12
「――ラン、アラン!戻ってこーい!」
かたを、つかまれて、ゆさぶられている。ここは、どこだ、おれは、だれだ、あいつは――
「アラン」
そのこえ、このこえ、あいつの――!
「っ!」
「ようやく戻ってきた!しっかりしなさいよ全く!」
「……俺は」
「アラン、どうかしたの?」
「……いや、なんでもねえ」
俺は、アラン。年は十七。リリアを探す旅をしている。――誰だ――俺だ。大丈夫、大丈夫。
「これでしょ、アランの言ってた布みたいなのって!どうやって使うの?」
「ああ、それは――」
そうだ、今俺たちが乗っていた飛行船が墜落してるんだ。だから落下傘を使って脱出しようとしてたんだ。思い出してき――思いだす?なぜ?忘れていたのか?
「まったく、こんなものがあるなら先に言いなさいよね」
「アラン、いつ降りる?」
「さすがにこの高度からだと危険だ。もう少しで気体飛翔石が切れるからその瞬間に飛ぶ」
まさか、どうして、どうやって忘れられる。俺の記憶は俺だけのものだ。ほかの誰にも奪うことはできない。あってはならない。――ならさっきの記憶は?あれは俺のものじゃない。俺はあんなの知らない。誰だ、俺の中にいるのは、誰だ。
「よし、飛べ!」
俺が俺ではなくなる。そんなの嫌だ。そんなの、痛すぎる。
「まって、これ結構こわい」
「アヤメ、早く行く」
「えっちょ、きゃぁぁぁぁあああああああ!!」
「……おい、アイリス」
「反省してる」
――いま、しゃべってるのは誰だ?
「お前が先に行ってくれ、俺は最後だ」
「わかった」
「アヤメのこと、サポートしてやれ。お前のせいでたぶんパニくってるぞ」
「うん。じゃあ行ってくる」
だめだ、怖い。俺は俺で俺なのに、俺が俺じゃないような、俺の体じゃないような。俺の心はどこにある。お前の心は、ここにある。なら俺は誰だ。お前は俺だ。違う、そうじゃない。俺は――
『アラン、もう大丈夫』
――そうだ。
「俺は、俺だ、お前は、俺じゃない!」
自分の意志で強く船縁を蹴り、体を空中へと躍らせる。引き裂かれた空気が、高速で俺の横を通り過ぎ、道を作り出す。痛いくらいの風圧と、鼓膜を震わせる風音が、やけに気持ちよかった。
………………………
「し、死ぬかと思った」
「アラン、これ気持ちい。もう一回できる?」
「できねえしやらねえよ――そんなことより」
俺は、目の前ですっかりと残骸と化してしまったここ五日間の相棒を見上げた。
『……なら、いいぜ。使わせてやるよ、その代わり、いつか必ず、妹連れてここに戻ってこい。もちろん飛行船も一緒にな』
ガリアの言葉を思い返す。俺は、しっかりと約束していた。
「ガリアになんていえば……」
「大丈夫よ、緊急事態だったわけだし」
「直せないの?」
「俺達には無理だ。だれか詳しい人を連れてこないとな」
今回の飛行船襲撃は、十分予想できた。技術大国のリーベルニアなら、国力を総動員すれば製造は造作もないだろうし、戦時中の今、それを戦闘に特化させるのも当然だろう。そして、そんな中所属不明飛行船が飛んでいたら攻撃するに決まっている。
とはいえ、いまさらそんなことを言っても仕方がない。今は、やることがある。
「アラン、これからどうするの?」
「そうよ、妹さんの手がかりないんでしょ?アルバヘムで聞き込みでもするの?」
「いや、しない。ただ、リリアの手がかりはある。――俺はこれから、『海』を探す」
「う、『海』!?それってあの幻の湖のこと!?」
「ああ」
『アラン・ユーリア、君を『海』で待ってる』
アラン・ユーリア。俺自身が忘れ、誰の記憶にも残っていないはずの、その名前が、俺のフルネームだということは、確信を持って言える。そしてそれを知っているということは、この声は、*俺の過去も知っている*――つまり、リリアの重要な手掛かりを得られるはずだ。
