姿。


「ユーリ……」


 この国に入ってから、ずっと誰かに見られているのはわかっていた。そしてそれが誰なのかも。

 

『どうせいつか殺す――』


 この少年、ユーリ・バリウスは、その言葉を律儀に守り、ここまで追ってきたのだろう。俺にはそれがとても悲しかった。


「――俺は、お前となんて戦いたくない。お前と――殺し合うなんて、嫌なんだ」

「俺も嫌だよ。好き好んで人を殺すなんて戦場だけでもう懲り懲りだぜ……」

「なら――」

「目の前で、殺されたんだよ。アリスも、レイも、チーシャも……誰にも言ってないけど、俺、実はチーシャのこと好きだったんだぜ?」


 その目に、すでに光は宿っていなかった。あるのは悲しみと、悔しさと、怒り。そして、殺意。


「ちょうどあの時トランプしててさ。俺のイカサマがバレてアリスの強烈なひじうち食らったんだよ。鳩尾にめり込んだもんだから地面に蹲っててさ。そしたらきたんだよ。あれが」


 ユーリは吐き捨てるように続ける。


「俺は突然のことすぎて何もできなかった。蹲った状態のまま、動けなかった。目の前で仲間が殺されてるのに。それで結局俺だけは死んでると思われたのか見逃されて、目の前にはあいつらの血と、内臓と、光のない目ん玉」

「ユーリ、それは――」

「わからないんだよ。何か起きたのか、どうしてこうなったのか、俺は、一体何をしていたのか。もうどうでも良くなって死のうかと思ったけど、いざこめかみにこうやって銃口当てて、引こうとしたらさ――びくともしないんだよ。指が」


 俺には、どうしようもなくその時のユーリの心境がわかってしまった。だって、それはあまりに似すぎていた。


「もう笑うしかなかった。痛いんだよ。胸の奥が、今でも」


 アイリスに、生きる意味を与えられる前の俺に。


「それで、ヴラド隊長の声が聞こえてきて、見に行ってみたら、アラン、お前がいた。隊長はもう死んでたけどな」


 ユーリは、俺の目を見つめた。


「そして、お前は殺さなかった。隙だらけのあれを、殺さなかった」

「――っ!」

「俺は全くそれが理解できなくてさ、ずっと考えてたらいつの間にかアランとあれが消えてた。全くバカだよなぁ俺って。あそこで殺しちまえばよかったのに」


 俺は、俺の存在理由を、リリアという偶像に預けていたからあの地獄を見て見ぬふりができた。ユーリが普通なんだ。俺が、異常だったんだ。


「そんで、もう考えんのめんどくさくなってさ、あれを殺せば全部解決するってわかったんだ」

「違う、それは――」

「俺は、もう迷わない。もう間違えない。もう、これ以上苦しい思いはしたくない――!」

「ユーリ――!」

「それを邪魔する奴は殺す。誰であっても、殺す」


 そこに、一切の隙はなかった。ユーリは、もう、手遅れだ 


「アラン、お前がもしここであれの命を諦めてくれたら、俺たちは仲直りだ。でももしそれでもあれを守ろうっていうなら――」


 ユーリ・バリウスの。

 その目に宿すは殺意の狂気。その身に宿すは悲憤の様相。


「俺はお前を、殺す――!!」


 アラン・ユーリアの。

 その目に宿すは確かな決意。その身に宿すは友への覚悟。


「俺は――それでもあいつを守る――!」


 火蓋は、沈黙のうちに切って落とされた。

 

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