「いや、見に行くって言ったって、まだ見つかってすらいないのよ?」
「火のない所に煙は立たない。必ずどこかにある。それに……」
あの声を聴いたとき、俺の中に漠然としたイメージが流れてきた。それは、弱光を宿し、この世のものとは思えないほど美しく、そして儚い泉、『海』。 そしてそれは――。
「『海』は、アルバヘムの王城の地下にある。だから俺たちは、これから」
俺は続けた。
「王城に忍び込む」
「――みつけた……お前の連れを、今度こそ殺すぜぇ
殺意をみなぎらせるもの、一人。
「ようやくきたか……まちくたびれたぞ」
笑みを浮かべるもの、一人。
「「アラン――!」」
一人の少年を待ち受けるもの、二人。
✟
「アヤメ、お前何か楽器は弾けるか?」
「楽器?無理よそんなの、やったこともないわ」
「ならアヤメも一緒に歌う」
「いや、それはやめといたほうがいいぞ」
「でも急になんでそんなこと?」
検閲をこの前のと同じ手法で潜り抜け、無事アルバヘムに入り込めた俺達だったが、王城に忍び込むにあたっていくつか問題がある。
「金がもう残り少ない。ここらで一稼ぎしないとな」
まず、金銭不足だ。潜入にあたって、必ず一人は丸め込まなくてはならないだろう。そしてそれには金が一番手っ取り早い。他にも、戦闘することを考えて武器装備も新調しておきたい。とかくこの世を渡るには金というものが必要になってくるのだ。
「アイリスはこう見えてかなり歌がうまいんだ。一回俺のオカリナと合わせて演奏したらもう信じられないくらい儲かった」
「アラン、こう見えてはいらない」
「アイリスは、声きれいだし想像できるけど……アランオカリナなんてふけるの?全然イメージと合わない」
「やかましい、ガサツなイメージで悪かったな。まあとにかく、一演奏するか」
二回目の公演が決定。曲は、あの曲。俺がなぜかひとつだけ覚えている曲だ。場所は著名な吟遊詩人などもよく使っている大噴水広場。アルバヘムはそこから東西南北にそれぞれ道が伸びており、区画を分けている。
流石共栄の王国というべきか、その賑わいは相当のもので、見渡す限りの人、人、人。各々が各々の行動をとり、皆一様に笑顔だった。
――流石に平和だな、封鎖なんてことをしているだけある。
このアルバヘムという国は、太古からの盟約で争いを禁じられている。だから戦時中でも軍が攻めてくるようなことはなく、安全に日常生活を営めるわけだ。
しかし、そうなると他の三国から大量に移住者が来てしまうため、もう一つの盟約で、もとからこの国に住んでいる人しか働けないような国籍制度を作った。これにより、他国の人は観光目的でしか滞在できず、事実上の完全永世中立国が誕生したのだ。――もちろん不法滞在者は山ほどいるが。
「よし、じゃあやるか。アヤメは観客な」
「わかったわ!アイリス、がんばってね!」
「頑張る……!」
このオカリナに触るのも、随分久しぶりな気がする。しかし、それは俺の手にどうしようもないほど馴染み、持っているだけで音色が響いてくるようだった。
俺は噴水の石垣の上に座り、アイリスはレンガ模様の床に立つ。人通りは十分すぎるほど。一回目はずいぶん緊張したものだが、今の俺にはそんなもの一切ない。ただアイリスの音色に合わせ、アイリスの歌を導いて、最後まで演奏し切るだけだ。
「いくぞ、せーの!」
『『せーの――』』
……そうだ、昔もこうやって合わせていた。二人で。俺と、あと……
「♪〜」
――だめだ、頭がモヤッとする。今は演奏に集中しよう。
俺はアイリスの後に続き、音を奏で始めた。
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